政治・経済

4年後に迫った東京オリンピック・パラリンピック、そして日本の観光立国化に向けて宿泊施設の不足は深刻な問題だ。課題解決のため民泊の活用が大いに叫ばれているが、その在り方をめぐってはさまざまな思惑が入り乱れている。文=本誌/吉田 浩

行政指導を受け撤退するケースも

 政府観光局によると2015年度の訪日外国人数は2135万9千人となり、16年度も7月の時点で既に1400万人を超えた。東京オリンピック・パラリンピックが開催される20年までには4千万人の達成が政府目標として掲げられている。

 インバウンドが加速する一方、早急に対処すべき課題が宿泊施設の不足だ。現在でも、主要都市のビジネスホテルやシティホテルの多くで客室稼働率が8割を超え、東京都や大阪府では9割を超えるケースも珍しくない。このまま観光需要が高まれば、オリンピック開催を待たずに、大量の「宿泊難民」が国内に発生することが想定される。

 そこで、脚光を浴びているのが、個人宅の空き部屋などに有料で宿泊する「民泊」である。宿泊施設の補完だけでなく、地方を中心に顕在化している空き家問題の解決にもつながるとして、民泊に対する期待は大きい。

 民泊のホストとゲストを結び付けるオンラインプラットフォームを世界中で提供するAirbnb(エアービーアンドビー)の国内登録物件数は約4万件。登録しているのは、自宅の空きスペースを活用した小遣い稼ぎが目的の個人から、本格的に商売しようとする事業者までさまざまだ。まだ日本では数は少ないものの、集客向上を目的にAirbnbに登録するホテルや旅館も出てきた。将来的な需要の増加、社会問題の解決等、成長するビジネスの要素を嗅ぎつけて、民泊にかかわろうとする動きは活発化している。

 では、ビジネスとしての民泊の可能性はどれほどのものか。この疑問に答えるために、民泊が抱える問題点を見ていきたい。

 まず、メディアなどで既に報じられているように、日本では旅館業法の縛りがあるため、資格のない個人や法人が有料で宿泊施設を提供することはできず、旅館業法で定められた簡易宿所の営業許可を取る必要がある。そのため、民泊を営む個人や事業者の多くが現在は違法状態、もしくはグレーゾーンで活動している。

 旅館業法に抵触しないために、ユーザーと短期賃貸契約をその都度結ぶホストもいるが、契約前に宅建業法に定められた重要事項説明を行う必要があり、こうした対応は不動産業者でなければ難しい。実際に度重なる行政指導を無視した英国人のホストが逮捕されたり、上場企業の役員が子会社を通じて民泊を手掛け、書類送検されたりといった事案も発生している。

 民泊ホストで構成される一般社団法人民泊協会の代表理事を務める高橋延明氏は「摘発の事例は決して多くはなく、仮に有罪になっても3万円程度の罰金で済む話ですが、個人は特に逮捕歴がつくのを恐れる場合がほとんどでしょう。民泊を始めてみたものの、警察や保健所から指導を受けて撤退したというケースは、全国で数百件規模であると聞いています」と説明する。

 既存の枠組みと民泊が相入れない事例は観光業が盛んな先進国ではよくあることで、日本に限ったことではないという。民泊に限らず、個人の空き時間、空間、スキルなどを分け合って効率化を図る「シェアリングエコノミー」の概念自体が新しく、多くの場合、法律や制度の想定外だからだ。この新たな経済活動の流れをいかに取り込んでいくかに、各国とも知恵を絞っている。

「シェアリング」から懸け離れる日本の民泊

 日本では、今年に入って東京都大田区や大阪府などが国家戦略特区として民泊条例を定め、条件付きで民泊を解禁した。大田区では16年1月にホストの申請受付を開始し、9月の時点で個人5、法人14の合わせて19事業者が登録。利用者は約200人で、このうち97人が外国人だった。

 この数字を多いと見るか少ないと見るかは判断が分かれるところだが、留意したいのは特区民泊においても宿泊日数が6泊7日以上であること、物件をまるごと一軒貸しする形式であることなど、さまざまな条件が付いている点だ。6泊以上の滞在という部分で需要が大幅に縮小するのは避けられない上、ホストが一緒に滞在してルームシェアしたり、空き部屋のみを提供したりというAirbnbで頻繁に行われている形式は想定されていない。そのため、ホストファミリーなど、人々との“交流”を求める旅行者のニーズに応えるものとは言い難い。

 宿泊日数に関しては、9月9日の国家戦略特別区域諮問会議において2泊3日以上に要件が緩和されることになった。また、9月の臨時国会で可決予定の新法では、民泊の年間営業日数を180日まで認める内容が盛り込まれる見通し。しかし、営業日数の上限については地方自治体の判断で減らすことが可能になるため、実効性については未知数だ。

 いずれにせよ、現状の民泊は「空いた時間や場所をシェアする」という、シェアリングエコノミーの概念からは、大きく懸け離れているのが実態だ。

 「そもそも民泊協会を設立したのは、今のままでは、本来は楽しいはずのホスト業が、良い形で続けられないと思ったからです。持続可能な民泊の在り方を、自分たちの手で作りたいという動機が根底にあります」と、前出の高橋氏は危機感を示す。

