経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

AI時代に生き残る企業は人材をアップデートし続ける 後藤宗明 一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ

リスキリング特集 後藤宗明 ジャパン・リスキリング・イニシアチブ

2021年に一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立し日本でのリスキリング導入に向けて活動する後藤宗明氏。テクノロジーの発展による技術的失業に危機感を抱き、18年から解決策を模索し続けてきた。デジタル人材の確保に苦戦している経営者にこそ、改めてリスキリングの定義を考えてほしいと語る。構成=萩原梨湖 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2023年8月号より)

リスキリング特集 後藤宗明 ジャパン・リスキリング・イニシアチブ
後藤宗明 一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブ代表理事
リクルートワークス研究所客員研究員
ごとう・むねあき 早稲田大学政治経済学部卒業後、1995年に富士銀行(現みずほ銀行)入行。2002年、NYでグローバル人材育成を行うスタートアップを起業。その後アクセンチュアにて人事領域のDXと採用戦略を担当。19年、AIスタートアップにて事業開発。21年、一般社団法人ジャパン・リスキリング・イニシアチブを設立。22年、SkyHive Technologiesの日本代表に就任。

生成AIの登場で技術的失業の危機感は最高潮

 2022年11月30日、OpenAI(オープンエーアイ)社が開発した会話型の生成AI、ChatGPTが公開され話題となりました。生成AIは人間の仕事の一部を代替することができます。テクノロジーが浸透し労働の自動化が進むことで人間の雇用がAIやロボットに代替される未来が予測されていますが、ChatGPTの登場でさらに現実味を帯びてきました。

 オックスフォード大学のマイケル・オズボーン教授が2013年に論文”The Future of Employment”において「今後10年から20年の間に米国の総雇用者の約47%の仕事が自動化され消失するリスクが高い」という発表をしました。これによる失業を「技術的失業」と呼び、初めて知ったときは今後人類が向き合う最大の社会課題に違いないと感じ衝撃を受けました。

 その解決手段として海外ではリスキリングが行われているということを知り、日本にも導入するため18年から公務員や大企業の方に向けてリスキリングの普及活動を始めました。

 当時日本では仕事がなくなるという危機感が全くなく、相手にしてもらえなかったのですが、コロナ禍に突入しデジタルなしでは仕事ができない状況を誰もが体験しました。そこから徐々にリスキリングに耳を傾けてくれる人が増え、Googleトレンドで検索数の推移を見るとリスキリングはピークに達しています。22年、23年からは個人だけでなく企業や地方自治体においても、生き残りをかけた本気のリスキリングが始まったように感じます。

 ただ、言葉だけが先走りリスキリングする目的自体があやふやになってしまったことは大きな問題です。

 多くの日本企業は従業員の技術的失業と、AIやITに対応できるデジタル人材の不足という2つの課題を抱えています。これを解決するには、社内で今後消失すると予測されるような業務に携わっている人をデジタル人材にリスキリングし新しい業務に労働移動する。つまり社内での人材流動性を上げるということが今最も求められています。

 アメリカの企業ではそれが大胆に進んでいて、社内で足りないスキルを探しそれに適応した人材を社内外問わず登用するスキルベースの組織構成が行われています。

 ただこれは、経営者が自社の事業においてデジタルを使ってどのように成長させるかというビジョンを持っていないと結果は出せません。 

 日本は経営者も含め、デジタルリテラシーが欠けています。デジタルを駆使してどんな事業ができるのか、自社事業の業界にこれからどのような異業種参入が起こるのか、デジタルディスラプションを現実的に想像できたとき、社内人材をリスキリングする目的が再確認できるはずです。

 私が22年に日本事業を立ち上げたSkyHiveというプラットフォームでは人間のスキルをAIで可視化します。このような新しい技術と従来の評価とは異なる基準を掛け合わせることで、社外からの採用、またはリスキリングによる配置転換で効率よくデジタル人材を確保していく必要があります。

リスキリングのゴールは転職ではない

 こういった流れを汲んで、岸田首相は22年10月3日の所信表明演説でリスキリング支援として「人への投資」に5年間で1兆円を投じると発表しました。これは、成長分野への産業転換に必要な労働力を移動させ生産性と賃金を上げることを目的としており、個人を対象にリスキリングと転職支援を行うという内容です。

 良い流れができたことは確かですが、前提としてリスキリングは、技術的失業を防ぎ、組織の成長事業を担う人材を育成するために組織責任で行うものです。やる気がある人は自主的にデジタル分野に転職しているし、そうでない人は金銭面での支援があるからという理由だけで転職を選ぶとは考えにくい。やはり個人を支援するだけでは成長産業への労働移動は難しく、企業が責任をもって導入するというのが第一ステップだと思います。

 また、リスキリングと転職を結びつけることで、リスキリングから遠のいていく人たちもいます。地方の経営者ほどDXや地域産業、人材不足への対応は喫緊の課題で転職されてしまっては困ります。

 なぜこんなにも個人に特化した話ばかりが前面に出ているのかというと、リスキリングの和訳として「学び直し」を当てているからです。これは、リカレント教育という人生100年時代を見据えた生涯学習の一環として、仕事と学びの繰り返しという意味で使われる言葉です。

 徐々に活発化してきたリスキリングの議論ですが、約9割はリカレント教育と混同したせいで学びにフォーカスしています。身に付けたスキルをどのように実践するのか、どのように新しい仕事に就くのかといった議論はまだとても少ない。多くの人がなくなる仕事から成長事業の仕事に就くという目的を理解していないように思います。

 そういった意味では、新しい資格を取得したから安心という考え方は危険です。AIはビジネスパーソンの優秀の定義を変えてしまうからです。生成AIはより進化し、金融版、弁護士版、会計版など専門性に特化した仕事もこなすようになるでしょう。士業のような正解を出す仕事の一部は、どんなに人間が優れていたとしてもAIが代替する可能性が高く、ほかの部分で別の能力が求められるようになります。

 デジタル化やAIの発達のように大きな外部環境の変化があっても、リスキリングで日ごろから自身のアップデートを続けていれば変化に柔軟に対応することができます。

 例えばリスキリングとしてデータを扱うスキルを身に付けるためにデータサイエンティストになるとします。これを成長産業へ移動したからゴールととらえるのではなく、この先どんどん増えるAI関連の仕事に就くためのステップとしてください。

 今までは一貫したキャリアを形成することがその人の強みになっていました。しかしこれからは、自分の続けてきた仕事とは別の分野に得意領域を持つことが大切です。私は人事分野、失業問題解決分野、デジタル分野における経験を積んできました。これら3つの特性を生かし、今リスキリングを広める仕事をしています。それぞれの分野には専門家がいますが、私と同じ組み合わせを持っている人は多くいません。

 別の要素を組み合わせて希少性の高い仕事を創りだす。これがAI時代の生き残り術です。(談)