マネジメント

 経済ニュースがあれば必ず名前が挙がり、政財界に強い影響力を持ち続け、「怪物」の名を欲しいままにした小佐野賢治氏。インタビューは、絶頂期の小佐野氏を直撃したものだ。

(1974年9月号)

小佐野賢治氏プロフィール

小佐野賢治

小佐野賢治(おさの・けんじ)〈1917〜86〉国際興業社主(※肩書は当時)山梨県出身。海軍への自動車部品納入で財をなし、戦後、強羅ホテル、山梨交通などを買収。1947年国際興業を設立した。後に総理となる田中角栄と密接な関係を築いた。ロッキード事件では81年に実刑判決、控訴中の86年に死去した。

 

小佐野賢治氏の絶頂期

 

群を抜いた実力者ぶり

 「今の日本で小佐野に真っ向から対抗できる人間は誰もいないんじゃないか。いささかでも小言をいえるのは石坂泰三ぐらいだろう」と、小佐野の動静をよく知るある経済記者は言う。やや過大評価の気味はあるにしても、航空問題、国民相互銀行買収……と、小佐野の〝実力者ぶり〟は群を抜いている。しかも、それらはわずか氷山の一角にすぎないであろう。

 ある日の早朝7時15分、記者は東京八重洲にある国際興業の本社に小佐野を訪ねた。

 古びた建物の外見とはうって変わった、よく手入れもされ金も掛かっていそうな応接室に通され、待つほどもなくワイシャツ姿にノーネクタイ、入道のような小佐野が「やあ、しばらくでしたな」と入ってきた。

 主を迎えた応接室の空気がその瞬間ピリリッと引き締まる。早速、質問の第一矢を放つ。

 「今の正直な心境は……?」

 「何もないよ」と、にべもない返事が返ってくる。

 「本当ですかねえ」

 「うん、別に。仕事もしなくていいし、もう金持ちだからね。このまま平和に過ごせればいいんで、ほんとに淡々としているんだ」

 60歳に手が届くばかりの年齢になったとはいえ、いささかも衰えをみせぬ精悍な、風雪を刻み込んだ顔が、その〝枯れた返答〟を裏切っている。

 小佐野は現在、世田谷の上野毛に家を新築中だという。

 今の家は終戦直後、同郷の先輩・小林中(日本航空会長)から譲られたもの。今の中町の家はこの稀代の億万長者には似つかわしくない簡素な屋敷である。

 事業一途に専念し、家など寝る器ぐらいにしか頓着しなかったこの男が、家を新築するとはどういう風の吹きまわしだろうか。

 事実、小佐野自身が語るがごとく「もうこのまま、静かに栄光ある人生を……」送りたいというのであろうか。小佐野自身もそんな想いに駆られる時があったとしても、周囲が、彼の過去が、そして何より現在の彼の占める比重がそれを許すわけもない。

晩年は事なかれ主義の人生を

 それにしても、燃えるような闘志と、倦くなき事業欲と、類のない根性と、他人の真似のできない努力で「裸一貫からここまで来た」怪物の予想外の言葉である。もっとも、それを俄かに本気と受け取ってしまうのも芸がない。

 「では理想とする晩年は、どんな人生ですか」と追い打ちをかける。

 「何にも僕は考えずにね。今までやってきたとおりやって、もう事なかれ主義で人生を送ればいいと思ってるんだ。働いて、働いて、ここまで来たんだから、もういいよ」

 絶頂を極めた男にとって〝最高の現在〟を少しでも長く維持したいとする守勢があるとすれば、小佐野もやはり一個の人間の弱さを持つといえる。

 多くを得れば多くを失うのもまた人生の断面である。小佐野のように強烈無比なバイタリティーの持ち主にとって、下り坂を降りることを拒否する精神はとりわけ強いに違いない。

 

小佐野賢治氏と田中角栄首相との交流

 

逆境の時に強くなる管鮑の交わり

 もっとも、小佐野が願う現状維持のためには、盟友・田中政権存続が欠かせない条件の1つとなることは、衆目の一致するところ。福田・三木離反による党内状勢、終焉しないインフレ、革新勢力が増大する国内情勢、加えて激動する国際情勢と、田中政権の行方は険しい。

小佐野賢治 「今度の参院選挙で辞められないんじゃないかな、逆に。あれで辞めるようじゃだめだよ。こういう時こそ立ち上がってほしい。もういっぺんやろうと言う根性がなきゃいかん。角さんにはそういう根性があるからね、やるだろうね。やりますよ」

 自分のこととは打って変わって、〝親友〟のために熱弁をふるう小佐野である。

 「人間っていうのは、会社でも何でもそうなんだけど、繁栄している時に去っていくのは、その人生に悔いがないよ。しかし、落ちぶれた時に去っていくのは人間としてやっぱり一抹の寂しさがあるわけですよ。だから、会社でも経営していい時に後進に道を譲ってということは、人間としていいけどさ、会社が良くない時に去っていくということは寂しいでしょうね。政治家なら、こういうふうに与党と野党の差が少ない時に、これを盛り返して、キチッとした環境を整えて次期総裁に譲るってことならいいだろうけどね」

 逆境の時こそ強くなるのが、この現代版「管鮑の交わり」の真骨頂なのである。

日本一の政治家と事業家を夢見た二人

 大正6年生まれの小佐野に対し、田中首相は大正7年生まれの1歳違い。2人の出会いは昭和22年。両者の顧問弁護士を兼ねていた正木亮弁護士(故人)の紹介による。

 「その時、この無名の青年代議士は将来、相当いけると思われましたか」と聞くと、小佐野は、「そりゃ、やっぱり……思ったね。いやあ、面白いよ。ざっくばらんでね。実行力があるからね、あの人は」と答える。

