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教育サービスの常識を覆す やる気不要のオンライン自習室を展開 森山大地 Herazika

森山大地 Herazika

やる気に頼ることなく学習者が自主的に机に向かうようになる「オンライン自習室」サービスを提供するHerazika(ヘラズィカ)。経済産業省や神奈川県などからも事業採択を受ける、教育サービスのあり方を変えると話題のスタートアップだ。代表取締役の森山大地氏に話を聞いた。文=大澤義幸 Photo=川本聖哉(雑誌『経済界』2024年7月号より)【経済界GoldenPitch2023審査員特別賞受賞】

森山大地 Herazika代表取締役のプロフィール

森山大地 Herazika
森山大地 Herazika代表取締役
もりやま・だいち 1987年兵庫県生まれ、横浜育ち。新卒でヤフー入社、新規事業部のプロデューサーなどを務める。退社後3年間のニート生活を経て、デンマークのビジネススクールKaospilot入学。帰国後、2020年Herazika創業。21年小学生のためのおウチ自習室「ヤルッキャ!」、23年大人向けの自学習サポート「Herazika」をリリース。

「怠惰性」に悩み続けた原体験をテーマに起業

ヘラジカ サービス画面
ヘラジカ サービス画面

 「さあ、今から勉強を頑張るぞ」と意気込んでもやる気はすぐに失せてしまう。パソコンの電源を入れて万全の準備を整えても、急にネットニュースやSNSが気になり始め、気づけば何時間もたっている。そんな経験は誰にでもあるはずだ。

 これは部屋の掃除、ジム通い、ダイエット、禁煙、禁酒などもそう。習慣化を目標とするほど、最初のやる気は続かず三日坊主となるケースは多い。ついには「明日から頑張る。次こそ本気を出す」と問題は先送りされ、挫折を繰り返すことになる。

 一般に教育・人材育成系事業者が提供する習慣化サービスは、やる気をどう高め、維持するかに重きを置いている。怠惰な自分を変えたいと願う人たちが主要な顧客となる。

 そこに一石を投じたのが、「やる気不要のオンライン自習室」事業を展開するEdTech系スタートアップのHerazika(本社・横浜市青葉区)だ。2020年に創業し、現在は主に中学受験を控える小学生の利用を想定したおウチ自習室「ヤルッキャ!」と、TOEICや難関国家資格の取得などを目指す学生や大人向け自主学習サポート「Herazika」を展開している。

 代表取締役の森山大地氏はヤフーに新卒入社するも、新規事業立ち上げに失敗し退社。3年間のニート生活を謳歌したのち、「今のままでは社会人として終わる」と一念発起し、世界一刺激的と評されるデンマークのビジネススクール「KAOSPILOT」に入学する。留学中はリアルビジネスを通して、起業家に求められるデザイン思考やユーザー視点などを叩き込まれたが、コロナ禍の影響もあり中退。帰国後に起業したのがHerazikaだ。

 「起業時に人のやる気や怠惰性に着目したのは、僕自身が幼少期から怠惰で悩み続けていたからです。テスト前になっても勉強ができず、体が動かない。それがコンプレックスとなり、一時は強迫性障害を患ったこともあります。その時から怠惰性は人生のテーマとなりました」

 そう語る森山氏は、悩みの解決の糸口を探して人類史や文化史にも興味を持った。そこで人は元来怠惰であるという一つの結論にたどり着く。

 「怠惰性はやる気でコントロールできるものではなく、これを乗り越えるために必要なのは、『やる気に頼る必要のない環境』だと気づいたんです。これをプロダクトに落とし込んだのが今のサービス。問題は僕の怠惰性でしたが、会社という箱を先に立ち上げて動かざるを得ない環境をつくり、人生のテーマを事業テーマに据えれば、四六時中仕事と向き合えるだろうと考えました」

 森山氏の原体験に基づく仕事への姿勢は真摯だ。しかし、「ヤルッキャ!」をローンチした際は、「やる気なんぞ豚にでも食わせておけ」というコピーに対し、「小学生向け教育サービスとは思えない」と関係各所からクレームが付いた。現在もこのコピーは生きているが、同社ウェブのトップは、「勉強にやる気? 不要です」にそっと変更されている。

やる気不要で机に向かわせる学習者を囲い込む環境設計

森山大地 Herazika
森山大地 Herazika

 21年に子ども向けサービス「ヤルッキャ!」を先に出したのは、テストマーケティングで大人向けと比較して、利用率や解約率に優位な数値が得られたためだという。森山氏には小学生の娘がおり、同級生の親を巻き込み協力を仰げたのも大きい。

 「『ヤルッキャ!』には、親から子どもへの『勉強しなさい』をなくすというコンセプトがあります。親の口調がきつくなるのは、子どものやる気に過度な期待を持ち、やる気があれば机に向かって集中できると考えるから。でもそう簡単ではありません。そこでやる気に頼らない環境があれば、親子関係を良好に保てて、子どもの成績も上がります」

