マネジメント

 戦後70年の節目として、2015年にNHKが「戦後を象徴する人物」に関してアンケート調査を行ったところ、全体の25%を占め断トツの1位だったのが田中角栄元首相だった。第2位の吉田茂が13%、第3位の昭和天皇が8%、第4位のダグラス・マッカーサーと佐藤栄作が3%だったので、いかに田中氏が強烈な印象を残したかが分かる。田中氏の首相在任期間がわずか2年半だったことを考えると、この評価の高さは尋常ではない。

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(こなが・けいいち)1930年生まれ、岡山県出身。53年岡山大学法文学部法学科卒業後、通商産業省(当時)入省。通産大臣秘書官、総理大臣秘書官として田中角栄氏に仕える。84年通商産業事務次官、91年アラビア石油社長、2003年同持ち株会社のAOCホールディングス社長。03~04年アラビア石油会長。04~08年AOCホールディングス相談役。07年弁護士登録し、現在島田法律事務所に所属。

 独特のダミ声や演説のうまさから豪放磊落なイメージを持たれることもある田中氏だが、素顔は非常に繊細。ワンマンではなく、常に周りの意見を吸い上げながら仕事をしていた。金権政治の象徴とされ、一時は評価が地に落ちた同氏が今再び注目されているのは、現代社会が理想とするリーダー像にマッチする部分が多いからだろう。

 そんな田中氏に通産大臣秘書官として1年、総理大臣秘書官として2年半仕え、あの『日本列島改造論』(日刊工業新聞社)の編集にも大きな役割を果たしたのが小長啓一氏。同氏に、田中角栄のリーダーシップについて話を聞いた。 聞き手=吉田浩

「やらなきゃいかん」と周囲に思わせる

―― 田中氏と出会った時の印象は。

小長 通産省時代に大臣秘書官としてお会いしたのが最初で、その時の印象は、会った瞬間に後光が差すような感じでした。これはただ者ではないなと。前任の通産大臣は宮澤喜一さんでしたが、宮澤さんの秘書官からの引き継ぎではあまり参考にならないと直観的に思いました。それで、田中さんが前に大蔵大臣を務めた時の秘書官を訪ねて、どういう対応すれば良いのかと聞いたら「とにかく忙しい人だからついていくだけで大変だよと」とアドバイスを受けました。

―― 実際、仕えてみていかがでしたか。

小長 イメージ以上にスピーディーな人でしたね。目白の田中邸に朝7時半に行くと陳情客が20組くらい来ているのですが、就任して2、3日目のある朝行ったら「君、今朝の日刊工業新聞にこんなことが載っていたが、どういうことかね」と聞かれました。当時私は日経新聞と朝日新聞しか読んでいなかったので、日刊工業の1面トップなんて知らない。答えられないと大変ですから、翌日から7紙を家で取るようになりました。渋谷の公務員住宅から車で目白に行くまでの30分の間に新聞を拾い読みして、答えられないようなテーマがあれば車内電話で担当局の局長や課長などに電話して予習していました。

 朝6時に起きて7時半には陳情客に対応するというのを田中さんは徹底していました。陳情への対応は一組につき3分。スピーディーの極致ですね。自分の選挙区がらみの陳情については、人の顔を見れば何を言いに来ているのかサッと分かるから、説明も受ける前から「あの件については……」と答えが出てしまう。それぐらい地元の事情については分かっていました。

―― 命じられたことができなかった時は、厳しく叱られたのですか。

小長 いえ、サッと終わりです。対応できていないこっちが悪いのだから、対応策を考えなければいけないと思わせる人でした。秘書官に就任して1週間ぐらいたった時、「君は生まれはどこだ?」と聞かれて「岡山です」と答えたら、「岡山なら雪は川端康成のロマンの世界だな。しかし俺にとっては生活との闘いなんだ」とサラっとおっしゃった。私は秘書官になる前は立地指導課長を務めていて、工業を日本全体にどう配置するかを考え、地方事情についても勉強したので知識についてはそれなりに自信を持っていました。でも田中さんにそう言われて「国土開発についての年季が違う」と、思い知らされました。田中さんのやってきた国土政策を徹底的に勉強しなきゃいかんなと。それで、都市政策大綱をあらためて読み直したり、それまでに田中さんが成立させた議員立法を読み直したりして、それがのちに『日本列島改造論』の作業につながるわけです。考えてみると田中さんは人の使い方がうまい。雪にかこつけて、「君は俺に比べると勉強が足りないよ」と、暗に伝えていたんです。言われたほうは、やらなきゃいかんと思ってしまう。20160719KONAGA_P02

上からではなく同志として付き合う

―― 田中氏に関する資料などを読むと、小長さんに限らず周りが自発的に動くケースが非常に多い印象です。権威で人を動かすタイプではなかったようですね。

小長 徹底的に怒られた人はいないのではないでしょうか。偉くなっても稲穂が垂れるがごとく、常に下から目線で対応したのもすごいことです。周りの人が動いたのは角栄さんだからというのはあるでしょうね。

