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スマホで番組を見ていてもテレビ由来ならオワコンではない 田淵俊彦 映像プロデューサー

田淵俊彦 映像プロデューサー 桜美林大学芸術文化学群教授

田淵俊彦氏はテレビ東京の型破りなプロデューサー・ディレクターとして世界各地の秘境や先端的な社会問題を番組化した。大学教育の場に転じた今も、映像プロデューサーとして企画力を武器にドキュメンタリーの新たな地平を切り開き続ける。映像界の風雲児が語るテレビの未来――。聞き手・文=山﨑博史 Photo=横溝 敦(雑誌『経済界』2025年11月号より)

田淵俊彦 映像プロデューサーのプロフィール

田淵俊彦 映像プロデューサー 桜美林大学芸術文化学群教授
映像プロデューサー 桜美林大学芸術文化学群教授 田淵俊彦
たぶち・としひこ 1964年、兵庫県生まれ。慶應義塾大学法学部を卒業後、テレビ東京入社。100カ国以上を訪ね、秘境ドキュメンタリーを制作。社会派ドキュメンタリーやドラマ作品も多い。『障害プラスα~自閉症スペクトラムと少年事件の間に~』で2016年度ギャラクシー賞など受賞多数。23年退社、桜美林大学教授に。

就職人気ナンバー1が今は200位台に転落

―― テレビ東京を退社して2年。今テレビ業界をどのように見ています?

田淵 自分がテレビ業界にどっぷり浸かっていた頃は、目の前の番組づくりに追われて、気が付かないことがあったし、そのふりをすることもあった。退社して見えてきたのは、マネタイズ(金儲け)の風潮がますます強まっていること。先日もテレビ東京の後輩と話したら、業界全体がとにかくマネタイズ優先で金、金、金となっているようです。

―― テレビは2019年、インターネットに広告費で抜かれ、「メディアの王様」の座から転落しました。それを機に、マネタイズの傾向が激化した?

田淵 その屈辱の年に先立つ2015年、ネットフリックスやアマプラ(アマゾンプライム・ビデオ)が新聞などで幕末の「黒船来航」のイメージで語られ始めました。テレビ業界にとってインターネットの脅威とは、「配信」という名の黒船でした。民放5社(日本テレビ、テレビ朝日、TBS、テレビ東京、フジテレビ)と電通が中心となって共同戦線を張り、TVerという動画配信プラットフォームを立ち上げました。テレビ界の転落はその「黒船来航」から4年後のことでした。

―― そこに、コロナ・パンデミックが重なりました。「新しい日常」がデジタルのツール・サービスを普及させ、日本人の生活スタイルを劇的に変えました。

田淵 配信は神風を受けたように勢いづきました。テレビ業界は当時、不安げにファイティングポーズを取り続けていた。配信は敵だ、商売のライバルだと思い込んでいた。でも、よく見てみると、敵なんかじゃない。というか、敵対しても、勝てる相手じゃない、完敗してしまう。テレビはそう気付き、逆に、配信の土俵を借りて、そこで金儲けをさせてもらうことにしたんです。

―― かつて就職企業ランキングで第1位だったテレビの人気は、この15年で200位近くにまで落ちているとか。

田淵 そうなんですが、人気が落ちたというよりは、化けの皮がはがれただけ。今はテレビの実力はもともとこんなもんだったんじゃないかと思います。「1位」の方が幻だった。当時はインターネットはないし、テレビ局というのは、よく分からないけど、なんとなく華やかで楽しそう。給料もそこそこ高いらしい。そんな分からないものへの素朴な憧れとして、かさ上げされていただけなんです。

―― 時代はさらに、「若者のテレビ離れ」が進んでいます。

田淵 学生たちに「じゃあ家で、何を見ているの?」と聞くと、「配信を見ています。テレビは見ません」と。おいおい、TVerで流れているのはもともとテレビの番組だぞ。それが、テレビ番組だったことを、知らないのか。彼らは、今見ているのが配信だから、配信の番組だと思っているわけです。

 だからこそ私は、テレビの未来を悲観してはいません。一家団欒のテレビでなく、スマホで配信を見ていても、それがテレビ由来のコンテンツであれば、オワコンじゃない。番組の見方が変わっただけのこと。何を見るかといえば、やっぱりテレビ由来の番組。テレビが毎日24時間365日生み出して、蓄積し続けているコンテンツです。そんなコンテンツの生産機能を持つテレビは、やっぱり強い。

―― テレビはコンテンツ生産機能が圧倒的で、配信はプラットフォームとして支配的です。

田淵 今後も、テレビ局が配信の場で商売させてもらう流れは変わらないでしょうが、一方で、配信プラットフォームがテレビ局のコンテンツを投資・出資の対象にしていく流れになると思います。すでに、ネットフリックスがテレビ局に出資してコンテンツを作ってもらうなど、配信ファーストで流し、その後に地上波で流してもいいよといった作品が増えてきています。

『SHŌGUN 将軍』に見る 日本のテレビの可能性

―― そんな映像コンテンツの可能性に政府が注目し、輸出支援に力を入れているとか。

田淵 日本の映像コンテンツは感情表現が非常に繊細で優れていると、国際的に定評があります。世界最大級の国際コンテンツ見本市である「MIPCOM」(毎年仏国カンヌ開催)でも非常に評判がいい。むかしはアニメを中心にアジアに売れていたものが、今はヨーロッパへとマーケットが広がり始めました。

