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バンジージャンプするポストコロナの世界経済 デビッド マン Mastercard

TI DCカード David Mann氏

米FRB(連邦準備制度理事会)は昨年、インフレ退治のため、超低金利政策を転換した。現在の政策金利は5.25%~5.5%と、22年ぶりの高水準となる。一方、海外情勢とは対照的に、依然として日本は金融緩和政策を維持し、インフレ収束も当分先となりそうだ。デビッド・マン氏に、歴史的な物価高に直面する国内外の経済見通しを聞いた。聞き手=金本景介(雑誌『経済界』2023年12月号より)

TI DCカード David Mann氏
デビッド マン Mastercardチーフエコノミスト
でびっと・まん 英国生まれ。ウォーリック大学で経済学の理学士号、ロンドン大学でファイナンスの修士号を取得。英スタンダード・チャータード銀行を経て現職。Mastercardではチーフエコノミストとして、アジア太平洋および中東アフリカ地域を担当。

日本のインフレ収束はゆっくりと進む

―― ポストコロナのグローバル経済については、今後どのような推移をたどりますか。

マン グローバルの経済動向は、バンジージャンプのような様相を呈しています。コロナ禍が始まった2020年、世界経済は橋の上からジャンプをしました。過去75年の中で、最も早いペースで世界経済は減速していきましたが、これは人命救助を目的とした意図的な政策によるものだったため、比較的予測はしやすかった。

 ところが、21年に多くの地域の経済が開放されたジャンプの最初の跳ね返り以降、現在は大きな逆風と追い風が両方から吹き付け、方向感覚が失われているような状況にあります。米国では、長期金利の上昇が続きますが、これがあと半年、あるいは数年続くのかということでも市況は大きく変わってきます。

 米国で大変な立場に置かれているのは中小企業です。大企業とは異なり、資本市場(長期金融市場)へのアクセスが難しい中小企業は、低金利のうちに、固定金利で借り入れることができませんでした。変動金利にせざるを得ず、金利高の負の影響を直に受けています。金利の引き上げはリスクが高く、この期間が長くなるほど労働市場の悪化および不況が訪れる可能性は高まります。

―― 米国をはじめ金利は上昇傾向にありますが、日銀はマイナス金利政策を継続しています。

マン 世界の中で、中国を除いて金利を上げていないのは日本だけです。欧米を見ると過去40年のペースでは類を見ない勢いで、アグレッシブに金利を上げてきており、日本の円安は必然的な状況です。最も効果的な打開策は、イールドカーブコントロール(長短金利操作)の修正です。ただ、日銀が積極的な利上げに消極的なため、円高は大方のマーケット予想に比べて、ゆっくりと進んでいくと考えています。

 米国の金利の引き上げも佳境に差しかかっており、24年には何らかの利下げが行われることが予想されます。日本国債と米国債の利回り格差が縮小し、日本円が米ドルに対して上昇する可能性があります。

高齢化社会における経済成長のための施策

―― コロナ禍も収束しつつあり世界中の消費動向の変化が顕著です。

マン コロナ禍で一時的にモノの需要が増えた分、現在はモノに対する消費が一段落し、多くの国で輸出量が減っています。しかし、この減少も一時的で、やがて安定してくるでしょう。そして現在はポストコロナから、ポスト・ポストコロナに移りつつあります。コロナ禍が収束した直後は、抑制されていた消費欲求を一気に満たそうとする「リベンジ消費」があるけれども、これは段々収まってくるのは当然です。

 コロナ禍が長期的に変えてしまったこともあります。特に、オフィスと在宅のハイブリッドワークが挙げられます。在宅勤務により、ランチタイムの外食費用が減るのは当然ですよね。このような形でも消費動向はコロナ禍前と様変わりしています。

―― 観光需要は世界各地で回復しているように見えます。

マン コロナ禍の巣ごもりで余剰貯蓄が増え、国境の移動が自由になった昨年から観光消費は活発化しています。ただし、日本の消費動向として、いまだ旅行や娯楽よりも、生活必需品など小売業の売上割合が高い。円安が故に、国内旅行は好調ですが、海外旅行は回復しておらず19年の半分程度に過ぎません。それも韓国やベトナムなど通貨が弱い地域ですから、日本人が相対的に行きやすい地域ということになります。ただ、円安がある程度反転すれば、すぐにでもコロナ禍前の水準に回復してくるでしょう。人々がどこにお金を使うか、全ては為替次第と言っても過言ではありません。

―― 日本でもインバウンドへの期待が高まっています。

マン インバウンドに向けた取り組みは経済成長という観点からも重要です。現在の円安の良い側面として、旅行客の買い物を後押ししています。ただし中国の存在感は大きく、ここが大幅に回復しなければ元通りというわけにはいきません。他の国から観光客が増えたとしても、補えません。今から、中国からの観光客が19年の水準に戻るには、最低でも1年以上はかかると見ています。

―― 海外に向けたアプローチも必須ですが、一方で日本の個人金融資産は2千兆円を超えています。この眠った資産をさらなる消費へ促していくべきだという意見もあります。

マン 長い期間、貯蓄をしていた高齢者層が消費を増やし、市場にお金を流すことは重要です。ただ、それにも高齢化社会特有の課題があります。高齢者は、介護費用をはじめ家族に関する不可欠な消費が増えることを考えて、現役世代に比べ、財布のひもが一層固くなります。

 しかし、現在のインフレ状況は、これ以上物価が上がる前に、買い物しようという心理にさせるので、個人消費の促進にはプラスに働いています。日本のように生産年齢人口が減少する高齢化社会では、GDP(国内総生産)を安定的に成長させることは難しい。GDPの成長の要因は、主に労働力、資本、生産性の3つに分けられます。シンプルに言えば、労働人口が減っている部分を、生産性を高めていくことで埋めていかなくてはなりません。ただ、残念ながら日本の生産性は低い状況が続いています。

―― 少子高齢化が進むどの先進国でも生産性向上に向けた試みは避けられませんが、米経済学者のポール・クルーグマンは過去の著作の中で、生産性がなぜ上がるのかは分からないと率直に述べていました。

マン 生産性というのは複雑極まるパズルのようなもので、ややこしい問題です。欧米も中国も、日本と同様に過去10年間はほとんど生産性が上げられませんでした。しかし、その中でも優れた技術が登場してきています。

 1990年代にようやく普及が始まったインターネットも、完全に一般化するまでに20年近くかかりました。これは日進月歩で進化しているAIについても同じです。この技術を誰もが自由に使いこなせるまで時間はかかりますが、労働力不足に悩む日本において、このような先端技術を積極的に取り入れるインセンティブは大きい。

 まだまだ途上ではあるものの、ディープテック領域を将来の生産性に直結する優先事項として、積極的に投資を増やす政府の取り組みは妥当です。少子高齢化はどの国もいずれ直面する問題ですから、日本が今後いかにこの難局を切り抜けていくか、世界は注目しています。