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「2025年の崖」まで1年半。DXの真価に気づいているか 伊藤 優 CAリスキリングパートナーズ

リスキリング特集 伊藤優 CAリスキリング

多くの企業が経営課題に挙げるDX。政府などの調査結果からは、その重要性を噛みしめる企業は多いものの、課題解決に至っている企業は少ない実情がうかがえる。では何がDX推進を阻んでいるのだろうか? 何から始めればいいのだろうか? 文=小林千華 Photo=山内信也(雑誌『経済界』2023年8月号より)

リスキリング特集 伊藤優 CAリスキリング
伊藤 優 CAリスキリングパートナーズ社長
いとう・ゆう 2018年に大学を卒業後、サイバーエージェントに入社し、新卒採用を担当。19年にはAI事業本部に異動し、デジタル販促に関する新規事業の立ち上げや営業、小売DX事業にてリテールメディア開発、セールスに従事。21年に広報PR部門へ異動。23年、CAリスキリングパートナーズ設立にあたって社長に就任。

2025年には損失12兆円。もはやDXは国全体の急務

 リスキリングに関して、最重要トピックのひとつとされているのがDX推進だ。経済産業省が2018年に発表した「DXレポート~ITシステム『2025年の崖』の克服とDXの本格的な展開~」では、企業の持つ既存のITシステムが老朽化し、DXが遅れることによる日本の経済的損失が、25年以降には最大で年間12兆円に上る可能性が指摘されており、このことを「2025年の崖」と呼んでいる。これは18年時点での予測だったが、25年が目前に迫った今も、引き続きDXの重要性は叫ばれ続けている。

 政府も昨年発表した「デジタル田園都市国家構想」において、26年度までに「デジタル推進人材」を230万人育成すると宣言している。これは、DXはいまや地方も含めた国全体で取り組むべき課題だということを、人々が再認識するきっかけとなった。

 経済産業省が東証上場企業約3800社を対象に実施した「デジタルトランスフォーメーション調査2022」によれば、経営方針または経営計画について、DXの推進に向けたビジョンを掲げていると回答した企業の割合は95%に及ぶ。DXを重要な経営課題のひとつと捉えている企業が多いことが読み取れる結果だ。

 一方、DXに必要なスキルを備えた「DX人材」を確保できている企業はそれほど多くない。同調査結果によれば、DXについて、どのような人材が必要かが明確になっており、かつ現状必要な人材を確保できていると回答した企業は34%。その他の企業は採用や育成を通してDX人材の確保に取り組んでいるか、そもそもどういったスキルを持つ人材が自社に必要か明確化できていない現状にある。

企業DXのボトルネックは「人」。進まぬ人材育成が課題に

 「企業のDXについては、人がボトルネックとなっているケースが多いと感じます」

 そう語るのは、CAリスキリングパートナーズの伊藤優社長。同社は、サイバーエージェントが今年2月、DX人材の育成と組織開発のために設立した新会社だ。サイバーエージェントは、デジタル領域についての豊富な知見を武器に、以前からパートナー企業のDX推進を支援してきた。これまで小売、金融、通信といった企業の事業開発支援を中心に行ってきたなかで、DX人材の育成に課題を抱えている企業が多かったことが新会社の設立につながった。

 伊藤社長は18年にサイバーエージェントに入社し、19年からはAI事業本部で小売DX事業に携わった。リテールメディア開発の支援、コンサルティング業務を行うなかで、従業員によってITリテラシーに大きな差があるケース、経営者でもデジタル技術やDXについて十分な知識を持たないケースを多々目にしてきたと言う。

 そんな伊藤社長は、企業がDXするメリットを次の2点だと考える。ひとつは既存事業の固定費の削減と生産性の向上。もうひとつは今ある事業にデジタル技術を掛け合わせ、新たな事業を創出できることだ。しかし経営者でも、そもそもDXによって何が良くなるのか、そのために何に取り組むべきなのか整理しないまま、やみくもにDXを推進しようとしているケースもある。そういったケースに対応するため、同社では組織コンサルティングによる必要スキルの定義や人材育成戦略の策定から、実際の研修カリキュラムの提供までを一気通貫で行う。

 「事業開発と人材育成をセットで支援できる企業は多くないと思います。特にどちらも、広告事業やアプリ開発事業といった自社の事業で培ってきたノウハウを生かして行えるということが、サイバーエージェントグループならではの強みです」(伊藤社長)

 実際同社が提供するのは、サイバーエージェントが既存の事業のなかで獲得したノウハウをカリキュラム化した講義だ。講義ジャンルは以下の3点。デジタル広告営業や広告商品開発などの「マーケティング」、データアナリストやデータサイエンティストの育成といった「データ活用」、プロダクトマネージャーやプロジェクトマネージャーの育成といった「サービス開発」だ。組織コンサルティングによって個社別に育成戦略を練り、独自のカリキュラムを用意して人材育成を図る。

 「ただ正直、カリキュラムのなかで伝えられる知識内容だけでは、他社のサービスと差別化を図ることは難しいと考えています。なのでただ知識を効率的に伝えるだけではなく、事業をうまく進めるための学びとか、そのためのスキルセットの明確化まで、自社の事業でやってきた手触りをもって伝えることで、差別化につなげていきたいです」(同)

 これまでサイバーエージェントがDX支援を行ってきた企業は約30社。代表的な事例のひとつが、ドコモとの合弁会社「Prism Partner」の設立だ。ドコモの持つ会員基盤や顧客の購買データといったリソースを活用した広告事業の創出を支援している。

 CAリスキリングパートナーズはまだ設立から間もなく、人材育成について目に見える成果を出した事例は生まれていないものの、事業開発支援のなかで見えてきた「人」にまつわる課題を解決することで、DX支援事業全体の効果の底上げをもくろむ。

デジタル技術はサービスの創造・革新に使われてこそ

 経済産業省は22年7月、冒頭挙げた「DXレポート」以降の国内企業DX進捗の中間報告として、「DXレポート2・2」を発表している。それによると、18年からDXの重要性の周知をしている企業の割合は増えているものの、デジタル投資の内訳はほぼ変わらず、「既存ビジネスの維持・運営」に約8割が振り向けられている。「バリューアップ(サービスの創造・革新)」への投資額の割合は2割程度であり、取り組みの成果が出ている企業の割合も1割に満たない。伊藤社長がDXのメリットのひとつに挙げた「今ある事業にデジタル技術を掛け合わせ、新たな事業を創出」が達成できている企業はほぼないと言ってもいいだろう。

 DXの真価は新規事業の創出、もしくはデジタル技術の導入による既存事業の付加価値の向上だ。経営層には、その真価を自社の事業に当てはめて再定義し、そこからバックキャストしてやるべきことに投資する力が求められる。