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改正労働基準法施行から3カ月「物流2024年問題」はどうなった?

高橋智 西濃運輸社長 千田哲也 日本郵便社長

高橋智 西濃運輸社長 千田哲也 日本郵便社長
高橋智 西濃運輸社長 千田哲也 日本郵便社長

「物流2024年問題」が4月1日、本格的に始まった。1人のドライバーが長時間、運転することが難しくなり、複数のドライバーが中継する「中継輸送」に切り替えるなどの対応を迫られている。また物流業界の再編が加速する可能性が高まっている。文=ロジビズ・オンライン編集長/藤原秀行(雑誌『経済界』2024年8月号より)

1日に500キロ走行が限度。鉄道などの輸送へ移行増加

 厚生労働省の「賃金構造基本統計調査」によると、トラックドライバーの年間平均労働時間は2500時間を超え、全産業平均の約2100時間を400時間上回っているが、年間収入額は全産業平均から1~2割低い。劣悪な就労環境が響いて若い人が物流業界に入ってこなくなり、トラックドライバーの高齢化が加速、有効求人倍率は2倍を超えている。

 長時間労働の背景には、荷主企業が物流センターで商品の積み降ろしを長時間待たせる「荷待ち」など荷主企業が自らの業務の都合で物流事業者に無理を強いていることがある。そこで政府は働き方改革関連法でトラックドライバーの長時間労働規制を厳格化。4月1日以降、時間外労働は年間960時間が上限で違反した物流事業者には罰則が科される。

 同時に、厚生労働省はトラックやバス、タクシーなどのドライバーの労働時間に関する基準を定めた「改善基準告示」を改正。4月1日からは年間の拘束時間(労働時間に休憩時間を合わせた全体の時間)上限をそれまでの3516時間から原則3300時間、最大でも3400時間に抑制することなどを打ち出した。

 このため、1人のドライバーが1日に500キロメートル、往復の場合は片道当たり250キロメートルを超えて走行するのは困難になったとみられている。東京からだと片道で静岡県あたりまでのイメージだ。

 「管理の負荷が増しているが、法律で決まったことだからやるしかない」。ある中堅物流事業者の幹部がため息をつく。同社は関東~関西間の長距離である荷主企業から物流拠点間の商品輸送を請け負っており、1人のドライバーが往復の走行を担っていた。しかし、2024年問題を受け、途中の浜松エリアでトラックのドライバーが交代し輸送を受け継ぐ中継輸送に切り替えた。ドライバーの運行管理が煩雑になるなど課題はあるが、ドライバーからはその日のうちに自宅に戻ることができるようになったと好評を得ている。

 ただ、労働時間の短縮で収入が減少すればドライバーの離反を招きかねない。この幹部は「荷主には何とか運賃でカバーしてほしいとお願いしている。2024年問題もあって理解はしてもらえている」と語る。

 同社のように、荷主企業や物流事業者の間で中継輸送に変更したり、長距離輸送の一部を鉄道貨物や内航海運に切り替えるモーダルシフトを実施したりする動きが相次いでいる。

 大手物流事業者の鴻池運輸とトランコムは今年4月、トラックと鉄道の輸送を組み合わせた独自のサービス「トレインクロスドックサービス」を共同で開始した。トランコムが手配したトラックで荷主から託された荷物を、JR貨物が東京・品川エリアに構えている「東京貨物ターミナル駅」内の鴻池運輸事業所まで持ち込み、そこから鴻池運輸が鉄道コンテナに積み替え、各地に届けている。鴻池運輸とトランコムはこのサービスを提供することで、長距離輸送を効率化したい荷主企業のニーズを満たせると期待する。

 全長が20メートルを超え、一度に2台分の荷物を輸送できる「ダブル連結トラック」の活用も長距離輸送で広がる。物流大手のセンコーは4月、関東~関西間で運行している8編成(1編成はダブル連結トラック1台)、24年度に中部~関東間で新規に運行を始める予定の6編成を含めて早期に100編成まで拡大する計画を発表した。100編成は大型トラック200台分に相当する。

 政府も2024年問題の有効な対策の1つになると期待、ダブル連結トラックを走らせることが可能な高速道路の区間を全国で順次拡大したり、高速道路のサービスエリアにダブル連結トラック専用の駐車場を設けてドライバーがゆっくりと休めるよう後押ししたりとバックアップしている。

混乱が起きるのは今年秋以降? 

