関西スーパーマーケットの臨時株主総会で可決されたH2Oリテイリングとの経営統合案は、神戸地裁が統合差し止めの仮処分を下した後、大阪高裁が覆す異例の展開となった。「業界の礎を築いた」とまで言われる老舗スーパーの行方は、関西市民にとって他人事ではない。文=経済ジャーナリスト/小田切 隆(『経済界』2022年2月号より加筆・転載)
関西スーパーはスーパーの草分け的存在
中堅スーパーの関西スーパーマーケット(兵庫県伊丹市)の争奪戦は、まれにみる泥仕合となった。10月末の同社の臨時株主総会では流通大手、エイチ・ツー・オー(H2O)リテイリングとの経営統合案が可決されたが、関西スーパー買収を目指してきた首都圏地盤のスーパー、オーケー(横浜市)が議決の手続きに疑義があると神戸地裁に申し立て、異例の法廷闘争に突入したのだ。裁判所は統合差し止めの仮処分を下し、関西スーパーは異議を申し立てたが退けられ、大阪高裁に抗告。12月7日、高裁は一転、関西スーパーの主張を認めて地裁の決定を取り消した。まさかの「逆転劇」といえる。
関西スーパーは故・北野祐次氏らが1959年に創業したスーパーの草分け的な存在だ。今では兵庫県、大阪府、奈良県に60店舗以上を展開している。
関東では馴染みがないが、関西では「関スー」「関スパ」と呼ばれ親しまれてきた。基本的に都市に立地しており、消費者からは「適度に商品が安い」「生鮮食品が充実している」などと評価されている。
その関西スーパー買収に、関西人はほとんど知らない「よそ者」オーケーが名乗りを挙げた。関西人には、土足で家に踏み込まれたような衝撃があるし、「『エブリデーロープライス』を掲げるオーケーの方式が導入されれば、関西スーパーの商品も劇的に安くなるのだろうか」という、消費者としての興味もある。
また、関西スーパーが統合相手と考えているH2Oが持つ「阪急」ブランドは、関西人にとって大きい。争奪戦の経緯が関西で強い関心を呼ぶのはごく自然だ。節目のニュースは毎回、関西の新聞やテレビで大きく丁寧に報じられている。
弟子のオーケーが師匠の関西スーパーに触手
関西スーパーはかつて、業界のトップランナーといわれた。
先ほど述べた通り、創業は59年。日本のスーパー業界にとって意味が大きかったのは、店内で生鮮食品の加工処理を行う「ジャストインタイムシステム」のスーパー版を開発したことだ。
店頭の売れ行きに応じて加工し、品切れを減らす同システムで、「鮮度」と「効率」を両立した。店頭で次々売れても新鮮な食品が並ぶので、消費者の人気を博した。
この方式の開発のきっかけとなったのは、創業者の北野氏が67年に行った米国のスーパーの視察だという。新鮮な野菜や果物が冷蔵ケースに陳列され、精肉がバックヤードの大型冷蔵庫に並んでいるのを見て、北野氏は衝撃を受けた。
北野氏が並の経営者でないのは、開発したシステムを同業者に惜しげもなく教えたことだ。
1980年代には全国のスーパーから研修生を受け入れており、オーケーもその1社だ。オーケーの関西スーパー買収は、いわば「弟子」が「師匠」を食う動きといえる。
日本のスーパーの先駆け的な存在であることは関西スーパー社員の誇りでもある。10月29日に伊丹市で開かれた、H2Oとの統合案を可決した臨時株主総会会場に置かれた北野氏の胸像には、「スーパーマーケットに夢(ロマン)をかける男」「日本の食品スーパーマーケット業界の礎を築いた」などと書かれていた。
その北野氏は2013年2月に88歳で死去。02年に北野氏からバトンを渡された2代目社長の井上保氏も、おいしさにこだわったPB商品の開発に力を入れ、北野氏が亡くなった直後の13年7月には東証一部への指定替えも果たす。ところがその翌年9月、井上氏は肺がんのため福谷耕治氏に社長を譲り、2カ月後、67歳の若さで亡くなった。
そしてその頃から、ライバルの台頭もあり、関西スーパーの地盤沈下が目立ち始める。かつては「西の関スパ」と言われた業界の優等生が、「普通のスーパーになってしまった」と評されるようになっていた。
21年3月期の売上高は1309億円。同じく関西地盤のライフコーポレーションの21年2月期の売上高が7591億円、平和堂の4393億円と比べると見劣りする。
関西スーパー買収を目論むオーケーの思惑とは
関西スーパーの買収に名乗りを挙げている首都圏地盤のオーケーも、「エブリデーロープライス」を武器に急成長し、21年3月期には売上高が初めて5千億円を超え、関西スーパーの売上高を大きく上回る。
そのオーケーが関西へ進出しようとする理由は、もはや地盤の首都圏は飽和状態となり、都市型スーパーとして、出店の余地がなくなっているからだ。今後も成長を続けるためには、首都圏に次ぐ大都市圏の関西に出ざるを得ない。
関西進出の手段として関西スーパーを買収する理由については、オーケーの二宮涼太郎社長は新聞などのインタビューに対し、「スーパー経営の基礎を教えてもらった関西スーパーは、『恩』や『縁』がある」「関西スーパーは関西で特別な存在なので、一緒にやらせていただきたい」といった主旨の発言をしている。