―― なぜ、そこまで人望が厚かったのでしょうか。

小長 1年生議員から政調会長になるまでの10年間の下積みの時代に、議員立法を25本以上成立させて、それもすべてご自分が主答弁者でした。法案作成から答弁まですべて議員自身がやらなくてはならないので、役人と同じレベルの知識が必要です。その過程で、役人が法案を作るときどこで苦労しているのか、どこがツボであるのかを全部把握していました。そこが、ほかの政治家とは全然違います。法案を作る過程で、各省の若い連中と仲良くなっていき、総理大臣になるころには彼らが各省の局長になっていました。だから役人と電話1本、ツーカーで話せたんです。総理が指示するという感じではなく、昔の同志として話ができたんですね。

―― 将来総理になることを目標に、人付き合いをしていたわけではないんですよね。

小長 そうですね。72年に列島改造論を出す時も、田中さんの1日数時間、4日にわたるレクチャーをベースに当初は1年がかりでとりまとめる予定でしたが、その後の総裁選を意識した感じではなかった。ところが二階堂進さんが私のところにやってこられて、総裁選がある7月に間に合うよう日程を繰り上げてくれないかと言われたんです。結果的にはそれが総理就任のマニュフェストになったわけです。

現代人が懐かしむ現場感覚と1億総中流の思想

―― 田中氏はどんなことでも理由を3つに限定して説明するよう、周りに指示していたと言われます。それに倣って、田中氏が優れたリーダーであった理由を3つに限定するとすれば。

小長 ひとつは国土維新の志です。明治100年に当たる昭和47年は国土維新によって、東京への「ヒト、モノ、カネ」の流れを地方に逆流させる、そのために、全国を1日行動圏にしないといけないと強調していました。列島改造の原点ですね。

 2つ目は「籠に乗る人、担ぐ人、そのまた草鞋を作る人」と田中さんはよく言っていましたが、チームワークや人間関係を大事にすること。吉田茂さん、池田勇人さん、佐藤栄作さんと歴代首相を担ぐ中で学んだのだと思います。

 3つ目は、徹底的な敵を作らないこと。人をほめるのは皆の前で、叱るのは1対1でというのを実践し、議論する時も相手を最後まで追い詰めずにその手前で止めていました。味方は1人でも多く、敵は1人でも少なくということですね。

―― 田中角栄にあって今の政治リーダーにない部分を挙げるとすれば。

小長 現場感覚がどれだけあるか、ではないでしょうか。先ほど申し上げた朝の陳情や夜の業界人との会合などを通じて、アンテナを広く高く張ってそれを政策に生かすという姿勢。それを、今の政治家がどこまでできているかは疑問です。

 今は4人に1人が世襲議員で、それ自体は悪いことではないのですが、選挙区は地元でも東京生活が長い議員が多い。選挙区の細かい実態について、肌身で知る機会が少ないのではないでしょうか。加えて、選挙区が人口比で決まるため、地方はますます代表者が減っていきます。地方の意見がより反映されるシステムが、日本にはなくなりつつある気がします。地方についてもう少し重視しないと、国土の均衡ある発展にはつながらないと思います。

―― 一時は地方への利益誘導政治が批判されましたが、ここにきて地方活性化がうたわれ、昔の良い部分が見直されている印象です。

小長 列島改造論の根底には、一億総中流の思想がありました。最近の新自由主義の流れの中で、中産階級の間で格差が広がり、それが米国のトランプ現象にも表れています。日本にもそういう傾向が出てきたため、一億総中流を目指した田中さんへの郷愁があるのでしょう。

 田中さんが総理大臣になった時の、全国的な盛り上がりはすごかった。総理になってすぐ、当時の経済企画庁長官に列島改造審議会を作ろうと命じて、具体的にどこから手を付けるのかを議論しようと提案したところ、全国から自薦他薦を含めて参加希望者が150人も集まったんです。あのものすごい期待度は、今の地方創生には見られません。

―― 企業経営者にも、田中角栄のリーダーシップは参考になりそうですね。

小長 田中さんがいつも言っていた「仕事は人に任せ、責任は自分が取る」ということが重要だと思います。社長になってから何をしようか考えるのでは遅い。田中さんは総理になる前から、なったら何をするかを考えてきました。中国との国交正常化も、総理に就任してすぐに行いました。その時、ひそかに私に言ったのは「今太閤ともてはやされ、権力絶頂の時にこそ、一番難しい問題に挑戦しなきゃいかん」と。そして、「中国の周恩来や毛沢東などの革命第一世代が目の黒いうちにやらないとダメだ」と。2代目以降はどっちを向いているか分からないから、というのが理由です。

―― そういう姿を見て、さらに周囲からの支持が集まるということなんでしょうね。

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