ゲストは今年1月に10冊目の著書となる『老後は非マジメのすすめ』を出版した落語家の立川談慶氏。日本独自の芸能としてある、いい意味での「緩さ」のある落語の魅力と、本業の傍ら精力的に執筆活動を続ける理由、著書に込めた思いを伺いました。
立川談慶氏プロフィール
立川談慶氏が本の執筆を始めたきっかけ
佐藤 談慶師匠はこれまで本を何冊書かれたんですか?
談慶 最新刊の『老後は非マジメのすすめ』を入れて10冊目です。
佐藤 そもそも、執筆するようになったきっかけは何でしょうか。
談慶 フェイスブックに日々の出来事を書いていたら、出版関係の方から「落語家さんらしくオチがある文章だ」と褒めてもらったんです。それでいい気になっちゃって、出版関係の人を紹介してもらったりしていたんですが、その中に「師匠との話をまとめれば本になりますよ」と言ってくださる方がいて、1冊目の『大事なことはすべて立川談志に教わった』を書きました。1冊書くと他の出版関係者の目にも留まったようで、3カ月後にも、さらにその3カ月後にも依頼が来て、流されるまま10冊目という感じです。
佐藤 前作の『なぜ与太郎は頭のいい人よりうまくいくのか』は楽しく読ませていただきました。
談慶 あれは3年くらい構想した本なんですが、思ったより販売が伸びてないんですよね(笑)。そうかと思えば、3週間で書き上げた本が発売後2週間で重版が決まったり。おそろしく不合理で不公平な世界ですが、回数を重ねるとある程度の勝算というか、引き分けぐらいにはできるなというのも分かってきました。11冊目が6月に出る予定で、12冊目の打ち合わせにも入っています。
多様な聞き方が許される落語の魅力は緩さにあり
佐藤 父は立川談志師匠とのご縁もあって落語が大好きでした。毎年お正月には杖を突きながら浅草演芸ホールまで1人で行っていました。私も落語家の方々とのご縁が増え、浅草や末広亭にも行くようになったんですが、落語を聞きながら噺家さんの顔を必死にスケッチしているお客さんがいたりするのも面白くて。
談慶 落語は、いろんな聞き方が許される芸能なんです。会話だけでできているので、お客さんの想像に任されている部分があります。ゲラゲラ笑っている人もいれば、人情噺をじっくり聞いている人もいる。こういう芸能はなかなかありません。
佐藤 日本独自なんでしょうか?
談慶 西洋にはスタンダップコメディがありますが、それは「I think」の世界。つまり、「俺はこう思うけど」という自分の世界観を訴える芸ですね。一方、落語は会話なので必ず話し手と聞き手がいるという他者目線で成り立っています。スタンダップコメディが絶対性を追い求める中、落語は相対性を競うのが違いです。良い意味での緩さが落語の魅力で、その辺が今は欠落しているから、真面目か不真面目かの両極端になってしまってるんじゃないでしょうか。そのどちらでもない「非マジメ」を目指せば、心が楽になるのかなと思って本を書いたんです。
言葉の主導権を持つのは発信者ではなく受け手
佐藤 真面目過ぎるがゆえ、SNSなどで他人を攻撃する人も増えていますが、あまり物事に固執すると自分が苦しくなりますよね。
談慶 相手にツッコミを入れて真面目を強要するポジションを取ると、自分に戻ってくることを現代人は忘れているように見えます。落語家はふざけるのが仕事なのに、ふざけるなって言ってくる人もいますからね(笑)。みんなが安全地帯からツッコミを入れる社会なんですよ。でも、そういう空気をつくっちゃうと、自分もツッコまれる側になるよというのがなぜ分からないのかと。
佐藤 確かにSNSの発展は良い面も悪い面もありますね。
談慶 反射神経を鍛えるには良いメディアだと思いますけどね。基本的に言葉は贈り物で、発信者に主導権があるように思えますが、主導権は受け手にあります。聞いた人がおかしいと思えばおかしいわけで、政治家が失言で叩かれるのも、受信者側の目線がないから、下手なことを口にして追求されちゃうのかなと。
佐藤 言葉は怖いです。われわれ経営者は、セクハラやパワハラで訴えられるリスクもありますし。
談慶 本を出す前にも、表現は二重三重のチェックをしますからね。言葉を受け取った側がどう思うかに対して感受性を持ち続けないといけません。30年前に流行ったギャグなんて今はアウトでしょうし。
佐藤 ただ、世の中はそこまで進んでいない部分も多い気がします。
談慶 確かに30年前はみんながスマホを持っているとは思わなかったけど、子どもの頃はすべてが自動化されて、瞬間移動ができるといったイメージがありましたがまだそうなっていません。本の執筆はAIでもできるかと思いますが、落語は恐らくAIに代わられない職業でしょう。
佐藤 最後に若い世代へのメッセージを頂きたいのですが、特に高校生のご子息にはどんなアドバイスを送りたいですか。
談慶 どんな業界にも必ずカリスマがいるので、「その下で振り回されろ」と言いたいです。昔は徒弟制度や終身雇用制度がありましたが、今は能動的に行くしかないので、カリスマの下で揉まれる環境に自ら飛び込んでほしいですね。
構成=吉田 浩 photo=佐藤元樹
聞き手&似顔絵=佐藤有美