だが、これらの発言は、きれいごとの印象が多分にある。
本音としては、自前で一から店舗を出すより、既に関西で60店舗以上を展開している関西スーパーを手中に収めたほうが、一気に関西で勢力圏を拡大することができるからだ。
加えて、オーケーと同じ都市型スーパーの中で買収できそうなところは、関西では関西スーパーくらいしかないという事情もあるだろう。
そこでオーケーは16年に関西スーパー株を保有比率8%強まで買い進める。これに反発した関西スーパーはH2Oに助けを求め、資本提携。H2Oは約10%の関西スーパー株を持つ筆頭株主となる。そして21年6月にオーケーが関西スーパーに対してTOBによる買収を提案すると、関西スーパーはそれを避けるためにH2Oの完全子会社になる道を選んだ。
関西スーパー争奪戦の経緯
その後の関西スーパーをめぐる争奪戦の経緯は以下の通り。
関西スーパーとH2Oの統合案が諮られたのは10月29日に開かれた関西スーパーの臨時株主総会だ。
統合案のスキームは、H2Oの100%子会社のスーパー、イズミヤと阪急オアシスの2社の株式を関西スーパーの株式と交換し、関西スーパーをH2Oの子会社にするというものだ。
これに対し、オーケーは上場来高値である1株2250円での関西スーパーへのTOB(株式公開買い付け)を行い、100%子会社とすることを計画。H2Oと関西スーパーの統合案を臨時総会で否決させるべく動き、争奪戦へと発展した。
関西スーパーはオーケーのTOB価格を上回る統合後の理論株価を示すなどしたが、その算定根拠や、非上場であるH2O傘下のスーパー2社の株式と関西スーパーの株式との交換比率の根拠が分かりにくいなどの批判が上がった。
一方、オーケーのTOB案は、関西スーパー株を上場来高値で買収するとするなど株主にとってメリットが分かりやすいと評価された。
米国の議決権行使助言会社2社は、H2Oとの統合案は株主に不利益があるとして反対を株主に推奨。関西スーパーの第4位株主である伊藤忠食品が関西スーパーの理論株価の算定根拠を求めて質問書を送ったほか、賛成とみられた関西スーパーの取引先持ち株会も自主判断での議決権行使を決めるなどの動きがあった。
臨時総会当日は怒号が飛び交う大荒れの展開となったが、結局、H2O案との統合案が必要な3分の2をわずかに上回る賛成率66・68%で可決。結果を受け、オーケーは買収提案を撤回した。
しかし、事態は10日あまりたったところで急転する。オーケーが11月9日、臨時総会の議決に疑義があるとして、神戸地裁に統合手続き差し止めの仮処分を申請したのだ。
疑いを生んだのは、以下の経緯だ。
ある株主企業の代表者の男性は、事前に賛成の意思表示をしていたが、総会会場で白票を投票。白票は「棄権」とみなされるため賛成にカウントされず、最初、集計での賛成率は可決に必要な割合を下回った。
しかし、議決結果の発表前に男性から相談を受けた関西スーパー側が、男性の白票を「賛成」に変更。このため賛成率が3分の2をわずかに上回り、否決から可決へと逆転した。
オーケーは総会の検査役をつとめた弁護士が裁判所に出した報告書でこの事実を知り、司法の判断を仰ぐべく、神戸地裁に統合手続き差し止めの仮処分申請をするにいたった。
一部報道では白票を投じた株主企業の関係者は「関西スーパー側から働きかけがあったわけではない」と話したという。関西スーパーの福谷耕治社長も11月10日の決算発表会見で「対応に一点の曇りもない」と強調した。
しかし、神戸地裁は22日、統合差し止めの仮処分を決定。集計には「法令違反または著しい不公正がある」と断じた。
関西スーパーはこれを不服として異議を申し立てたが、神戸地裁は退け、差し止めの判断を維持。関西スーパーはさらに30日、大阪高裁へ保全広告を申し立て、12月7日、高裁は地裁の決定を取り消した。これに対してオーケーは最高裁に判断を仰ぐ許可抗告を同高裁に申し立てた。
これからも続くスーパーの合従連衡
原稿執筆時点で最終的な司法の判断が見えないが、H2Oとの統合案が最終的に認められれば、関西スーパーはこれまで示したスキームにのっとって統合の手続きを進めることになる。
H2Oの子会社になったあと、22年2月に食品スーパー3社の中間持ち株会社が発足し、関西スーパーはその子会社となる。
しかしこれから道のりは簡単ではない。大阪高裁の逆転判断が出たあと、関西スーパー株は暴落し、1384円のストップ安となった。今後は株価次第で、投資家の批判にさらされることになる。
しかも業界に与えた影響も大きい。 人口減少が加速することもあり、今後もスーパー業界の合従連衡は続く。しかし今回の騒動で、地縁のないスーパー同士の統合がいかに難しいかが分かった。同じような争奪戦が再び起きることも予想される。