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スタートアップの支援で成長を加速し飛躍につなげる 荒井邦彦 ストライク

M&A 荒井邦彦 ストライク

M&A仲介会社の中には、徹底した営業攻勢でクライアントを獲得する会社も多い。その中でストライクは「ガツガツしていない」と定評がある。しかし、新規参入も増え続け、競争環境が激化する中で、いかにして成長を続けていくのか。荒井邦彦社長が語るストライクならではの戦略とは。聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2023年4月号より)

荒井邦彦・ストライク社長のプロフィール

M&A 荒井邦彦 ストライク
荒井邦彦 ストライク社長
あらい・くにひこ 1970年生まれ、一橋大学商学部卒。在学中に公認会計士第二次試験に合格し93年太田昭和監査法人(現新日本監査法人)入社。97年ストライクを設立、翌年日本初のインターネットM&A市場「SMART」開設。ストライクは2016年東証マザーズ、17年東証一部に上場を果たす(現東証プライム)。

大企業のリソースを活用しスタートアップの課題解決

―― ようやく日常が戻ってきましたが、コロナはM&Aにとってプラスマイナスどちらでしたか。

荒井 当社の場合、コロナとは関係なく事業承継型M&Aが50〜60%を占めます。法人というのは永続する存在で、代表である経営者の寿命は有限です。その差がある限り、事業承継は避けられません。親族内でいいバトンタッチができればいいですが、有力な人がいない場合、第三者承継、つまりM&Aになる。

 もちろん、業種・業界によってはコロナによって甚大な影響を受けたところもあります。会社を売却できる状況ではなくなったり、買収できる余力がなくなったりして、M&Aを中止あるいは延期するということはあります。あるいは高齢者や基礎疾患のある経営者が、コロナによって明日はどうなるか分からないと、事業承継を早めたケースもありました。ただいずれにしても、法人と個人の寿命差という根本的な問題は変わっていません。仮に今は親族内で事業承継できたとしても、次世代では第三者による事業承継が必要になるかもしれません。ですから、事業承継型M&Aはいつの時代でもなくなりません。

―― トレンドは変わらないわけですね。

荒井 しかもこれは中小企業に限った話ではありません。昨年、DHCの創業者が、持ち株をオリックスに譲渡しました。こうした大手企業でも、事業を存続するために、さらに大手の傘の下に入るという決断をされています。カリスマ性のある創業者ほどバトンタッチに苦労するので、こういう手段を選んだのかもしれません。

 事業承継型に続いて多いのが、戦略型のM&Aです。変化が激しい時代、企業はコアの事業領域を明確に定める必要があります。大企業といえども資源を分散していては競争力を失ってしまう。そこで選択と集中を行い、必要な部分は買収で補い、コアではないと判断した事業は譲渡する。こうしたM&Aが、当社の場合2割ほどあります。

 そしてこれから増えてくると見ているのが再生型です。コロナ禍に苦しむ企業を助ける政府の支援もあり再生案件は減っていたのですが、ゼロゼロ融資も返済時期を迎えています。金融機関もそれに対して備えつつあるので、今後はそうした案件が増えてくると考えています。

―― ストライクは最近、スタートアップとの関係強化に力を入れています。その狙いを教えてください。

荒井 日本には今、新産業創出が求められています。もちろん大企業が研究開発を行い、その中から生まれてくるものもあるでしょうが、一般的には大企業が新しいものを生み出すのは難しい。どうしても新領域にエネルギーを注ぐよりも既存事業の優先順位が高くなってしまいます。そのため、画期的な領域は外で生まれる可能性の方が高い。だから岸田政権もスタートアップ育成に力を注いでいます。一方、大企業はスタートアップを取り込み、それを自らの成長につなげていく。その手段としてM&Aがあります。ただしこれは、自然体ではいきません。

―― 自然体とはどういうことですか。

荒井 先ほど話した事業承継型のM&Aなどは黙っていても案件が増えていきます。でもスタートアップの場合、資金不足に陥るなど厳しい状況に追い込まれないかぎり、会社を売却する必然性が生まれてきませんが、大手企業の傘下に入り、そのリソースを活用すれば、それまでとは比較にならないほどの飛躍ができるかもしれません。そこでわれわれが、あの会社と組んだらこんな展開が可能になるということを教えてあげる。それによって起業家が納得すればM&Aにつながります。

 われわれが仲介したもののひとつに、保険代理店のスタートアップを銀行が事業譲受したという案件があります。M&Aの後も、創業者は社長を続け、3年で事業規模が3倍になったそうです。もともとはIPOを目指していたのですが、銀行のリソースを使った方が成長すると考えてM&Aに応じました。その狙いが見事に当たりました。

 ですからわれわれはスタートアップに対して、事業を伸ばすためにどのような手段があるか、資金を一部入れることや、場合によっては完全子会社になったほうがいいケースもあることを伝えるようにしています。スタートアップの中には独立志向の強い人がいる一方で、成長するための課題を抱えている人もたくさんいます。そういう方に課題解決の提案をしていきます。

スタートアップ支援室を開設月に一度のイベント開催

―― スタートアップのM&Aでは、売買金額も小さく儲からないのでは。

荒井 スタートアップだから金額も小さいとは限りません。スタートアップのM&Aを強化するにあたり、過去5年分のデータを分析した結果、スタートアップのM&Aで得た手数料と、それ以外の手数料は遜色ないことが分かっています。さらにその金額も、年を追うごとに増えてきています。ですから効率が悪いということはありません。

―― どうやってスタートアップにアプローチするのですか。

荒井 そのために一昨年10月に、イノベーション支援室をつくり、昨年から「Conference of S venture L
ab.」というイベントを開催しスタートアップ各社のピッチなどを行っています。これまでに5回開催し、2月24日には京都で第6回を開催します。こうした活動を通じて、すでにスタートアップの間では、仲介会社の中ではストライクが一番スタートアップフレンドリーだという評価を頂いています。

―― 市場は拡大を続けていますが、プレーヤーも増え続けています。その中でストライクは、あまりガツガツしていないイメージがあります。それも差別化戦略の一環ですか。

荒井 差別化はあまり意識をしていません。それはお客さまや提携先の方がどう思われるかということであって、自分から「われわれの強みはこれです」と言うべきではないというのが基本的な考えです。その意味で差別化というのは勝手に出来上がっていく。その結果としてよその会社ではなくわれわれを選んでいただけるのなら、とてもありがたいことだと考えています。