NTTオートモビリジェンス研究所は、電気機器やスマートフォン向けの事業が中心の会社だったが、車載用ソフトウェアやAI開発の事業にシフトしてきた。AI研究歴約30年の坂本忠行社長は、これからの自動運転にはAIの進化が必須で、いずれ自動車は情報のプラットフォームになると語る。構成=萩原梨湖(雑誌『経済界』2025年1月号巻頭特集「自動運転のその先」より)
坂本忠行 NTTデータオートモビリジェンス研究所社長のプロフィール
ITと車の距離が近くなりソフトウェアファーストに
NTTデータオートモビリジェンス研究所は、もともと電気機器などに使われるマイコンと呼ばれる半導体チップの品質管理を行う会社が前身となっています。その中でスマートフォンの急速な普及が進み、同時にスマートフォン用のソフトウェア開発が占める割合が増えました。その流れを受けて2010年にNTTデータと資本提携、18年に子会社化しました。そして次は自動車用半導体にシフトし、AIやモビリティにおける研究者を登用、現在は研究所という看板を掲げています。
30年までに、モビリティの変革を表す「Connected(コネクテッド)」「Automated/Autonomous(自動運転)」「Shared & Service(シェアリング)」「Electrification(電動化)」、4つの領域技術、CASEを搭載した次世代モビリティが急速に普及していきます。電動化した車両には高性能計算機や通信ネットワーク、クラウドやビッグデータなどとの連携が必須となり、高度な車載ソフトウェアが求められています。
例えば、車載ソフトウェアの開発、製造開発プロセスを効率化させ、モビリティのインテリジェンス化を進めるZIPC(ジップシー)MLTESTというテストケース設計ツール群や、車両が未完成な設計の早期段階でも複雑な運転空間シナリオを漏れなくシミュレーションするZIPC GARDENなどの製品を提供しています。
私自身は、学生のころからAIの研究をしており、NTTデータに入社した1991年も、AI元年と呼ばれていました。2023年も生成AIの登場などでAI元年と呼ばれましたが、私にとっては2周目です。
入社後は、現在のスマートフォンの走りとなった携帯電話サービスのプラットフォーム開発を担当しました。そこからスマートフォンやフィンテックの先駆けとなったシステムの開発に携わってきました。
その後、11年ごろにモバイルから離れてEVの分野に移ることになりました。この時期はちょうどEVの充電器の普及が活発化しており、自動車関連メーカーに向けて、これからの未来を想定した提案を行っていました。当時は世界初の量産型電気自動車として日産からリーフが発売された直後だったので、車の動向に合わせて人の消費行動を想定したり、車での移動があることによってエコシステムがもっと広がるんじゃないかと提案していました。
しかし、簡単には受け入れてもらえません。その理由は、当時はまだITと自動車の距離が遠く、今のように車とインターネットが密につながる時代ではなかったからです。今では逆に、自動車関連メーカー側がITやソフトウェアの活用を前提とした、ソフトウェアファーストな考え方が流布され始めています。10年前と比較すると大きく変化しました。
まず技術開発においては、圧倒的にAIの技術が中心になってきます。私の感覚では、30年前の前回の流行時からあるAI技術を今高速でやり直している感覚があります。例えば、ルールベースAIという事前に設定されたルールや条件に基づいて動作する推論エンジンから、ニューラルネットワークAIという人間の脳の仕組みを参考にしたアルゴリズムを搭載したものが登場しました。そこへもともと画像処理装置として開発されたGPUを用いて並列計算を高速で行えるようになり、それにより大量のデータを学習させることが可能となったのが現在のAI技術です。
そしてここからは学術的にも未知の領域となる、判断の根拠を説明できるAI(Explainable AI)に進化させるために開発を続けています。現在のニューラルネットワークAIでは、結果は出ますが、そこへたどり着く思考過程を説明することができません。現在その部分に対する不十分さが顕在化しているので、結果に至る過程を説明できるAIができることを期待しています。
また、日本での自動運転の社会実装においては、2つのパターンがあります。1つ目はMaaS事業やAI事業の会社が垂直統合型に膨大な資金を投じて推進する方法。
2つ目は、限定的な運転環境で少しずつ成功事例を増やす方法です。われわれは、開発したソフトウェアを市場運用・実証実験に用いて後者の方法で実証実験を進めています。実験場所には離島を選び、一人乗りの自動運転車からスタートしました。サンゴ礁から発達した離島は平たんな道が多いので自動運転車が道を認識しやすく、実験に適しています。
また、地域住民のニーズが明確なので、マネタイズがしやすいという利点もあります。われわれがローカルMaaSを提供する地域は、バスが廃止になっていたり、バスが通っていてもバス停が家から遠いなど、ラストワンマイルの消費行動が難しく消費難民が発生している場所です。自治体も問題視しているため積極的に協力してくれる場合が多いです。
製造、マーケット、AI。これらをバランス良く統合
社会実装の段階になるとマネタイズが重要になってきます。ただAIの技術ができるだけではなく、自動運転車に対して誰がお金を払ってくれるのか、どういうニーズがあるのかを見極めなければいけません。
例えば、街で日常的に自動運転の一般車が使われることを想定すると、疲れた日は1万円支払えば最終目的地まで自動運転機能を使って運行できるというビジネスモデルを作ることができるかもしれません。
自動車を情報のプラットフォームにして移動後の消費活動、例えばレストランの予約などができるようになったら、車を中心としたエコシステムが構築されます。そういう意味では、自動運転車の普及はマーケットの変革を引き起こすと言えます。
一方で、AIの進化は目まぐるしく製造プロセスにおいても利用プロセスにおいても一定以上の成果を出しています。自動運転技術は今、製造の変革、マーケットの変革、AIの進化のトリプルジャンクションに刺激されながら発達しているので、それらをバランスよく統合していくことが求められます。
自動車産業におけるソフトウェアの役割がますます大きくなっているなか、新規の企業はソフトウェアデファインドの考え方で、ゼロからスタートすることができ、既存企業にとって大きな脅威となっています。
自動運転を提供する企業が思い描いている未来や達成したい目的が各社で異なるのは、先ほどのトリプルジャンクションをどう使っていくかが確定していないからです。アイデアや実験には当たり外れがあるので、消えていくものも数多くあります。自動運転業界は過渡期に差し掛かっていて、マーケットのリアルな反応と進化を見ることができる一番面白い時期ではないでしょうか。その中で、当社もキラリと光る技術で貢献していきたいです。(談)