 爾来、お互いによく似た境遇、アケスケにズバズバいう性格、度胸満点な行動力、コンピュータのような計算力がより2人のキズナを強め、「日本一の政治家、日本一の事業家」を夢見て、あらゆるものを排除しながら突進してきた。

 政治家と事業家の仲といっても、この2人ほどの稀有な例はまことに類がない。奇しき縁と言わねばなるまい。

 もっとも世間はそこに〝悪因縁〟をみる。出ては消え、出ては消えた〝黒い霧〟の噂である。

 しかし、一部ジャーナリズムに称される「不死身のTOライン」は決定的なダメージを受けることなく乗り切ってきた。風雪を耐えて30年、今や2人の仲は〝利害を超越した間柄〟といっていいようだ。

 しかし、大胆に推測を下すなら、それは同時に2人の相互依存関係の弱まりをも示すのではなかろうか。「コンピュータ付ブルドーザー」がこけても「ソロバンに洋服を着せたような人」(某氏の小佐野評)は倒れないとする見方が多い。

 

小佐野賢治氏の飽くなき事業欲と厳しい自己管理能力

 

排斥をバネに培った自負心

 「叩かれ、叩かれ、あることないことをね。それでも何も言いません。何もしません。普通の人ならもう神経衰弱にもなるし、怒りもするんだろうけど、ただ黙々といろんな人生に向かってやってきたのみだからね」と、小佐野は来し方を述懐する。

 確かに「政商」といわれ、財界主流派からはその〝実力〟を恐れられ、毛嫌いされてきた。毛並みのいい学歴のある彼らにとって、どこの馬の骨とも分からない小学校しか出ず何をやってきたか不明な男が、ジリジリと実力を涵養してくるのは愉快なことではない。しかし小佐野は排斥されればされるほど、その抵抗をテコとして負けじ魂を燃やしてきたフシがある。

 「自分自身がしっかりやっていれば、何でもないよ。そんなもの。『男は敷居を跨げば7人の敵あり』というんだから、敵があることもひとつの励ましでありますよ。こんな世の中で、『競争は文化の花』って言葉もあるように、叩いてくれる人があっていいんじゃないかね」

 〝艱難が汝を玉にする〟のである。小佐野は悪条件をバネとして自らを玉として磨き上げた。

 今や、彼の実力はある工事に激しい受注合戦を繰り広げたT、S、F3社の調停に入り、「小佐野に睨まれたくない」と円く収めたと言われるほど。

 しかも、「誰にも頭を下げず向こうから頭を下げざるを得なくなるように仕向け、頼まれて動く形をとる」と評される近年の行動様式は、株式を取得し、誰にも無視できない発言力を確保し、要請を受けてのり出した日本航空、全日空、帝国ホテル等々の人事に如実に現れている。

 そんな生き方に、小佐野は強い自負心を持っている。そして営々と築き上げた巨額の財力と三舎も避ける実力がその生き方を支えている。

 「怪物視されるのは、今の経済界のトップの人たちはサラリーマン経営者が多くて、実力がなさすぎるからじゃないですか」とする、ある人の見かたにも一理あるというべきだ。

 「何よりも他人に掣肘されることを嫌う」小佐野のこと、妥協を要求され行動の自由を束縛される財界活動なんか今や目じゃないだろう。

「非人間的」レベルの努力

 もっとも、これだけの実力を付けるのに小佐野が払った努力も並大抵のものではない。

 昭和16年に田村町の一角で自動車部品商として独立して以来、日本にいる限り7時出社を1日として欠かしたことがないというのだから驚異的だ。

 考えてもみよ、35年間である。1年間続けるのでさえ、並みのことではない。尋常な人間なら二日酔いすることもあるであろうに。超人的というより〝非人間的〟といったほうがより的確だ。まさに怪物である。

 「これは自分の信念だからね。二日酔いして朝起きるのが嫌なら二日酔いなどしちゃいけない。したとしても、朝は勤めるべきことはチャンと勤め、やるべきことはチャンとやる、ということでないと具合が悪い。二日酔いしたから今日は会社に行くのが嫌だとか、遅刻して行こうとか、そういう人間の根性がダメだよ」と小佐野はいう。

 「しかし、寝坊したいと誘惑にかられたことだってあったでしょう」と、聞くと、

 「そりゃ、あったね。付き合いで遅くまで飲まなきゃならんこともあるしね。それも、うまい酒ばかりならいいけど、これだけ仕事をしていると、イロイロあるからね。たまにはまずい酒だってあるわネ。まずい酒ほど時間が遅くまでかかるもんだよ。そんな時は人間だから翌朝は眠いよ。だけど、やっぱり起きてこなきゃダメですよ。信念の問題だよ」と小佐野はあっさり答える。

 しかも、夕食は家で食べぬ主義だというのだから、早朝から晩まで働くのであろう。そして夜は銀座で飲むことがあっても、早めに切りあげ、毎晩9時半には就寝する。だから平均8時間の睡眠時間は確保しているのである。

 それにしても、『信念の魔術』という著書もあったが、単なる「モーレツ主義」とか「自己管理」とかを超越した執念のような徹底性が感じられる。人一倍強い完全欲、憑かれたような事業欲、あるいはそれ以上の〝何か〟が小佐野をつき動かしているのであろう。

 

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