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新型コロナ禍でタクシー業界の規制緩和はどこまで進むのか

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新型コロナウイルス禍で苦境に陥るタクシー業界。減少する売り上げを補填するため、飲食店の宅配代行などに乗り出す業者も出てきた。業界をがんじがらめにしてきた規制の緩和が、この機に大きく進む可能性もある。(文=吉田浩)(『経済界』2020年9月号より転載)

新型コロナで認められたタクシーによる飲食物宅配

 「公共交通機関の位置づけなのに、賃金は歩合制というよく分からないシステムになっているのがタクシー業界。個人的には規制はどんどん撤廃してほしいですけどね」

 東京都内のあるタクシー会社社長はこう語る。

 周知のとおり、日本のタクシー業界にはさまざまな規制がある。例えば、引っ越しの荷物を運ぶ際なども、必ず乗務員のほかに客を乗せていないと違法行為となる。旅客運送業に区分されるタクシーは、有償貨物運送業であるトラックのように荷物のみを運ぶことは許されていない。

 こうした規制を崩したのが新型コロナ騒動だ。このタクシー会社では4月は半月しか営業できず売り上げが7割減、5月はほぼ稼働できず8割減と大打撃を食らった。ある運転手の場合、10時間稼働して売り上げがわずか1500円という笑えない状況の日もあったという。緊急事態宣言解除後は多少売り上げが戻ったとのことだが、営業すればするほど赤字が増えるため、未だに営業を休止している会社も珍しくない。

 全国タクシー・ハイヤー連合会のサンプル調査によると、東京都の法人タクシー5社の5月の営業収入は前年同期比64.9%減の1億4432万円、輸送人員は66.8%減の10万8764人となった。観光客の比重が高い京都6社の調査では、営業収入86%減、輸送人員84.3%減という結果が出ている。

 こうした状況の打開策の1つとして国土交通省が打ち出したのが、飲食物限定で荷物を運ぶことを許可する特例措置だ。

4月22日に申請が開始され、全国で1388社(5月22日時点)が許可を受けた。制度の適用は当初5月13日までとされていたが、国交省では新型コロナの長期化を睨み、9月末まで期間の延長を決定。これを受け、申請するタクシー会社が大幅に増えた。

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新型コロナ禍はタクシー業界に大ダメージを与えた

地方を中心にタクシーの貨物運送、救援事業への参入が進む

 タクシーによる有償貨物運送を求める顧客の声はコロナ以前からあったが、最近までトラック業界との棲み分けなどを理由に実現してこなかった。

だが、過疎化による人口減少で乗客獲得に苦労している地方のタクシー会社は、従来のビジネスモデルではやっていけない。そこで2017年9月に実施された規制緩和では、過疎地域限定でタクシーや貸し切りバスによる貨物運送のかけもちが可能となった。さらに18年にはタクシー運転手による買い物代行や墓参り代行といったビジネスも、救援事業という位置づけで認められるようになった。

旅客運送だけで収益が上がっていたため、規制緩和に乗って新たなビジネスを始めることには消極的だった東京のタクシー会社も、新型コロナによって姿勢を変え始めた。

「東京のタクシー会社ではお客さんが“落ちている”と表現するくらい、走っていれば乗客が捕まるので、余計なことをしなくていいという考え方のところがほとんどでした。でもこれからは、新しい営業スタイルとして貨物運送や救援事業が広がっていくかもしれません」

と前出のタクシー会社社長は語る。

宅配に関する規制緩和の恒久化は国交省で継続的に議論されており、実現すれば新たなビジネスの形として業界に定着するかもしれない。

タクシーによる宅配事業に残る課題

 ただし、宅配がタクシー会社の新たな柱となるかは未知数だ。タクシー並みの料金を設定すれば店舗や利用者から敬遠され、低すぎれば当然ながら収益が上がらない。飲食物の宅配の場合は稼働範囲も制限されるので、近距離の配達で採算を取るのが難しい面もある。

飲食物の宅配に関する規制緩和を受け、積極的に新事業を展開しようとしているのが業界大手の日本交通や京都府のMKグループなど。例えば、日本交通は都内の有名レストランと提携して配送料金は店舗ごとに設定しているが、MKは6月末まで一律110円の料金を設定。これは、Uber Eatsなどに比べるとかなり低めの料金だが、同社ではファンの拡大と従業員のモチベーション維持という目的で割り切っているようだ。

 また、何が貨物に当たるかの線引きが曖昧など、制度が分かりにくいという問題もある。別のタクシー会社社長はこう話す。

「国交省からの通達文書に『社会通念上、貨物とみなされるものはできるだけ運ばない』と書いてあったりしますが、たとえば弁当1千個なら間違いなく貨物とみなせても、10個の場合はどうなるのか、とか業者では判断できない場合が多々あります。飲食物の宅配も、お店に頼まれたら有償貨物運送扱いになって、お客さんに頼まれたら救援事業扱いになるなど、よく分からないことが多いんです」

 規制緩和の過渡期で、役所自体がしっかり内容を定義できていない部分もある。今後はさまざまなケースを想定して、制度を構築する必要がありそうだ。

タクシー業界が物流に貢献する可能性

飲食物以外にも、物流業者の宅配代行などタクシーが活用できる余地はまだある。

たとえば、佐川急便は2018年から北海道のタクシー会社と提携して、貨客混載事業を行っている。早朝や深夜など旅客事業を担う以外の時間帯に物流会社が対応するのが難しい配達を請け負うもので、1日15個~20個程度の注文があるという。

タクシーが荷物を運ぶ動きが広がれば、トラック業界との競合が懸念されるが、「基本的にビジネスモデルも料金設定も違うので食い合わないのではないか」(タクシー会社社長)という。

宅配の再配達など、物流のラストワンマイルを24時間稼働しているタクシーが担うことによって、ドライバー不足を補う助けにもなるだろう。「再配達はタダ」がこれまでの常識だったが、最近では過剰サービスを抑制する動きが出てきていることもあり、利用者から適正な料金を取ってタクシー会社に支払う流れが生まれるかもしれない。

多方面からの規制緩和はタクシー業界を変えるのか

タクシー業界には、不況時における雇用の受け皿という側面もある。新型コロナ禍以前はドライバー人材の獲得に苦労していたタクシー会社だが、現在は人余りの状態。ただしコロナが収束しても、人を数多く雇う余裕があるタクシー会社はこれまでより少数とみられる。

規制が新たなビジネスを始める足かせとなってきた一方で、中小タクシー会社はそれによって守られてきた部分も大きい。そのため、新たな事業に挑戦するより現状維持で何とかしのぎたいと考える経営者は依然として存在する。

 国交省以外にも、料金メーターは経済産業省の管轄、無線電波は総務省の管轄となっており、法律でがんじがらめにされる代わりに、これら役所との付き合いを上手くこなすことで守られてきたのがタクシー業界だ。

しかし、生き残りのために改革は待ったなしだ。貨物運送や救援事業、貨客混載事業と多方面からの規制緩和を皮切りに、現在一律に規定されている旅客運送料金の規制もいずれ崩れてくるかもしれない。