マネジメント

スマートフォンによるクレジットカード決済で、キャッシュレス社会の実現を目指すベンチャー企業のコイニー。創業者の佐俣奈緒子氏は米ペイパルに勤務したのち、2012年に起業した。起業家特有のギラギラ感は全く感じられないが、芯は強い。そんな佐俣氏らしいリーダーシップが随所に発揮されている。

 

佐俣奈緒子・コイニー社長プロフィール

(さまた・なおこ)1983年生まれ。広島県出身。2009年より、米ペイパルの日本法人立ち上げに参画。加盟店向けのマーケティングを担当し、日本のオンラインサービス/ECショップへPayPalの導入を促進。11年10月にペイパルジャパンを退職後、12年3月にコイニーを創業。

 

佐俣社長が任せる経営に転換した理由とは

 

出産を機に働き方を見直す

 起業を決心した際、技術やシステムに関する専門知識がなかった佐俣氏は、SNSで仲間を募った。そこからの紹介をたどって集まった有志が4人。もともとの知り合い同士は誰1人いない、寄せ集め集団での船出だった。当時の仲間たちは、佐俣氏が考えていることが単純に「面白そう」という理由で参加したという、いかにも今ふうな起業エピソードを持つ。

 そして現在、従業員数は35人に増え、事業も成長軌道に乗ってきた。スマホ決済に対する認知度が高まり、特にここ半年ほどで成長ペースが高まってきたという。想定より市場の立ち上がりが2年ほど遅れているものの、おおむね当初の読みどおりに進捗している状況だ。事業の土台が固まり、来年以降はいよいよ本格的な勝負に入る。

 ベンチャー企業にとって、通常、立ち上げから成長フェーズに乗るまでは最も多忙な期間だ。実際、創業当初は佐俣氏も深夜までオフィスに残って働く日々が続いた。

 しかし、2年前に出産を経験し、時間にものを言わせる働き方が物理的に不可能になった。今は子どもを保育園に預けた後、午前9時半ごろに出社、週の半分は20時には帰宅し、夜はオフィスにいないことも多い。社員も多くが家庭を持っているため、一部を除き、遅くまで会社に残る者はほとんどいない。佐俣氏は言う。

 「出産を経て、働く時間を増やして利益を上げるのではなく、生産性を高めることによってきっちり経営するやり方を考えざるを得ませんでした。でも、その分社員の家族を犠牲にするようでは駄目。長時間労働で成り立つ組織では、全員がハッピーにはなれません」

現場に任せることを徹底

 設立5年目に入ったコイニーにとっては今が正念場だが、こうした働き方ができる理由は何か。佐俣氏に尋ねると、とにかく現場に任せることを徹底しているとのことだ。

 「この1年ぐらいはなるべく現場に出ないようにしています。昔のように働ける時間が短い中で、自分がボールを持っても落としてしまいますから。基本的に自分が持った案件は失敗すると思っています(笑)」

 現場への権限移譲で失敗しがちなのが、単なる「丸投げ」に終わるパターン。経営者が投げたボールが下にそのまま投げられ、結局、末端の社員が超多忙を極める。かくしてブラック企業が誕生するというケースは枚挙にいとまがない。

 コイニーで権限移譲がうまく回っているのは、ミドルマネジャー層の質の高さゆえだ。トップが投げたボールをうまく吸収し、かなり精査してから下に落とすため、現場が疲弊することはないという。

 「ウチにはグイグイ引っ張るタイプの社員はあまりいないですね。指示を出さなくても、なるべく自分で考えて行動してもらう組織にしたい。部下を詰めて管理するのではなく、困っている人をサポートするのがマネジャーの仕事だと思っています」

 

佐俣社長流の経営観とリーダーシップとは

 

社員とのコミュニケーションの時間は増やす

 理想的なマネジメントに見えるが、誰もがそうしたやり方に適応できるとは限らない。そのため、人材採用では経歴よりも相性を重視する。ポイントは、地頭の良さ、思考プロセス、カルチャーフィットの3つ。これらが揃わなければ採らない。「例えば2人の候補者がいて、どちらにしようかと迷ったような場合はたいてい失敗します。最初からピタっとはまった場合は、ほとんど成功します」