警戒するホテル業界と前のめりの不動産業界

 ホテル、旅館などで構成される全国旅館ホテル生活衛生同業組合連合会(全旅連)の北原茂樹会長は、以前小誌のインタビューに応え、「われわれとしても(Airbnbのような)新しいビジネスを否定する気はありません。規制緩和は既存のホテルや旅館にとってもプラスになる面があります」と語った。とはいえ、衛生面、安全面などの厳しい条件をクリアして宿泊業を営んでいる既存業者から見れば、民泊の全面解禁に危機感を抱いているのは間違いない。

 その一方で、規制緩和を積極的に後押ししているのが不動産業界だ。将来の規制緩和をにらみ、民泊への転用を目的とした投資用物件の営業に力を入れる業者も目立つようになってきた。最近ではマンション管理組合などが物件の民泊転用を禁止するケースが増えていることもあり、「一時のブームは冷め気味」(東京都の不動産業者)ではあるものの、期待度は高い。

 民泊に転用できる物件を保有する不動産業者と運営希望者のマッチングサイト「民泊物件.com」を今年5月に本格スタートさせたスペースエージェントの出光宗一郎社長は、ビジネスを始めた経緯をこう語る。

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「民泊物件.com」を運営するスペースエージェントの出光宗一郎社長

 「当初はもともと民泊の運営を手掛けていたのですが、家主さんが民泊についての知識がないケースが多いこともあり、物件を探すのに非常に苦労しました。それで物件を探す場をつくろうということでサイトを立ち上げました」

 立ち上げ当初から反響は大きかったという。民泊用物件を扱う家主情報を数十件掲載したところ、SNSなどの口コミを通じて500人程の民泊運営希望者から問い合わせが殺到。そこで、家主だけでなく不動産会社が自由に使えるポータルサイトとして、物件情報を拡充させた。現在、物件を探している会員数は4千人以上。既に月間40~50件のペースで成約が生まれているという。

 民泊物件.comで手掛けている物件の大半が、転貸を目的とした賃貸用物件だ。運営者にしてみれば、物件を購入して民泊に転用するのは費用の面でリスクが高い。途中でマンション管理組合などから待ったが掛かる可能性もある。転貸であれば投資負担が少なく、採算が取れない場合の撤退も比較的容易だ。このため、運営希望者の中には年収300万円台の20代の若者も相当数いるという。

 一方、不動産業者にしてみれば、一般賃貸では人気がない物件を、民泊用であれば貸し出せるという期待がある。一般賃貸で借り手がつかない古民家などが、外国人観光客にとっては魅力的に映るケースもあるからだ。

 民泊物件.comでは、会員登録の際に、氏名、年齢などの基本情報に加え、年収や自己資金などの与信データ、どのような物件を探しているかというニーズにかかわる情報、そして民泊運営の経験の有無とその詳細といった情報を取得。その情報をもとにユーザーをセグメント分けし、最適な物件とのマッチングを図っている。

 掲載物件に関しては、管理組合で民泊への活用を禁止していないこと、家主の応諾が得られていること、賃貸契約の際に第三者への転貸を認める旨が明記されていることが条件だ。特に第三者への転貸に関しては、一般的な賃貸物件では契約書に明記されていることがほとんどないため、これをはっきりさせることで簡易宿所としての申請が可能になる。特区民泊として申請するか、簡易宿所として申請するかは、運営者の判断にゆだねる仕組みだ。

規制緩和によって個人の参入が困難に

 民泊の運営希望者が増えている現実はあるものの、果たしてビジネスとしてどれだけ旨みがあるのかには疑問符が付く。

 宿泊者による騒音やゴミ出しなどの問題で、近隣住民とトラブルになったという話はしばしば耳にするが、こうした場合に責任を負うのは家主ではなく運営者となる。また、ホストがゲストと一緒に滞在しない一軒まる貸しの場合でも、ホテルでいうところのフロント業務やゲストの細かな要求への対応などで、意外に手間が掛かるという話もある。これらの運営面を代行する業者も現れているが、利用すれば当然ながら手数料が掛かるため、運営者の収益が削られることとなる。

 賃料の高騰も将来的に運営の壁となる可能性がある。転貸用物件の場合、一般賃貸に比べて賃料が10~15%程度上乗せされる傾向にあり、不動産業者にとっては「おいしい」契約だ。こうした理由から民泊への物件転用が過熱し過ぎると、特に都市部や人気の観光地で家賃上昇や一般賃貸物件の不足といった事態もあり得る。実際に観光大国のフランスでは、既にこうした事態が深刻化している。利用者にとっても、民泊の魅力の1つである「安さ」という部分がなくなることも懸念される。

 規制緩和が進むことにより、一見すると個人のビジネスチャンスが増えるようにも思われがちだ。しかし、今後の展開次第では、最終的に得をするのは不動産業界だけで、ホテル業界はもとより個人にとってもほとんど恩恵がないという事態になりかねない。

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