経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

新たな産業の育成強化とスタートアップエコシステムの構築を 宮本文武 中部圏社会経済研究所

中部圏社会経済研究所 宮本文武 代表理事

製造業を中心に発展し続ける中部経済。円安メリットを享受する一方で輸入商材の価格高騰など、大きな経営環境の変化に対応して確実に復調している。今後はグローバルな視点でのITをはじめとする新たな産業の育成が求められている。(雑誌『経済界』2024年11月号「リゲイン中部経済」特集より)

中部圏社会経済研究所 宮本文武 代表理事

中部圏社会経済研究所 宮本文武 代表理事
中部圏社会経済研究所 宮本文武 代表理事

若者が関心を寄せるITなど新たな産業分野の育成を

 中部地域は製造業が強い地域として知られています。トヨタ自動車をはじめとする輸送用機械や自動車部品、航空機部品などが中心で、大企業から中堅、中小まで多くの製造業が地域を支えています。

 2023年度の設備投資は堅調に推移しており、特に大企業の設備投資が増加していることで生産面と投資面での成長が景気を牽引しているといえます。ただ、懸念されるのは一部自動車メーカーによる認証不正問題が発覚し、製造停止などの影響が出ていることです。この問題が設備投資や業績にどのような影響を与えるかは、引き続き注視する必要があります。

 また円安の影響ですが、製造業にとっては輸出が有利になる側面があります。近年、現地生産が増えているものの、欧米向け輸出も多いので円安による恩恵を受けていることになります。ただ一方で輸入品の価格上昇やエネルギーコストの増加が著しく、家計に与える影響は少なくなく個人消費の伸びが鈍化する懸念があります。

 少子化が止まらない中、全国的に人手不足の問題が広がっていますが、中部地域でも深刻化しており、特にサービス業や飲食業での影響が大きくなっています。賃金レベルが高く福利厚生が整っている大企業は比較的人材を確保しやすいと思いますが、その他の多くの企業は人手不足が経営の大きな足かせになっています。

賃上げと物価上昇への対応が、安心して働けるための大きなテーマになっていますが、23年度と24年度は多くの企業でベースアップが行われ、賃上げは消費者への心理的な安心感をもたらしています。ただし円安の他に、最近の天候不順による日用品や食糧関係の価格上昇が続いており、家計に与える影響が心配されます。

 伝統的に強い製造業が中部経済を牽引してきましたが、将来を見越してさらに発展し続けるためには新たな産業の育成強化や成長が課題となっています。例えば技術革新が急ピッチで進んでいる情報通信関連などの新しい産業を生み出すエコシステムの構築が重要です。情報通信やIT関連の発展は若者の域外流出を防ぎ、地域の持続的な成長を目指す上で、大変重要になっています。

世界中の起業家と地元企業がコラボできる仕組みが重要

出所:中部圏社会経済研究所

中部圏(中部9県)景気動向指数の推移

 若者は情報通信やコンサルティングなどの「かっこいい」仕事を求めて東京に流出する傾向があります。名古屋で就職後、東京に転職するケースも増えています。これを防ぐためには、名古屋での魅力的な仕事を増やす必要があります。最近ではデジタルツイン(現実世界の環境を仮想空間にコピーして再現する技術)などの新しい分野に注目が集まっています。これは仮想空間でのシミュレーションを可能にし、製造業の生産効率を大幅に向上させることが期待される技術ですが、現状では東京に依存している部分が多く、名古屋での技術開発は進んでいない状況です。優秀な学生が東京や海外に流出しないように名古屋で魅力的な仕事や研究ができる環境を整えることが急務といえるでしょう。

 名古屋は生活環境が充実しており、子どもの医療費の無料化や各種クーポン券の配布なども行われ、住みやすさランキングでは常に上位にいます。これらのメリットも広くアピールする必要があると思います。

 国の重要施策にスタートアップの育成がありますが、愛知県にはステーションAiやイノベーターズガレージなどのインキュベーション施設が整備されており、スタートアップの育成には積極的に取り組んでいます。各施設には多くの起業家志望の若者が集まっていますが、名古屋で起業したい人を増やすためには、支援企業や金融機関、コンサルタントなどを含めた入口から出口までのエコシステムを強化する必要があります。大企業もたくさんあるので、オープンイノベーションの拡大や特許の活用など、きめ細かいサポートも大事になってきます。

 視点を変えて世界中からスタートアップを名古屋に引き寄せるためには、グローバルな視点でのエコシステム構築が必要です。グローバル企業が多い名古屋で起業することのメリットを強調し、世界中から優秀な人材を集めることが求められます。世界中の優秀な起業家へのサポートやコラボレーションを通じてエコシステムが動き出せば中部地域はさらに発展するでしょう。

 また半導体産業や航空機産業も中部地域の重要な基幹産業です。新しい工場の誘致や人材の採用、育成を強化することがさらなる成長の鍵になると思います。