 佐俣氏は、基本的に社員がやりたいと言ってきたことはやらせる方針だ。その分、何をやっているか他の部署にも分かるようにするため、意識しているのがマネジャー同士のコミュニケーション。以前は縦割りの組織だったが、全体の方向性を共有することで、社員のモチベーションを高めている。コミュニケーション不足を解消するために、社員と飲みにいく回数もあえて増やしたという。

100メートル走からマラソンへ切り替え

 ベンチャーの多くが社内の体制構築を後回しにする中、立ち上げから数年でこれらの方針を取るのはある意味異色だ。佐俣氏はこう語る。

 「決済の事業は結果が出るまで10年はかかると思っています。初期は100メートル走のように走っても、そういう生活は2~3年しか持たないので、マラソンに切り替えました。モチベーションと健康を崩さないことが何より重要。燃え尽きるのが一番怖いんです」

 最後に、理想のリーダーシップについて尋ねると、「リーダーシップを取っているという意識はありません。いつでも自分よりふさわしい人がいたら引きたいと思っています」との答え。ただ、部下の意見はこうだ。 

 「佐俣社長の思いに賛同して集まっている組織なので、基本業務は社長がいなくても大丈夫でしょう。でも、思いを発信してもらわないと事業の方向転換や新規事業創出は叶わないでしょうね」(取締役の井尾慎之介氏)。

 「思いの共有」をベースにしたリーダーシップの強さが垣間見えた。

ゴールは「世の中から現金をなくす」

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

融資における金利固定化(金利スワップ)の方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メインバンクとの付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件とダスキン事件に学ぶ 不祥事対応の原則

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

ブラック企業と労災認定

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

税務の心得 ~所得税の節税ポイント~

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

子育てで重要な「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手く育成することで企業を強くする

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

上場して分かったTOKYO PRO Marketのメリット―前田浩・ニッソウ社長に聞く

多くの経営者が目標とする株式上場。しかし、上場に掛かるコストや時間、その他諸々の条件を考慮して、「上場は到底無理」と諦めてしまうケースも少なくない。そんな経営者にとって有力な選択肢となるのが東京証券取引所の運営する第五の市場TOKYO PRO Marketへの上場だ。2018年に同市場に上場を果たした、株式会…

前田浩氏

未来のモビリティ社会実現に向け日本と欧州の懸け橋に―シェフラージャパン

日本一歴史の長い女性用化粧品会社が挑む「革新と独創」―伊勢半

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

IT化で変革する産業廃棄物処理の世界―福田隆(トライシクルCEO)

一般には馴染みが薄い産業廃棄物処理の世界。古い慣習が残る業界を、ITによって変えようとしているのがトライシクルの福田隆社長だ。業界の老舗企業がテクノロジー導入に舵を切った背景と今後の展望を聞いた。(吉田浩)福田隆・トライシクルCEOプロフィール 産廃処理で「B to B版メルカリ」を目指す&nbs…

再エネ時代到来に向け、大石英司・みんな電力社長が目指す「顔の見える」世界

佐藤輝英・BEENEXTファウンダーに聞く「起業家から投資家に転身した理由」

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸 …

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年8月号
[特集] SDGsは江戸にある
  • ・「仁義道徳」 経済人に必要な「利益」と「倫理」
  • ・「利他」 「気候変動に具体的な対策を お金の流れが意識を変える」
  • ・「善の巡環」 高邁な理想を支える創意工夫と挑戦
  • ・「才覚、算用、始末、商人倫理」 SDGsの精神宿る江戸商人
  • ・「国利民福」 国が栄えれば人々も幸福になる
  • ・「先も立ち、我も立つ」 石田梅岩と商人道徳
  • ・「気丈」 学問は「治安」「エンタメ」「立身出世」──江戸庶民の教育事情
  • ・「心田開発」 二宮尊徳の報徳思想
[Special Interview]

 里見 治(セガサミーホールディングス会長グループCEO)

 日本初のIR事業への参入はエンターテインメント事業の集大成

[NEWS REPORT]

◆メガバンクからの陥落目前 みずほ銀行の昨日・今日・明日

◆巨大ドラッグストアチェーン誕生か 業界再編はココカラ始まる

◆カリスマ・鈴木修会長に陰り? ピンチを迎えたスズキの前途

◆G20農相会合で見えてきたスマート農業の未来像

[特集2]

 AI時代に稼げる資格

 今必要な資格、将来必要な資格はこれだ!

ページ上部へ戻る