 こうした努力が奏功し、4月1日の2024年問題本格スタート以降、トラックが足りずに商品を小売店舗へ届けられなかったり、原材料を調達できなかったりといった大きな混乱は特段生じていないようだ。

 ただ、「地方の中小食品メーカーが商品を運ぶトラックの確保に苦労している」(大手食品メーカー幹部)といった声も聞かれる。首都圏の中堅物流事業者幹部は「今は政府が、労働環境が悪化していないか目を光らせていることもあり、物流業界全体が法令を順守しようと努めているが、人員の適正配置などの準備が不十分だった物流企業は無理が続かないだろう。秋ごろからはトラックが足りず物流センターで商品の積み込みが大幅に遅れるといった事態が顕在化してくるかもしれない」と不安げに語る。

 別の物流業界関係者は「このギリギリの状態の下、地震や台風など災害が発生し、いつもと違うルートを走行しなければいけないといったイレギュラーな状況が生じたら、はたして物流事業者が対応できるだろうか」と指摘する。

 さらに、2024年問題を背景に、中堅・中小の物流事業者が荷主や元請けの大手物流事業者との交渉で運賃値上げを勝ち取ったとの声は聞かれるものの、肝心のトラックドライバーの賃金はまだまだ目に見えて上昇しているわけではない。賃上げがなければトラックドライバーの確保が難しくなるだけに、荷主や元請けの大手物流事業者も対応が強く求められている。

業界再編の号砲が鳴った?提携やM&A相次ぐ

 ライバルの物流企業同士がタッグを組む動きも出てきた。日本郵便とセイノーホールディングス(HD)の両社グループは5月、主要都市間を結ぶ長距離の幹線輸送を共同で実施するため業務提携すると発表した。双方が持つ輸配送の車両や物流拠点を有効活用し、トラックに両社グループの荷物を積み合わせ、物流業務の効率化・省人化につなげるとのシナリオを描いている。

 NXホールディングス傘下のNX総合研究所が、現状のままでは25年度にトラックドライバーが14万人足りなくなると予測するなど、トラックドライバー不足はますます深刻化する公算が大きい。日本郵便とセイノーHDの両社グループは「物を運びたくても運べない」状況を回避するには、協力できる部分で協力することが必要と判断した。

 日本郵便の千田哲也社長は「両社だけにとどまることは想定していない。(他社も参加可能な)オープンパブリックプラットフォームを体現していきたい」と語り、他の物流事業者が長距離の幹線輸送共同化に加わるよう呼び掛けていく考えを示した。物流事業の持続可能性を高めるには、より多くの物流事業者と手を組んだ方が得策との計算がある。

 さらに同業者のM&Aまで踏み込むケースも続く。5月には米投資ファンド大手KKR傘下の物流大手ロジスティード(旧日立物流)が、電子部品大手アルプスアルパインの子会社アルプス物流の買収を発表した。8月にTOB(株式公開買い付け)を始める予定だ。

 ロジスティードは精密機械などを得意とするアルプス物流を子会社化することで輸配送などの物流基盤を強化し、サービスのラインナップも広げられると期待。アルプス物流としてもロジスティードとトラックの共同配送を展開し、1台のトラックでより多くの荷物を運ぶことで業務を効率化、2024年問題を乗り切りたい考えだ。

 あるM&A仲介会社の幹部は「物流業界で人をつなぎとめられない会社は売り手になっている。2024年問題がM&Aをさらに活発化させていくだろう。『相手の同意なき買収』も増えていくのではないか」と分析する。2024年問題は業界再編の号砲を鳴らし、提携やM&Aを定着させる公算が大きそうだ。