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「M&Aはゴールではなく事業承継のためのスタート」―分林保弘・日本M&Aセンター会長

30年前まで、日本には中小企業のM&A市場は存在しなかった。それを開拓してきたのが日本M&Aセンターで、いまや事業を第三者に売却するのは日常的な光景となった。新型コロナウイルスのパンデミックにより、多くの中小零細企業が前途に不安を抱える中、経営者は何を考えるべきなのか。分林保弘・日本M&Aセンター会長に聞いた。(聞き手=関 慎夫 Photo=横溝 敦)(『経済界』2020年10月号より加筆・転載)

分林保弘・日本M&Aセンター会長プロフィール

分林保弘

(わけばやし・やすひろ)1943年生まれ。京都市出身。立命館大学を卒業後、日本オリベッティ入社。会計事務所担当マネジャーを経て、91年日本M&Aセンターを設立。2006年には東証マザーズ、翌年には東証一部上場。現在同社会長。

事業承継の選択肢の1つとしてのM&A

―― 新型コロナウイルスの流行により、継続が困難な中小零細企業が増えています。それを救うひとつの方法がM&Aです。日本M&Aセンターは創業以来、中小企業の存続のためにM&A仲介を行ってきた会社です。現状をどのように受け止めていますか。

分林 日本M&Aセンターを設立したのは1991年。来年30周年を迎えます。当時の日本の出生率は1.4人でした。

 ということは、男の子の出生率は0.7人です。企業経営者の立場で考えると、3割の経営者には男の子がいない。しかも、自分の子どもが事業を継ぐ確率は5割ほどですから、0.7×0.5で、息子が会社を継いでくれるのは35%。つまり65%の会社で後継者がいない計算になる。

 そこで、日本M&Aセンターを立ち上げたのです。この予測は、のちに帝国データバンクの調査によって裏付けられました。

 後継者不足は中小企業にとって最大の悩みです。子どもは親の会社を継ぎたくない。親は子どもに親と同じような苦労をしてほしくない。かといって従業員に継がせようと思っても経営力や資金力、個人保証の問題があってむずかしい。

 後継者がいなければ、企業はいずれ廃業せざるを得ません。でもそうなると、社員は解雇されてしまいます。

 それを解決する方法のひとつがM&Aです。これによって従業員の雇用は守られ、経営者も買収資金によって豊かな老後を楽しむことができる。買い手も事業の幅を広げることでさらなる発展を目指すことができる。皆がハッピーになれるのです。

 最近、私たちのところへの相談も増えています。コロナ禍は経営者の方々にとっては、今後を考える契機になったようです。その時は、ぜひともM&Aも選択肢のひとつとして考えていただきたいと思います。

買い手のM&Aへの意欲は落ちていない

―― 多くの経営者が、「事業は子どもと同じ」と言います。それだけに、手塩にかけた事業を第三者に委ねるのに抵抗を感じています。

分林 そういう経営者は、会社と社員にとって何が最善かを考えてほしい。終戦時の日本の人口は約7千万人。それが2010年には1億2800万人にまで増え、市場がどんどん拡大していった。

 ある意味、真面目に仕事をしていたら、市場拡大に伴って会社を成長させることができました。それが人口減少時代に突入し、2100年には5900万人になると予測されています。この環境でビジネスをしていくには、人口増加時代以上の能力が求められます。

 経営者が本音では自分の子どもに会社を継いでほしいと考えているのは分かります。しかし昔なら、子どもがたくさんいたから、その中で優秀な子に継がせばよかったのに、今では選択肢がありません。

 しかもその子が経営者として優秀とはかぎらない。ですから現代のオーナー経営者は、自分の息子に会社を継がせたいと考えない方がいいと思います。M&Aで外部の優秀な経営者に託した方が、会社も社員も幸せになる。

 会社というのは社長次第でどうにでも変わります。日本電産の永守重信会長は、これまで60社以上の企業を買収しています。そのうちの半分は赤字企業でしたが、買収後1、2年ですべて黒字化しています。買われた会社にとっても非常にいい結果が出ている。買い手も売り手もウィンウィンになれるM&Aです。

―― リーマンショックの時は、売り手希望が多かったにもかかわらず、買い手側が資金調達も含めて前に進めず、M&A成約件数が一時的に減りました。今回の経済損失はリーマンショック以上と言われています。

分林 健全な会社の買い手の意欲はそれほど落ちていません。これをきっかけとして国内シェアを高めたい、と考えた会社が同業者を買収するケースも増えています。また独自の技術を持った会社に対するニーズは今も変わらず高いままです。

目指す理想のM&Aとは

―― 売り手側の経営者が買い手を選ぶにあたり注意するのはどのような点ですか。

分林 もちろん金額も大切ですが、それ以上に、その後、会社が成長できるかどうか、社員がそのグループに入って良かったと思えるかどうかです。そのためには、買い手企業の経営者の人格が重要になってきます。

 M&Aはあくまでスタートであってゴールではないことは忘れてはなりません。

―― M&A仲介会社は、縁談の仲人とも言われます。縁談をまとめるにあたり、どこに留意してマッチングしていますか。

分林 私が社員研修でよく話すのは、「自利利他」です。これは仏教の教えで、「自分が幸せになることは人を幸せにすることであり、人を幸せにすることは自分の幸せになる」ということです。相手の幸せなくして自分の幸せはありえません。

 そして2つのドラッカーの教えです。ひとつは「使命感をもって仕事をする」。もうひとつは「自分がやっていることが社会的に正しいか」。いずれもエゴのために仕事をしてはいけないということです。

 さらに創業時から心掛けている「リピートのかからない仕事はしない」。相手のことを考えて仕事をすれば必ずリピートがかかる。リピートがかからなかったら、仕事の仕方に問題があったということです。

 具体的には、①収益性②安定性③成長性④社会性――の4つの視点から会社の経営を評価し、買い手と売り手をどう組み合わせれば、それぞれが最大化するかを、社員に対しては常に意識させています。この組み合わせを考えることで売り手と買い手にシナジーが生まれ、1+1が2にも3にもなる。これこそが私たちが目指すM&Aです。