マネジメント

ソフトバンクグループが半導体設計最大手の英ARMホールディングスを買収した。ARMの技術はインターネットにつながる機器のほとんどに使われており、これから本格化するIoTの中心になる。今回の買収はソフトバンクがIoTで飛躍するための布石だが、いくつか懸念もある。文=本誌/村田晋一郎

ARM買収でIoTの中心を抑える

 7月の衝撃の発表から2カ月、ソフトバンクグループによる英ARMホールディングスの買収が完了した。

 ARMはスマートフォンなどの頭脳にあたるCPUの設計に特化した企業で、自ら製造・販売は行わず、技術のライセンスで利益を上げる。半導体設計の分野では世界ナンバーワンで、モバイル用アプリケーションプロセッサなど主にモバイル分野に強い。昨年販売されたスマートフォンの95%にARMアーキテクチャのチップが使われている。過去にはインテルをはじめ、複数の半導体メーカーが買収に動いたことがあったが、独禁法の関係で実現しなかった。

 ARMの2015年度の売上高は1791億円、税引後利益は578億円。時価総額は2・4兆円で、ソフトバンクは42%のプレミアムを加算し、3・3兆円で買収した。この3・3兆円は日本企業による外国企業の買収では過去最高額となる。

 「異業種」であるソフトバンクがARMを買収することは、一見すると、シナジーが見えにくい。まして10兆円を超える有利子負債を抱えるソフトバンクがこれだけの巨費を投じて買収することを疑問視する声が挙がっている。しかし、孫正義社長は何年かたてば、「3・3兆円は安い買い物だったと思える」と自信を見せる。

 確かにARMの価値は単なるシェアにとどまらない。半導体メーカーはARMが開発した「半導体コア」をライセンス購入し、半導体チップを設計する。その際にさまざまなオプションを選択して半導体チップをカスタマイズする。そしてARMのコアを使用した製品の概要や数量などの情報は、半導体メーカーが好むと好まざるとにかかわらずARMに流れる。この情報がARMにとっての最大の強みであり、ARMは半導体の流通のほとんどの情報を握っているといっても過言ではない。

 半導体の設計から最終製品の出荷まで数年かかることを考えると、ARMは向こう数年の世界中のハードウエアの開発動向を把握することになる。今後のソフトバンクの事業展開を考える上で、この情報獲得のシナジーは計り知れない。

 現在、インターネットにつながる機器のほとんどにはARMの技術が使われており、IoTではARMの技術がすべての中心になる。今回の買収はこれから本格化するIoT時代をにらんだ布石と言える。

 一方で、ARM側が買収を受け入れた理由の一つは、成長戦略への投資だ。上場会社のままでは株式市場に留意しながらの経営となり、投資にも制約が生じる場合がある。今回ARMはソフトバンク傘下で非上場となることで、ある意味で採算を度外視した投資を行うこともできる。さらに孫社長は今後5年間で英国におけるARMの従業員を2倍に増やすことも公言している。

中立性確保と技術革新の両立

 今後もモバイル領域を中心にARMが主導的地位を確保できれば、ソフトバンクは確かにIoTの覇権を握れる。しかしその一方でソフトバンク傘下に入ったことで、逆にARMに逆風が吹く可能性がある。

 ARMが圧倒的なシェアを誇るがゆえに半導体の設計情報はARMに集まるが、それは半導体メーカーにとって自社の機密情報が流れることであり、好ましいことではない。これまでARMは中立性を保ち、機密を保持することで、半導体メーカーの不安を抑えてきた。しかしARMがソフトバンク傘下となることで、その中立性が損なわれることが危惧されている。

 これまでのソフトバンクの巨額買収というと、ボーダフォン日本法人や米スプリントが思い浮かぶが、2社とも経営戦略の転換といえる買収であり、孫社長が強力なイニシアチブで買収後の経営を進めたイメージが強い。ARMの経営でソフトバンク色を強く打ち出すと、ユーザーの反発を招く恐れがある。

 買収発表時に孫社長は「(ボーダフォンやスプリントと比べて)ARMの経営はうまくいっていることから、ARMの経営については口を出すつもりはない」とし、「今後もARMの中立性は保たれる」ことを強調していた。裏を返せば、ARMの中立性の維持が一番のリスク要因であることの証明とも言える。

 また、半導体をはじめハイテク領域の技術の変化は早い。今後、ARMの座を脅かす対抗勢力が登場し、10年後に勢力図が大きく変わることがある。もちろん将来起こり得る技術変革にARMが対応するために、今回の買収が実現したが、ソフトバンク傘下の経営で、ユーザーの反発を買わず、かつ技術変革を進めることは容易ではない。

