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出光興産の「人間尊重」の本質に迫る—神田昌典×天坊昭彦(前編)

神田昌典氏

少子高齢化、人口減少が本格化し、先の見えない不安感が漂うわが国日本。混沌とした時代を生きる指標はどこにあるのか。本企画では神田昌典氏を橋渡し役に、激動の時代をくぐり抜けてきた企業経営者たちの「知」を、次世代を担うビジネスパーソンに伝えていく。初回ゲストは出光興産の社長、会長を歴任し、現在は同社相談役、武蔵野美術大学理事長を務める天坊昭彦氏。 構成=吉田 浩 写真=森モーリー鷹博

お金ではない尺度

神田 天坊さんというと、あの出光興産を上場させた方だという印象が強い。1980年代末からヨーロッパで働かれて、金融ビッグバン、ベルリンの壁崩壊も目の当たりにされた。そんな歴史の大転換期に、未来を創るためにリーダーシップを発揮されてきました。そういう経験を踏まえ、今という時代をどう見ていらっしゃいますか。20160719KANDA_P02

天坊 今、GDPを2.5%成長させるという目標が掲げられていますが、これは難しいでしょうね。誰しも分かっていると思いますが、それでもその目標を取り下げないのは問題だと思います。GDPは大事な指標ですが、何でもお金に換算する価値観は、これからの時代では難しい。企業の持続的成長についても、栄枯盛衰といいますか、ずっと成長し続けるということはないと思います。どこかで成長が停滞、あるいは縮小が始まって、ある種の満足をしないといけない。人口が減少していく時代に、市場が成長し続けた頃と同じ指標で図っても駄目です。

神田 今のお話から連想するのは、出光を上場された時の話です。天坊さんが91年にヨーロッパから帰ってきた頃、日本はまだバブル経済に踊っていました。その頃、既に「右肩上がりの成長はあり得ない」とおっしゃって、それまで株式公開に否定的だった出光の舵を大きく切った。ただ、上場するということは、株式市場という、まさにお金を指標とした評価の場に企業が晒されることです。そんな環境へと舵を切った天坊さんが、「お金という価値基準」を否定されるのは、興味深いです。

天坊 出光の目的は金儲けではありません。事業を通じて社会に貢献する、役に立つことが重要です。そういうことを考え、実行できる人を育てていく、世の中で信頼されるような人に成長できる場と機会をつくっていくことが役割でもある。成長の機会を保つためには、会社を継続させなければなりません。そのための一定の利益は必要です。でも、儲かるからやろうではなく、世の中のためになるかを常に問うています。

神田 出光の社是として「人間尊重」がありますが、そのためにエネルギー事業を利用されているといっても良いのでしょうか。

天坊 はっきり言い切るときれい事になりそうですが、海外に進出する場合、本質的にはその国に貢献できるかが重要です。一例ですが、アメリカで工場を作って事業を展開した際、特に出光の理念は現地社員に教えていなかった。しかし、アメリカで工場を動かし始めた頃に入社した女性社員が、25年たって現地法人の副社長になり、日本に来て「自分にも出光の理念を教えてほしい」と言ってきました。人を大事にするやり方に自分も励まされた。これからもそれに共感してやっていきたい。だからあらためて教えてほしいと。出光の理念が、特に言葉にしていなくても自然に伝わっていたのでしょう。

神田 それは面白い。多くの企業は、努力して理念浸透を行います。しかし、出光の場合はあえて教えなくても、働いていた方が「教えてくれ」と言ってくるのはすごいですよ。

上場は理念を守るため

天坊 上場する時に悩ましかったのは、「規則、決まりはないほうがいい」という出光佐三店主の言葉でした。会社として最低限の規則はありましたが、互いに信頼し合って仕事をしているのに監査はないだろうと。でも上場にあたっては、内部監査制度が必要になり、それを実施するために、すべての職場で作業マニュアルを作って、正確に仕事が行われているかを見なければならない。各部署からはマニュアルへの反発の声も上がりましたが、上場に必要だから作ってくれと頼みました。

神田 互いに信頼して仕事をしているのに、マニュアルを作ると企業文化が変わってしまいませんか。

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(てんぼう・あきひこ)1939年生まれ、東京都出身。64年東京大学経済学部卒業後、出光興産入社。出光ヨーロッパ社長、取締役経理部長、常務取締役、専務取締役などを経て、2002年代表取締役社長に就任。06年株式上場を果たす。09年会長。12年より相談役。同年、武蔵野美術大学理事長に就任。

