11月5日に行われた米大統領選では、トランプ元大統領の返り咲きが確定した。選挙戦中から「America First」を軸に、強気な経済政策を掲げていたトランプ氏。日本はどう対応していくのか。為替ディーラーとしても豊富な経験を持つ、SBI FXトレードの藤田行生社長が分析する。構成=小林千華(雑誌『経済界』2025年2月号「2025年を読み解くカギ」特集より)
藤田行生 SBI FXトレードのプロフィール
再選のトランプ次期大統領 経済政策は減税からか
アメリカ合衆国の第45代大統領を務めた共和党のトランプ氏が、思いの外あっさりと民主党のハリス氏を破って、第47代大統領としてホワイトハウスに帰ってくる。しかも、上院も下院も共和党が過半数を占める、いわゆる「トリプル レッド」となったことから、トランプ氏がその政策を推し進める上で障壁はかなり低いものとなったと言えよう。そのトランプ次期大統領 (以下「トランプ大統領」)が掲げる主だった政策は、減税など拡張的な財政運営、関税率の引き上げ、移民規制の強化、脱炭素の逆行などであるが、まず手を付けるのは減税ではないか。
議会を気にすることなく大統領権限で実施できる関税率引き上げや移民規制強化を優先するとの見方もあるが、「トリプル レッド」となった以上、「大統領令で実行できるか否か」は大きな問題ではない。トランプ大統領はひたすら中間選挙での勝利を目指し、内外で大なり小なり摩擦を生じ得る関税率引き上げなどではなく、「有権者」に受け入れられやすい「減税」に取り組むと考える。
トランプ大統領が勝利したのは、「インフレにより家計が苦しくなった」人種的マイノリティや白人労働者階級に支持層を広げたことが大きいと思われる。ならば、まずその支持層に響く減税に踏み切ることが最良の選択肢とトランプ大統領が考えるのは自然なことであろう。2025年末に期限を迎えるいわゆる「トランプ減税(17年成立)」の延長は当然のこととして、残業代やチップ収入への非課税、年金等の社会保障給付への非課税も政策として掲げている。消費を通じて景気を押し上げるとともに、トランプ大統領への支持を高め、共和党が「労働者の党」たる地位を民主党から完全に奪うことにもなろう。
多くの有権者が米国経済に不満を抱いており、それがトランプ大統領の復帰を導いた。足下の米国経済はインフレが緩やかながら鈍化、労働市場も穏やかに緩和する中でソフトランディングが視野に入っており、トランプ大統領にとってはこの上ないスタートが切れる状況である。
市場は大統領選挙開票途中からトランプ氏当選とその政策の実行を織り込んだいわゆる「トランプ トレード」が進み、米国長期金利、ドルの上昇、企業収益の上昇を見込んだ株高が続いている。9月に一時139円台を覗いたドル円は150円台を回復、FRBも日銀も各々「利下げ」、「利上げ」に慎重な姿勢を見せる中、日米金利差はなかなか縮小しないまま円安に振れている。
日本は再び輸入物価の上昇を通じてコストプッシュ型のインフレ圧力が再燃するリスクに見舞われており、政府・日銀が再び頭を悩ませる状況に陥っている。11月に発表された9月の実質賃金が8月に続いて前年比マイナスになるなど、まだまだ物価上昇に追いつかない状況が続く中で、さらにインフレが進むことは輸出企業の業績の上振れというメリットはあるものの日本経済の腰折れを招くリスクがあり、一段の円安は望ましいことではないだろう。
日本政府としても早めの対応が望まれるが、残念ながら為替介入のハードルは上がったと考えるのが自然だ。日米の政権交代に伴い財務相、財務長官も交代したことから、まだ十分なコミュニケーションが望めないことに加え、キャラクター、スタンスなどから見ると、トランプ大統領は、 日本が主導する為替介入を嫌うのではないかと推測される。となれば、手段は金融政策しかあるまい。金融政策は為替相場をコントロールするものではないことは百も承知だが、このところの植田総裁はじめ日銀の政策委員の発言からは、日銀は政府と綿密なコミュニケーションを取りつつ、為替相場を意識して金融政策を決定していると思われる。
筆者は現時点では(24年11月末)、12月のFOMCの結果の如何を問わず、12月の日銀金融政策決定会合で0・25%の利上げに踏み切ると考えている。円安の流れに一旦歯止めをかけることになるのではないか。
トランプ大統領は、減税だけでなく、関税率の引き上げ、移民規制の強化も25年末までに着手する可能性が高いが、いずれもインフレ再燃をもたらすリスクがある。そもそも、トランプ大統領にとって「MAGA (Make America Great Again)」は単なる選挙スローガンではなく、政策においてもその基本軸をなすものであると言える。従って同盟国をも対象とする「輸入品への10~20%の一律課税」についても、その実施に懐疑的な声も一部にあるが実行することにさほど抵抗はないのではないか。ましてや、「中国からの輸入品に最大60%課税」は、包括的な対中国強硬政策の重要な手段として躊躇なく実行するであろう。また、トランプ1・0から持ち越したメキシコなどを対象とする移民規制強化も、メキシコからの輸入自動車への高関税とともに「製造業のアメリカ回帰」の集大成と考えているのではないか。
さて、トランプ大統領がその思いのまま政策を実行した場合、当然のことながら、米国経済のみならず、日本、中国、ユーロ圏など世界経済に大きな影響を及ぼすであろう。ただ、トランプ大統領の政策が実行に移されるのは早くても25年の半ば以降、その影響がはっきりと目に見えるのは、26年以降と思われ、「期待感」が支える足下の「米国長期金利高」、「ドル高」、「株高」は、ウクライナ情勢、中東情勢など地政学的不確実性に調整を強いられながらも、25年前半まで続くのではないか。
しかし、すべての政策がインフレ再燃をもたらす可能性があり、その結果米国経済が大きく減速するかもしれない。また、関税率引き上げは、日本をはじめ世界各国、特に中国、欧州の経済に打撃を与え、世界経済を大きく減速させるリスクを孕んでいる。市場は、将来の状況を先取りすると考えるならば、25年後半は、長期金利が高止まりする中、「ドル安」、「株安」となると考える。
石破政権対トランプ政権 相性よりも冷静な課題対処を
国際情勢が大きく変化し、分断が進む中、日米とも25年を新しい政権で迎える。日米関係は、先のトランプ政権と安倍政権、バイデン政権と岸田政権と比較的平穏な時代が続いた。そして、この度石破政権がトランプ政権と対峙することになり、安倍元首相時代を念頭に両者の相性を懸念する声がある。確かにトランプ大統領の人事を見ていると、好き嫌い、自らへの忠誠心を基準としているように見える。
しかし、トランプ大統領の政治姿勢、政策方針の土台となるのは「America First」であり、良くも悪くも、相手が誰であろうと揺らぐことはない。従って、米国から見て「日本は信頼できる同盟国」という評価は不変だとしても、「トランプ大統領が望むこと=米国にとって望ましいと思われること」。例えば米国製の武器購入などは強い姿勢で要求すると思われる。石破首相は「日米地位協定の見直し」に前向きだが、これを持ち出せば防衛費の負担の増加を求められ、首相は、財政問題も含め頭を悩ませることになるかもしれない。