 「ヤルッキャ!」には、親宛に子どもが自学習している様子がメールで届くサービスもある。子どもの頑張る姿を視認することで、結果だけでなくプロセスも評価できるようになり、何より安心材料になる。

 少子化で競合との顧客獲得競争が激化する中、同社のサービスが注目されるのは、「机に向かって自学習を始めるまで」を最大の難所と捉え、自学習をスタートせざるを得ない環境づくりをしている点にある。

 「やる気が生まれるのは、ある程度習熟度が上がり、物事の本質的な楽しさに気づいてから。ましてや習慣化はさらにその後です。まずは机に毎日向かわせることが大事。ならば、机に向かう時間を決めて、スケジュール通り実行する。この2つが守られれば自学習の環境はできます。これは子どもも大人も同じ。さらに机に向かったらインセンティブ、向かわなければペナルティを科すことで、やる気に頼らなくとも自学習を持続する環境ができる。よくある習慣化サービスは、『勉強を始めるまで』の動線なしで、いきなり『やる気を高め、持続させよう』とします。これが当社の優位性になっています」

 この具体的な機能を、「ヤルッキャ!」の機能拡充版として23年8月にローンチされた大人向けの「Herazika」に見ていく。

 まず学習者はオンライン上で勉強する日時を事前に設定する。1コマ25分で何コマでも設定できるが、キャンセルは週2回に制限している。

 「1コマを25分にしたのは、短集中、休憩、短集中を繰り返すほうが、生産性が上がると考えたからです。『これから1時間勉強か』と考えるよりも机に向かうハードルが下がる。何時から勉強するかを自ら意思決定して登録することで、脳と体の準備を整える効果も狙っています」

 次に予約時間にオンライン自習室に入室すると、他に5人の姿がオンライン画面上に映し出される。この6人が一緒に同じ時間を共有しながら自学習することで、集中力を持続させる仕組みがある。

 「他社のオンライン自習室は100人など大人数で集い手元を映したりしますが、それでは相互監視の緊張感が生まれません。当社のサービスはぼかし入りの顔を映し、一緒に学習している感覚を高めます」

 この机に向かわせる環境設計に加え、少人数のチームである利点を生かし、本人の行動が他の学習者に影響を与える仕組みで囲い込む。

 「チームは個人の勉強内容と目標勉強量を基準に自動的に組成されます。チームの目標勉強量もセットされ、全員で達成すると個人のレベルがアップし、アマギフやチャットルームの開放といった報酬があります。出席は他のメンバーに喜ばれ、欠席は迷惑がかかり報酬の機会損失になるので、自学習が自分一人だけのものではなくなります。仮にチームで自分だけが目標未達であれば個人のレベルがダウンし、チームから自動退出となるというプレッシャーもある。これがやる気に頼らなくとも、机に向かうようになる仕組みです」

 アンケートでも、「自学習時の孤独が解消された」「皆で頑張れるのがいい」といった共有を楽しむ声が多い。まさに運命共同体として絆や連帯責任を伴うサービスであり、個人の週間利用達成率は7割を超えるという。

 料金体系は、いずれのサービスも月額980円から。類似の教育サービスやスポーツジムなどと比べても、単なる場所貸しで終わらない、やる気に頼らない仕組みがある。

チャーン改善にも一役。BtoBtoCも伸ばす

ヘラジカ サービス画面
ヘラジカ サービス画面

 同社は神奈川県の「かながわ・スタートアップ・アクセラレーション・プログラム」の22年度採択企業などに選出。この他、「ビジネスアクセラレーターかながわ」の支援の下、資格・専門学校のTACと共同で、「学習者に最適な環境を届ける『オンライン自習室』を活用したリスキリングの推進」の実証実験を実施している(TAC受講生1千人が対象。23年12月~24年3月)。

 「実験の結果、当社サービスの利用者は非利用者と比べて、TACのプログラム継続率に有効でした。現在は対象をTAC受講生10万人に拡大しています。通常は解約を防止するために、社員が受講生一人一人に電話連絡をするなど手間をかけますが、当社のサービスを利用すれば低コストでチャーン改善、売り上げ増になる。こうしたBtoBtoCの提携も増やしていき、将来的にはプラットフォーム化したいですね」

 続けて今後の目標については、「絵に描いた餅にならないように、実現するまで公には語らないようにしている」としつつも、「『人が怠惰性をコントロールできる社会』を見てみたい。Herazikaでそれを実現したい」と本音で語ってくれた。

 森山氏を長年悩ませ続けた人生のテーマは現在、会社を動かすエンジンとなっている。今も欲するその答えは、同社サービスの広がりがやがて証明してくれるに違いない。

◆株式会社Herazika

https://herazika.com/