 孫社長は今後の自らの時間配分について、「スプリントに45%、ARM関連の中長期戦略に45%費やす」とし、ARMの中長期的な戦略の議論には関わっていくという。ただし、その際にもあまり前面に出ないようにすることが肝要ではないか。半導体業界からは「孫さんが何もしないことが一番のリスクマネジメント」との声も聞こえてくる。IoTをリードするためのARMの舵取りには微妙なバランスが求められる。

関連記事

好評連載

銀行交渉術の裏ワザ

一覧へ

融資における金利固定化(金利スワップ)の方法

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第20回)

銀行交渉術の裏ワザ

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第19回)

定期的に銀行と接触を持つ方法 ~円滑な融資のために~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第18回)

メインバンクとの付き合い方

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第17回)

銀行融資の裏側 ~金利引き上げの口実とその対処法~

[連載] 銀行交渉術の裏ワザ(第16回)

融資は決算書と日常取引に大きく影響を受ける

元榮太一郎の企業法務教室

一覧へ

社内メールの管理方法

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第20回)

企業法務教室

[連載]元榮太一郎の企業法務教室(第19回)

タカタ事件とダスキン事件に学ぶ 不祥事対応の原則

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第18回)

ブラック企業と労災認定

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第17回)

電話等のコミュニケーション・ツールを使った取締役会の適法性

[連載] 元榮太一郎の企業法務教室(第16回)

女性の出産と雇用の問題

本郷孔洋の税務・会計心得帳

一覧へ

税務は人生のごとく「結ばれたり、離れたり」

[連載] 税務・会計心得帳(最終回)

税務・会計心得帳

[連載] 税務・会計心得帳(第18回)

グループ法人税制の勘どころ

[連載] 税務・会計心得帳(第17回)

自己信託のススメ

[連載] 税務・会計心得帳(第16回)

税務の心得 ~所得税の節税ポイント~

[連載] 税務・会計心得帳(第15回)

税務の心得 ~固定資産税の取り戻し方~

子育てに学ぶ人材育成

一覧へ

意欲不足が気になる社員の指導法

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第20回)

子どもに学ぶ人材マネジメント

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第19回)

子育てで重要な「言葉」とは?

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第18回)

女性社員を上手く育成することで企業を強くする

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第17回)

人材育成のコツ ~部下の感情とどうつきあうか~

[連載] 子どもに学ぶ人材マネジメント(第16回)

人材育成 ~“将来有望”な社員の育て方~

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

【特集】2019年注目企業30

 2018年の日本経済は、世界のマーケットを席巻してきた中国経済の成長鈍化が鮮明になり、併せて米・中の経済摩擦、英国のEU離脱問題などの対外的な課題が重なって大きな閉そく感が漂う年だった。 しかしながら元気な中堅・中小企業はネガティブな要因をものともせず独自の経営手法で活路を開いている。 原点回帰で、顧客第一…

「超サポ愉快カンパニー」としてワクワクするビジネスサイクルを回す―アシスト

ITと建設機械、グリーンエネルギーの3本柱で地球環境問題解決に貢献する―Abalance

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

ペット仏具の先駆企業が「ペットロスカフェ」で目指す癒しの空間づくり

家族のように接していたペットを亡くし、飼い主が大きな喪失感に襲われる「ペットロス」。このペットロスとなってしまった人々が交流し、お互いを癒し合うカフェが、東京都渋谷区にオープンした。「ディアペット」を運営するインラビングメモリー社の仁部武士社長に、ペット仏具の世界とペットロスカフェをつくった目的について聞いた…

元引きこもり青年が「cluster」で創造する新たなVRビジネスとエンターテインメント(加藤直人・クラスターCEO)

日本人の英語学習の課題解決に向け、学習者目線のアプリを開発―― 山口隼也(ポリグロッツ社長)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年4月号
[特集]
日本の「食」最前線

  • ・総論 日本の「食」から世界の「食」へ 成長産業となった農水・食品産業
  • ・「食」の輸出1兆円を支えるジェトロの役割
  • ・全国で進むブランド化「食」から始まる地方創生
  • ・上海で見た日本の「食」の未来
  • ・海外進出した外食チェーン「成功」と「失敗」の分かれ目
  • ・日本人が知らない中国の「日本食ブーム」の真実
  • ・消費税引き上げで始まる「外食VS中食」最終戦争

[Special Interview]

 星野晃司(小田急電鉄社長)

 「未来を見据えた挑戦で日本一暮らしやすい沿線をつくる」

[NEWS REPORT]

◆中国リスクが顕在化 電機業界に再び漂い始めた暗雲

◆持続可能な水産業へ 魚はいつまで食べられるのか

◆CES 2019現地レポート 家電からテクノロジーへの主役交代が鮮明に

◆相次ぐトラブルで業績悪化 SUBARUの見えない明日

[総力特集]

 2019年注目企業30

ページ上部へ戻る