経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

子どもたちにはアレキサンダー大王のように生きてほしい―ゲスト 大橋洋治 (ANAホールディングス相談役)(後編)

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(おおはし・ようじ)1940年満州生まれ。64年慶応義塾大学法学部卒業後、全日本空輸(現ANAホールディングス)入社。93年取締役、97年常務、99年副社長、2001年社長、05年会長、15年より現職。日本経済団体連合会副会長、セブン銀行非常勤役員、テレビ東京取締役等、数多くの要職を務めた。12年旭日大綬章受章。

長い経歴の中で、社内にさまざまな変革をもたらしてきた大橋洋治氏。新たな挑戦に価値を置き、「失敗しない人間は信用しない」と言い切るその思想のルーツはどこにあるのか。対談の終盤には、子どものころから好きだったという意外な人物の名前も挙がった。構成=本誌/吉田 浩 写真=森モーリー鷹博

若いエネルギーに懸けようと思った

神田 大橋さんが全日空の宣伝部長を務めておられた頃は、まだ航空業界には規制が多く、宣伝も自由にできなかった時代だったそうですね。そんな時期にロンドン便、モスクワ便、バンコク便の就航に伴って、それまでにないCMを作り、取締役会で総スカンだったという逸話を耳にしました。

大橋 総スカンだったかどうかは、はっきりと覚えていませんが、苦労はしました。特に、当時の宣伝部の部下たちは大変だったのではないでしょうか。そもそも全日空のバッジ、ロゴマークは古くからあったもので、そのバッジに込められた想いがあり、ブランドイメージもついてきていた時代でした。社員もそのバッジに誇りがあった。しかし、それ以上に、「いままでよりもいい会社に」「もっといいものに」という若いエネルギーが勝るときがあります。古いものを崩して、新しいものに変えていこうというエネルギーが若い社員に満ちていたんです。私はそれに懸けたいと思った。ただ、あまりに急激すぎる変化はよくない。そこでうまく調整しなければとは思っていました。

神田 そういうタイミングでのロンドン、モスクワ、バンコクへの就航だったのですね。

大橋 私自身は、古い伝統のロゴマークで世界へ飛ばしたかったけれど、時代は変わってきていました。ニューヨークやウィーンといった路線でも、古いやり方を無視して若い連中が頑張って結果を出していた。それは見ていて面白かったのですが、先輩方の中には怒る人もいました。自分たちが積みかさねてきた歴史がないがしろにされていると思ったのかもしれません。実際はそうではないのですが、そう感じてしまうことは仕方がない。私が会長職の時に、古いロゴは完全に姿を消しましたが、それも仕方がないことです。時代は変わる。若い人たちがそれをうまく、新しい息吹を感じられるものにしていってくれる。

神田 そうした流れの1つとして、先ほどのCMの話になるのでしょうか。

大橋 そんな変化を表現したかったんです。CMのキャッチコピーは「全日空の世界戦略、キャッチせよ」というものでしたが、これが怒られた。「キャッチせよとお客さまに命令するとは何事だ」というわけです。すると若い部下が「キャッチさる」で良いでしょうと言ってくるんです。思わず笑ってしまった。「さる」でも先輩方は怒っておられましたが、「いいじゃないですか、命令形ではないですよ」と押しきりました。

神田 変化を若い層が起こす中で、先輩方との軋轢が生まれることは多いと思いますが、大橋さんはそこで若い人たちのエネルギーを守っていたんですね。

大橋 先ほどのロゴマークの話でも、沖縄の万座に立派なホテルを建てるという時、リゾートホテルに「全日空」のロゴを付けないで「ANA」にしたり、ゴルフのトーナメントでも、「全日空オープン」から「ANAオープン」に変えて、ロゴにも鳥の「クマゲラ」を使ったりしました。これも勝手に変えるなと先輩方から怒られました。

神田 そうした変化の真ん中にいると、苦労も多いでしょうね。

大橋 若い連中がやっているのを手助けしていただけなんです。変化を起こすのは若い人たちだというのは、いつの時代でも同じです。根底にあるのは、失敗してもいいという考え方。私は、「失敗しない人間は信用しない」と言ってきました。もちろん、失敗しないほうがいいのですが、一所懸命やった結果、失敗してしまうこともあります。そういった失敗の経験は無駄にはならない。失敗に耐えられることも大事ですし、失敗を恐れないから、新しく面白いアイデアも出て来るんだと思います。

根底にあるのは「至誠惻怛」の精神

神田 変化と言えば、9.11同時多発テロがあって、航空業界は大きな打撃を受けました。その後、たった4年でANAは大きな変革をなし遂げています。大きな戦略レベルの変革から、B787の導入、給与明細にお客さまの声を記載するといったさまざまなレベルでの取り組みが知られていますが、これだけの変革をどういったプロセスで進められたのでしょうか。神田昌典