 昨年、真田広之さんがプロデュース・主演した『SHŌGUN 将軍』が、米国テレビ界の最高峰「エミー賞」で、作品賞など主要部門を総なめした快挙の意味は大きい。むかしは日本人が主演する作品なんか、欧米人たちは目もくれなかった。日本語の映画なんてとんでもない。しかし、『将軍』は日本語で演じ切った。欧米人はその英語の吹き替え版を見たんです。ここまで、時代は変わっている。

―― 世界と映像コンテンツで真っ向勝負する。そんな時代が来たようです。

田淵 だから、その大きな潮流を受けて、テレビ局という企業のあり様もおのずと変わってくる。放送局というよりも、映像コンテンツ商社みたいな企業に変容していくのではないか。IP(インテレクチュアル・プロパティ)と呼ばれる知的財産コンテンツを主力商品として、世界に売っていく企業です。

 ただし、テレビ局の商社化が進むと、良い番組を制作するより、どう効率的に売るかに企業努力が傾く可能性がある。その結果、全ての番組が金儲け優先なんてことになると、作品の数はそろっていても、中身が薄いものばかりということになりかねない。せめて地上波ぐらいは、無料放送という放送文化の使命を担保できる程度に、マネタイズを抑えていくべきです。だから私は、地上波と配信は経営の路線を峻別すべきだと思います。

―― 経営路線の峻別とはどういうことですか。

田淵 テレビは社会的役割として、報道機関の役割を含めた放送文化の維持・発展を担っています。その時代や社会のさまざまな様相を、映像で表現し記録するためのメディアです。だから、地上波はそんなに儲けなくていいから、ちゃんとその時代や社会を正確に映し出す番組作りをすべきだと思います。

 その前提として、地上波と配信との間で商売の場をきちんと切り分けることが重要になります。配信の場で儲ける一方、地上波では放送文化の役割を全うする。そんなふうに業務を明確に切り分ける方がいい。現状は両者がまぜこぜで、なんでもかんでも「マネタイズ」となっている。そこは是正されなければなりません。

―― IPを主軸とする新時代のテレビ局ということですか。

田淵 例えば、テレビ東京は、地上波の全国展開で他局から11年遅れたために苦戦し続けました。しかし、配信では同時にスタートし、地上波の後発組だった分、IPの活用に早くから注力しました。他局に比べ、アニメや経済・ビジネスコンテンツなどに特化し、メリハリのある番組作りを始めたわけです。その方向性のおかげか、株価が高い。一時期、民放キー局の中で株価評価が最も高かった時期もありました。投資家からすると、テレビ東京はIPに力を入れているため、そこに投資価値があると見ているのでは。

存在価値を蝕む 業界の「病癖」

―― 先日、「テレビの申し子」の萩本欽一さんが、ある番組で「テレビってすごい。なくなるわけがない。今は浮気されているだけ。必ず戻って来る」と発言していた。

田淵 萩本さんはテレビへの愛情があるから、「なくなるわけがない」とおっしゃってくれているんでしょう。そこは賛同します。テレビがコンテンツを長年生み続けているのはすごいことなんで、だから今後もなくならない。「今は浮気されているだけ」というのは配信のことでしょうが、テレビの勢いが配信以上になるというのは、残念ながらないと思います。

 ただ、今言ったように、テレビ局の商売のやり方が変わってくる。地上波は今、視聴率は下がるわ、CMもほとんど売れない。だから、ビジネスとしての地上波はもうダメ。その代わりとして、配信でマネタイズ、マネタイズと叫びまくる方向に行っているわけです。

―― そして、その方向性は是正されなければなりません。

田淵 テレビは根底の状況として、オワコンになることはなく、商売としての行く末は案じていないものの、悪い方向に進んでしまっている。今回のフジテレビの事件を見ても、報道機関の公正性・公平性という面で、ますますひどくなっている。そんな業界の「病癖」を治さないと、テレビ局が商売として生き残ったとしても、存在価値が問われます。

 テレビ局は本来的には、電波という国民の財産を預かって商売をしています。繰り返しますが、社会的役割として放送文化の担い手なんです。なのに、その重要な側面である報道機関としての使命が軽視されがちになっている。

―― 「病癖」は、「病癖」ゆえにしつこいのでは?

田淵 テレビ関係者はみなフジテレビ事件の流れの中で、「ホールディングスの中で、実はテレビ局なんかより不動産の収益の方が大きい」と気付いた。不動産などの収益源があることで、報道の公正性や文化的使命に立ち返る余裕が生まれる可能性があるということです。これは、いわば「病癖」を是正する方向での変化です。

 しかし他方、メディア企業間の権力構造として「クロスオーナーシップ(複合所有)」の歪みがある。テレビ局のホールディングスと新聞社の関係は多様ですが、新聞社と放送局がつながることで、いろんな弊害を生みがち。その表れとして、報道機関としての公正性を損ない、テレビ局は金が儲かる企業として、現場は「マネタイズ!」と尻を叩かれているわけです。