天坊 マニュアルを作ったからといって、それに従って部下や後輩に仕事を教えては駄目だとも言いました。「マニュアルに書いてあるとおりにすればいいんだ」と教えるのではなく、背景にある、なぜその決まりがあるかを教えなければいけない。そうでなければ、トラブルが起きたときに、なぜトラブルになったのかを理解できなくなります。マニュアルは必要ですが、それに縛られずに、常に疑うことが必要です。本当にこの仕事は必要なのか、このままでいいのかと考えながら仕事をすることが大事なんですね。

神田 今回、お話させていただくにあたって、出光佐三氏の著書や発言を読ませていただいたのですが、これだけ科学技術が発達して社会が変わったように見えるのに、内容が全く古くないことに驚きました。社是である「人間尊重」も、今の時代にこそ当てはまると感じました。

天坊 人間尊重というのは真理だと思います。真理は変わらない。

神田 そこであえて先ほどの上場の話ですが、出光佐三氏は「上場はならず」と一貫されていました。それを天坊さんが舵を切って変えられた。その背景には何があったのでしょうか。

天坊 あそこで上場をしなければ、出光はなくなっていたかもしれません。そうなると「あんなに意地を張って、それみたことか」などと言われることでしょう。そうではないんだと言いたかった。佐三店主が嫌がったのは、国や社会の役に立つ事業をするという経営上の主義が、投機家や株主の意向に左右され、目先の利益のみを追い求め、結果的には金のために働き、金に人が使われることになってしまう、これは堕落だということです。だから上場したくないと考えていたんです。しかし世の中が変わって、会社が大きくなった今、出光が潰れると多くの人に迷惑をかける。それは佐三店主の信念とは違う。資金調達の方法を変えても一番大事なことは守らなければならないんです。

神田 時代の変革から大切なものを守るために、企業を変革されたのですね。

天坊 出光の理念を信じて銀行はお金を貸してくれていました。それは事業が順調で、担保もあったからです。インフレの時代、成長する時代は借金で経営するほうが、資本で経営するよりも効率的でした。でも、出光は資本金が10億円で借入金は2兆円を超え、余りにも自己資本が少な過ぎました。時代が変わり担保価値が下がるようになると、借金による資金調達だけではうまくいかない。金融市場も自由化され、資本市場も整備された今では、財務体質を強化しておくことが必須です。環境変化に先んじて出光が変わろうとしたことで、金融機関も応援してくれたのだと思います。

神田 株式公開を実行しつつも、人間尊重という理念を守ったんですね。

入社する気は全くなかった

神田 出光にとって大きな仕事をされた天坊さんですが、どういう経緯で入社されたのですか。

天坊 不思議な縁がありまして、東大在学中は就職したくなかったんです。そこで別の学部に入り直そうかと考えた。すると父に、「浪人までしているのに許さない。早くちゃんと働け」と言われました。そこで「就職できなかったら諦めてくれるかも」と、当時難関だった日本興業銀行を受けたんですね。すると週に何回も面接があって、違う人が同じ質問をしてくるので、「いいかげんにしてください」と文句を言ったわけです。そうしたら、人事部長が最終面接をするというので、約束をして興銀に行ったら、人事部長が急用でキャンセルだと言われ、また別の日に時間を作るというので、今日はいいですと帰りました。その日の夕方にパレスホテルで友人と会う約束をしていたので時間をつぶそうと考えていたら、隣のパレスビルに出光が入っていることを思い出しました。以前、大学のレポート作成で訪問したことがあって、時間もあったので訪問してみたら、「翌日、入社試験があるから受けてくれ。受けるというまで帰さない」と言わんばかりの担当者の熱意に根負けして翌日の試験を受けました。すると、その次の日に役員面接があり、その日のうちに電報で内定が伝えられました。

神田 それで入社を決めたんですか。

天坊 父に相談したら「先に決まったところに入社しろ」と。ただ、ちゃんとあの出光佐三氏に会ってから決めたいと思って、会社にお願いしたら、「いま軽井沢に行っているので、行けば会えますよ」と簡単に教えられて。結局その時は拍子抜けしたような気持ちで会いに行かず、「そういう雰囲気なら良いか」と納得してしまいました。

神田 当時既に伝説の創業者だった出光佐三氏に会えそうだという社風に、何か感じるところがあったんですね。

天坊 自分でもよく分からないのですが「そういうものか」と腑に落ちてしまったんです。(後編に続く)

(かんだ・まさのり)経営コンサルタント、作家。1964年生まれ。上智大学外国語学部卒。ニューヨーク大学経済学修士、ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営学修士。大学3年次に外交官試験合格、4年次より外務省経済部に勤務。戦略コンサルティング会社、米国家電メーカー日本代表を経て、98年、経営コンサルタントとして独立、作家デビュー。現在、ALMACREATIONS代表取締役、日本最大級の読書会「リード・フォー・アクション」の主宰など幅広く活動。

出光興産の「人間尊重」の本質に迫る(後編)

 
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