【連載】刑法学者・園田寿の企業と犯罪(第2回)
企業の犯罪の事例の論点を法的な視点から掘り下げる本連載、第2回は「大麻」の使用についてです。日本でも大麻使用罪創設の是非が問われる中、国際的には規制緩和の流れが見られます。(文=園田 寿)
園田寿氏のプロフィール
コロナ終息後の海外との行き来で気になる「大麻」問題
今はコロナ禍で制限されていますが、コロナが終息すれば再びビジネスで海外との行き来きが活発になることでしょう。しかしそうなると、一つ気になることがあります。
「大麻」です。
ご承知のように、日本では大麻については大変厳しい制裁が予定されており、逮捕されて仮に起訴猶予になったとしても、実名が公表されて失職や退学、家族離散など、さまざまな社会的不利益が降りかかってきます。しかし、世界を見れば、医療用大麻のみならず、嗜好用大麻すらも合法化している国や地域が増えており、海外出張した社員が現地で大麻に触れる機会も増えるのではないかと想像されるのです。
例えば現在、カナダは嗜好用大麻を含めて合法化していますし、アメリカでは36州で医療用大麻、18州で嗜好用大麻が合法化されており、この数は確実に増加傾向にあります。そのような国や地域に出張で出かけた際に大麻を経験する社員も出てくるかもしれません。
そこで問題となるのは、大麻取締法第24条の8の国外犯規定です。そこには、大麻の栽培や譲り受け、所持などの罪は、「刑法第2条の例に従う」と書かれています。刑法第2条は、「すべての者の国外犯」に関するもので、内乱罪や通貨偽造罪、有価証券偽造罪など、日本の国益に関わる重大犯罪は、(当然ですが)国外で誰が犯しても日本の刑法を適用すると書かれているのです。
つまり、大麻の栽培や所持などを海外の合法な国で行ったとしても、この条文によって帰国後に大麻取締法で処罰されるのではないかという問題が出てくるのです(なお、今は大麻取締法に「大麻使用罪」はありませんが、近々新設される可能性があります)。
「みだりに」買い受けたり、所持することで処罰される
大麻取締法第24条の8が規定している犯罪は、大麻を「みだりに」栽培したり、所持したり、日本や外国に輸出入するなどの行為です。したがって、大麻取締法における国外犯規定の意味を考えるに当たっては、この「みだりに」はどのような意味なのかが問題になってきます。
法律の中で「みだりに」という言葉を使う場合、一般にそれは違法性を意味します。日本国内であれば日本法に違反することであり、海外であれば、その国の法令に違反するとともに、その行為が日本で行われたとすれば、日本法にも違反するという意味です。
したがって、大麻を「みだりに」栽培したとか、所持したと言えるのは、その行為が日本法と当該外国法の両方に照らして違法だと言える場合です。この点をさらに詳しく説明します。
刑法第2条には国際協調という意味もある
刑法第2条には国益を守るという意味がありますが、ここにはもう一つ国際協調という意味もあります。特に薬物犯罪や戦争犯罪、海賊やハイジャックなどは、各国が協力してその処罰を確保する必要があるので、それらには大麻取締法と同じような国外犯規定が置かれています。
例えば賭博については、海外の(合法な)カジノでギャンブルを行っても、日本の刑法を適用するという規定はありません。
しかし、大麻取締法は、日本に大麻がまん延することを防止することが第一の目的ですが、さらに薬物犯罪取り締まりについての国際協調の必要性から海外での大麻所持その他の行為に罰則を適用する規定を置いているのです。
要するに、大麻取締法第24条の8の「刑法第2条の例に従う」という趣旨は、大麻の取り締まりは国家を超えた各国共通の利益を有するので、日本は相手国と協調して大麻の取り締まりに当たるという決意表明であるわけなのです。
したがって、例えば大麻を合法化した国との関係では、大麻を禁止することについて両国の間で共通の利益が存在しなくなったということになります。つまり、大麻が合法な国で大麻に関する行為が完結しているならば、それは「みだりに」行われた行為ではなく、そもそも大麻取締法には該当しないということにならざるを得ません。
国際的な大麻規制緩和の流れとこれから
大麻は、全体としては今なお厳しい国際世論にもかかわらず、確実に規制緩和の方向にあります。
確かに世界保健機関(WHO)は大麻の有害性について警告していますが、その後、国連薬物犯罪事務所(UNODC)は、大麻の過剰摂取による死亡例は極めて稀だとし、また大麻と他の犯罪との関係性についても懐疑的な意見を表明しています。さらに、世界的な薬物専門家からなる薬物政策国際委員会(GCDP)は、各種薬物の「害悪性」をトータルに検討した結果、大麻の有害性をアルコールやタバコ以下に評価しています。
また最近では、国連麻薬委員会(CND)が、大麻をヘロインと同列に置いていた1961年の麻薬単一条約について、大麻の評価をワンランク下げました。もちろん、大麻規制は各国の政府が決定する(日本は反対票を投じた)ことですが、世界の大麻規制が今後大きく変わることは間違いないことだと思われます。
今後さらに医学的薬学的見地からの大麻研究が深められる必要があることは言うまでもありませんが、大麻を寛大に扱っていこうというのが国際的な共通認識になりつつあるようです。そして、大麻を合法化する国や、違法だけど(交通違反並みの)軽い罰金刑などで対応する国は確実に増えてくるでしょう。
まとめ ~Amazonの「大麻合法化支持表明」という英断
日本人ビジネスマンが大麻を合法化した国へ出張した際に、好むと好まざるとにかかわらず大麻に触れることがあったとしても、それらの行為がその国で完結しているならば、彼らが帰国した後に大麻取締法の適用はないと考えるべきです。つまり、そのような行為は日本では刑法(犯罪)の問題ではなく、企業はもっぱら倫理的な問題として対処すべきだということになります。
最後に、最近の大きなニュースについて書いておきます。本年6月に世界的な超巨大企業であるAmazonが「大麻合法化支持表明」を行い、さらにこの政策を強力に推し進めているということです。そして、宅配ドライバーなどの採用に際しては薬物検査の対象から大麻を除外することを決定し、過去に大麻で解雇された元従業員や、雇用対象から外れた求職者の就労資格を復活させたということです。
これは大麻の合法化とは一応離れて、薬物事犯の再社会化、就労の受け皿という意味で大変重大な、英断とも呼ぶべき政策決定です。日本の企業でも追随するところが出てくるのを期待したいと思います。
【参考資料】
Gigazine 2021年9月22日「Amazonが大麻合法化に向け積極的なロビー活動を実施中」
植村立郎「大麻取締法」(『注解特別刑法5-II医事・薬事編(2)[第2版]VII』(1992年)