関西電力が7月22日、福井県美浜町の美浜原子力発電所で原発の建て替えに向けた地質調査を始めると発表した。2011年3月の東京電力福島第一原発事故後、国内での原発新増設に向けた初の具体的な動きで、14年間止まっていた原子力政策の時計の針が、再び動き出した。文=ジャーナリスト/小田切 隆(雑誌『経済界』2025年10月号より)
次世代原子炉は「革新軽水炉」
「日本は資源が乏しい。原子力は必要不可欠だ」
関電の森望社長は7月22日の記者会見でこう述べた。地元の住民に説明し理解を得てから実際に調査を始めるという。建設や運転開始の時期については明言を避けた。
関電は、廃炉するものを除く福井県内の原発全てを再稼働している「優等生」。新増設に真っ先に乗り出す役目にふさわしいと言える。関電は、安全性が高いとされる「革新軽水炉」などの次世代型原発の建設を想定している。
福島第一原発事故により、日本の原子力政策は大きな転換点を迎えた。安全神話が崩壊して既存原発の再稼働も困難を極め、新増設は事実上凍結されてきた。
国内で最後に新設されたのは、2009年に稼働した北海道電力の泊原発3号機だ。関電は10年、美浜原発での増設に向け調査に着手していたが、福島第一原発事故を受け中断を余儀なくされた。
今回発表された地質調査の再開は、この止まっていた時計の針を再び先へ動かすものとなる。美浜原発では現在、1号機と2号機の廃止が決まり、3号機のみ稼働している。政府はこれまでに、廃止が決まった原発の敷地内で次世代型原発の新設を具体化する方針を示しており、関電の動きはこれにのっとったものだ。
関電が目指す次世代原子炉「革新軽水炉」は、現在、世界の原発で主流となっている軽水炉(普通の水=軽水を、核分裂反応で生まれる熱を取り除く「冷却材」と、中性子のスピードを落とす「減速材」に使う原子炉)の技術をベースに、さらに安全性を高め、経済性も向上させた原子炉だ。
設計の段階から、地震や航空機の衝突に耐えられる強度を持たせる。万が一の事故の場合でも、核燃料が入った原子炉の炉心を冷やすための手段が豊富に用意されている。
また、従来の技術をベースにしているため、新しい技術を一から開発するよりも実現のハードルが低い。これまでの部品供給網なども生かせるため、建設にかかるコストや期間を抑えることが期待できる。
今回、関電が調査に向け踏み出した背景にあるのは、差し迫った日本の電力需給問題と、国際社会が掲げた脱炭素目標だ。
まず電力需給問題。電力広域的運営推進機関によると、国内の電力需要は今後10年で約6%増加するという。こうした需要増を賄うには、再生可能エネルギーだけでは不十分。太陽光や風力発電は適地が偏っていたり出力が不安定であったりする。原発の存在が不可欠だ。
特に電力需要を拡大させるのが、普及する生成AIのためのデータセンターや半導体工場の新設だ。これにより電力需要は、25年度の36億キロワット時から29年度に308億キロワット時、34年度には514億キロワット時へと膨れ上がるとみられている。
具体的には、NTTデータや日立製作所といった国内企業に加え、GAFAをはじめとする米巨大テック企業も日本国内でのデータセンター建設を推進する。
関西圏では、ソフトバンクが今年3月、堺市にあるシャープの液晶パネル工場関連の土地や建物などを約1千億円で取得する売買契約を締結した。
ソフトバンクは「シャープ堺工場の約45万平方メートルの土地と延べ床面積約84万平方メートルの建物などを活用して、受電容量が約150メガワット規模のAIデータセンターを構築し、26年中の稼働開始を目指します」と言及。将来的には「受電容量を250メガワット超の規模まで拡大させる見込み」とする。
さらに、「このAIデータセンターを生成AIの開発やその他のAI関連事業に活用する他、社外からのさまざまな利用ニーズに応えるため、大学や研究機関、企業などに幅広く提供します」「AIデータセンターを中心とした産業集積地構想のモデルケースの構築に取り組み、AIを活用して1次産業をはじめとするさまざまな産業を高度化することを目指します」などとしている。
関電自身も京都府精華町で同社初となるデータセンターの稼働準備を進める。10年間で1兆円以上を投入し、関西、首都圏中心に施設を増やしていくという。
7月の参院選の結果も原発新設の追い風に
このような急激な電力需要の増加に加え、原子力が必要とされるのは、日本は50年までのカーボンニュートラル実現を国際公約として掲げているからだ。原子力はCO2を排出しない安定した電源。政府も2月に閣議決定した第7次エネルギー基本計画に「原発の最大限活用」を明記している。
問題なのは、多くの原発が稼働開始から長い期間がたっていることだ。