大橋 例えば、給与明細にお客さまの声を載せようというアイデアは、私をはじめ経営層からは出てきません。これを言ってきたのは、現場で働く社員です。ほかにも機内のトイレ対策で、CAが自前で芳香剤を用意して良い香りになるように工夫していた。それを聞いて「それは会社で負担するのが当然だ」と変えたこともあります。一人一人の従業員が、「何が必要か」を考えているわけです。

神田 その現場の声を聞くために、社長に就任された後、ダイレクトトークという形で、多くの社員の声をお聞きになったそうですね。

大橋 6千人以上の社員と直接、話をしました。実は、伊藤忠商事の丹羽宇一郎さんから「ダイレクトトークをやるなら、徹底的にやらないと駄目だ」と忠告を受けていました。丹羽さんは毎日ダイレクトトークをやられて、全社員と会っているともおっしゃっていた。正直、面倒だとも思って、知人で日本舞踊家の岩井友見さんに「何度も同じ話をしないといけないし、面倒だ」と愚痴ったところ、「それは間違っている」と怒られました。

日本舞踊でも、同じ踊りを毎日のようにお客さまの前で踊る。でも、毎日全く同じということはない。昨日よりも今日の方が良いときは、お客さまの目を見れば分かる。それに気付くには、毎日同じことをやり続けなければ駄目なんだと。そんなふうに、私はいろんな人に教えられているだけです。

神田 そうだとしても、例えばCAの方々が社長に直接ものを言いやすい環境を作るのは大変ですよね。

大橋 江戸末期の思想家である山田方谷が「至誠惻怛」(しせいそくだつ)」という言葉を言っています。「至誠」とは自分から出て来る真心のことで、「惻怛」は悼み悲しむ心。そういう心をもって接すれば何事も叶えられるという意味だそうです。ダイレクトトークの席にいやいや来る社員もいるでしょう。緊張して話せなくなってしまう人もいる。そういう人の立場に立たないと駄目だと思います。

神田 相手の立場に立って物事を考えるということですね。

大橋 ダイレクトトークを始めた頃は、私が一方的に喋っていました。でもそれでは駄目だなと。私の話すことに賛同する人も、反対の人もいる。そこで双方向で話さないと駄目だなと感じるようになりました。

理念を変えるには「夢」を語らねばならない

大橋洋治神田 わざわざ反対意見を聞き出すことも重要ですね。まさに会社そのものを変えてしまうような変革のなかで、従業員も数万人いて、数年で企業理念まで変えてしまう。これは本当に大変だったと思います。

大橋 企業理念だけではなく、企業の行動指針も変えました。理念だけ変えても駄目で、同時に「夢」を語らないといけない。

神田 夢を語るのは難しいですよね。いくら言葉で言っても伝わりにくい。

大橋 それは経営者が範を垂れるしかない。ただ少し失敗もしました。賃金カットまでしなければならないというところで、まず私の賃金をカットしたところ、ほかの取締役よりも低くなってしまい。人事部から「これはおかしい」と指摘されました。

神田 大橋さんの御経歴を拝見すると、前回の話にもあったとおり、危機に強いという印象です。入社してすぐに羽田沖の事故、社長に就任されて9.11の同時多発テロ。何か運命的なものが感じられます。

大橋 自分の運命を考えると「起承転結」だなと思います。起は、満州で生まれて母に連れかえられ、育てられて会社に入るまで。承は自分で事業を成り立たせられると感じられるまで。宣伝部長時代くらいまでの時期でしょうか。転はその後社長になってから。会長はもう結ですね。いま相談役をやっているのは余ろくのようなものです。

神田 最後に、私は子どもたちのために読書会を開いているのですが、大橋さんが子どもたちに読ませたい本は何でしょうか。

大橋 私はアレキサンダー大王が大好きなんです。それもあって彼のことがよく分かる『プルターク英雄伝』を薦めたい。古代ギリシア、ローマ時代の英雄たち、アレキサンダー大王だけではなく、シーザー、ブルータスなどのことが書かれています。子どもの頃から、そんな本ばかり読んでいたんです。今の子どもたちには、アレキサンダー大王のように、思いきって自分の思うとおりに生きてみなさいと伝えたいですね。

(かんだ・まさのり)経営コンサルタント、作家。1964年生まれ。上智大学外国語学部卒。ニューヨーク大学経済学修士、ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営学修士。大学3年次に外交官試験合格、4年次より外務省経済部に勤務。戦略コンサルティング会社、米国家電メーカー日本代表を経て、98年、経営コンサルタントとして独立、作家デビュー。現在、ALMACREATIONS 代表取締役、日本最大級の読書会「リード・フォー・アクション」の主宰など幅広く活動。

名前のおかげもあり、スケールの大きなことに興味があった—神田昌典×大橋洋治(前編)

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