ゲストは、明治40年創業の老舗和菓子店「元祖 鯱もなか本店」(名古屋市)を夫婦で事業承継した古田憲司さん。コロナ禍の廃業危機から、SNSを活用したマーケティング術で業績を急回復し話題となりました。「『元祖鯱もなか』を、名古屋を代表する銘菓に」と語る古田さんにお話を伺いました。聞き手&似顔絵=佐藤有美 構成=大澤義幸 photo=上山太陽(雑誌『経済界』2025年10月号より)
古田憲司 元祖 鯱もなか本店のプロフィール

ふるた・けんじ 1984年、愛知県生まれ。元バンドマン。不動産業などを経て、2021年より妻・花恵氏の家業「元祖 鯱もなか本店」を4代目として事業承継。コロナ禍の経営危機を、SNS活用とマーケティング術で乗り越え、業績を回復し話題に。
コロナ禍で廃業危機の老舗和菓子店を夫婦で承継
佐藤 名古屋城の天守閣に鎮座する金鯱(きんしゃち)。その金鯱をかたどった和菓子「元祖鯱もなか」を製造・販売する「元祖 鯱もなか本店」は1907(明治40)年創業だそうですね。憲司さんの奥様の曾祖父が起されたとか。
古田 はい。2021年のコロナ禍に私たち夫婦で事業承継し、四代目になります。三代目の義父は、お店の経営は大変だからと妻や義兄に継がせずに自分の代でお店を畳むつもりだったようです。三代目は70歳を過ぎても元気にお店を営業していましたが、コロナ禍で観光業界が冷え込み、駅や空港、百貨店などに卸していた土産需要が激減し、廃業寸前に追い込まれました。売り上げが最盛期の10分の1となってしまったんです。
佐藤 コロナ禍は観光や飲食業界は特に厳しかったですよね。その苦境をどう乗り越えたのですか。
古田 廃棄間近となった在庫の山を見て、妻の花恵が立ち上がったんです。コロナ支援を行っていたフードロス削減を目指す通販サイト「WakeAi(ワケアイ)」に出品したところ、200件近い注文が入り、お客さまから多くの応援の声も届きました。その状況を見て三代目も事業承継に前向きになり、私たちがお店を継ぐことになったんです。
佐藤 奥様が社長で、憲司さんは専務に就かれたんですね。
古田 当時の私は不動産業を営んでいて、不動産業の収入と両輪の経営を考えていました。社員は製造のサポートを買って出てくれた先代夫婦を含めて4人。妻は製菓専門学校に通いながらの再スタートでした。結局、後にお店が忙しくなって私も和菓子屋に一本化するわけですが。
佐藤 そこからどう奇跡の復活劇を遂げたのですか。
古田 最も力を入れたのは通販サイトの構築とSNSの活用です。小規模事業者持続化補助金を使って、老舗でありながら親しみのあるデザインにサイトをリニューアルし、商品を購入しやすくしました。また看板商品を集めた「鯱セット」をつくったり、そのサイトに誘導するためのツールとして、Instagram、Facebook、X、LINEなどを開設しました。
佐藤 私の世代でもSNSは当たり前に使いますし、商品の販促には効果的ですよね。
古田 はい。Xなどで狙った以上に商品がバズりました。他にもリピート購入を促す同梱物を入れたり、用途に応じた新しいパッケージを用意したり、プレスリリースを打つなどして、できるマーケティング施策は何でもしましたね。
アイドルがこぞって応援 「鯱もなか」を名古屋銘菓に

佐藤 ウェブニュースも売り上げ爆増のきっかけになったとか。
古田 知人のライターからYahoo!ニュースの取材を受け、その記事がトップページのトピックスに載ったんです。記事が出た途端に注文の電話が鳴りやまなくなり、オンラインショップでも1千件近い「鯱セット」の注文が入って、「鯱もなかフィーバーが来た!」と感動しました。1週間ほどは発送作業に追われました。その記事は60万PVの閲覧があり、それを皮切りに100件近い取材依頼がありましたね。
佐藤 在庫の山が飛ぶように売れるのを見て、先代ご夫婦の反応は。
古田 店内の忙しさと活気に「昔に戻ったみたいだ」と言ってくれました。その笑顔を見てやってよかったと思いましたね。
佐藤 クラウドファンディングで老朽化した大須の店舗の改装も行ったそうですね。
古田 イートインスペースを併設したくて店内をリニューアルしました。クラファンは達成困難かと思われたのですが、名古屋出身のアイドルのTEAM SHACHIさんの応援ツイートで達成できました。これを皮切りに、SKE48の中坂美祐さん、元SKEの野口由芽さんらにも応援いただき、瀬戸市出身の藤井聡太棋聖の棋聖戦の勝負おやつに選ばれ、ついにはももいろクローバーZさんの新アルバムとのコラボで全国5カ所の銘菓の一つに選ばれるなどして、「鯱もなか」が全国的に認知されるようになりました。
佐藤 なごやんドリームですね。
古田 はい(笑)。名古屋駅のキヨスク、百貨店、コンビニなど売り場獲得に努めると同時にPRにも力を入れています。その甲斐あって、「Xトレンド解析『日本の土産菓子』TOP100」(角川アスキー総合研究所・2023年)で第18位になりました。近年はメタバースにも参入しています。今後も幅広い世代に向けて認知拡大を図りたいと思います。
佐藤 努力が実っていますね。目標は「名古屋の定番お菓子」にすることだそうですね。
古田 ありがとうございます。名古屋城=金のしゃちほこ=「鯱もなか」と思ってもらえるくらいになりたい。私はこの事業に身を捧げたので、「鯱もなか」を通じて名古屋地域の発展にも貢献していきたいですね。