廃炉する予定のものを含め全国に68基ある原発中、稼働中か稼働に向けて準備を進めている26基のうち、45年末に運転開始から60年を超えるものは8基に上る。関電の場合、高浜原発1号機が24年に全国で初めて稼働から50年を超え、美浜3号機は26年に50年を迎える。
一方、原発の建設に向けては、調査に約8年、建設に約12年の合計約20年がかかるとされる。60年を超える原発の稼働ができるとする改正法が今年6月に施行されたものの、60年を超えて稼働できる期間は審査などでストップしていた分のみ。カーボンニュートラル実現の期限が今から25年後の50年となっていることを考えても、約20年かかる建設へ早く足を踏み出さなければならないという切迫感が、原発新設に向けた調査開始の後押しとなった。
また、7月20日に投開票が行われた参院選の結果が追い風になった可能性もある。
参院選では、原発推進派の政党が議席を伸ばした。改選議席では、再稼働や建て替え、新増設に前向きな国民民主党が約4倍の17議席に拡大。次世代原発への投資に積極的な参政党も1議席から14議席へと大幅に増やした。与党の自民党や公明党も安全性を確認した原発の再稼働を積極的に認めている。一方で、将来の原発ゼロを主張する野党は振るわなかった。
関電の今回の動きは、先ほど述べた通り、福島第一原発事故後、初めての原発新増設の具体的な動きだ。成功すれば、他の電力会社の原発再活用や新増設の動きを後押しする可能性がある。現在、九州電力がすでに原発新設の検討を打ち出しているほか、日本原子力発電も、革新軽水炉の敦賀原発3、4号機への導入も念頭に検討を始めている。
さらに、日本のエネルギー政策全体にも大きな影響を与えることになるはずだ。
政府は原発で40年度の電源の2割程度を賄う計画。美浜原発の新設が成功すれば、今の原発比率を維持し、さらに引き上げるための道筋が開ける。再エネの導入拡大と火力発電の削減を両立させながら、安定したエネルギーミックスを再構築できる可能性が生まれてくる。
また、地球温暖化や原油価格高騰などで世界的に原発の役割が見直される動き、つまり 国際的な「原子力ルネサンス」に日本が参加するという明確なシグナルにもなるだろう。
世界の原子力の発電能力は24年に過去最大規模となった。ここ10年、新設の多くを中国やロシアが占めてきたが、英国やスウェーデンも原発回帰を進めている。日本もこうした流れに乗ることをアピールし、原発投資を呼び込むための制度設計を急ぐ必要がある。
原発の新設は単なる電力会社の事業計画にとどまらず、国の根幹をなすエネルギー政策と国民生活の在り方を左右する重要な問題だ。今回の美浜原発の動きを機に、「安全性」「経済性」「環境性」「地域との共存」といった多角的な視点から、国民的な議論が深まる可能性もあるだろう。
3・11からの14年で原子力人材は先細り
一方、美浜原発の新設には多くの課題も残っている。
福島第一原発事故の記憶はまだ新しく、原発へ根強い不信感を持つ人たちがいるのは事実だ。関電は安全対策へ不断に取り組み、原発への理解と信頼を獲得していくことが最大の課題となる。調査や建設の節目節目では、地元住民の理解を得ていくことが非常に重要だ。
また、原発の建設には1兆円規模の資金が必要とされる。莫大な初期投資と長い建設期間が必要で、事業期間も半世紀を超える原発は、資金調達や投資回収の見通しを立てにくい。政府は、関電が収入やコストの変動にも対応できるようにする支援策を考える必要がある。
さらに、原発で使われた後の燃料を再処理し、再び燃料として使う「核燃料サイクル」や、使用済み核燃料から出る放射性廃棄物を人間の生活環境から隔離し安全に処分する「最終処分」についても、その在り方を早急に示すことが重要となる。
このほか、原発の再稼働がなかなか進まなかったことで、原発の建設や運転に関わる人材が先細りしていると指摘されている。
新設に着手するときに、経験豊富で十分な知見を持つ技術者を確保できるのか。そして、次世代へ技術をスムーズに継承していけるのか。これらができなければ、計画の遅延や安全性の問題が起こる可能性もあるだろう。
関電による美浜原発の新設調査開始によって、AI時代の電力需要急増、脱炭素目標、既存原発の運転長期化といった複合的な課題に直面する日本にとり、原子力が重要な選択肢であることが再びクローズアップされた。
しかし、その道のりは決して平坦ではなく、成否は、さまざまな課題を一つ一つ、丁寧にクリアしていけるかにかかっている。日本のエネルギー政策の未来を占う関電の取り組みを、これからも注視していきたい。
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