
企業の力は規模だけで決まるものではない。むしろイノベーションを起こす力は、決断が早く小回りの利く中小企業こそ発揮しやすいものだ。本シリーズでは、そんな中小企業を分析することにより、企業がイノベーションを起こすために必要な条件、そしてどんな行動が必要なのかを提示していく。
今回紹介する会宝産業は、石川県金沢市に本社を置く自動車解体業として1969年に創業。廃車となった自動車を解体し、部品を海外に輸出している。現在は年間におよそ1万4千台以上の廃車処理を行い、世界80カ国に中古部品を販売。このビジネスで北陸地域トップの座を確立している。しかし同社の業績はこれにとどまらない。
会宝産業のイノベーションは、企業ミッションを再定義することから始まった。
2005年の自動車リサイクル法の施行を契機に掲げたのが、「脱・解体業宣言」。と言っても、仕事自体が大きく変わったわけではない。自分たちの会社の社会的意義を再確認し、皆がプライドを持って仕事に取り組めるようにしようというのが、その出発点だった。
”解体屋”からの脱却
2005年に、創業者で現会長の近藤典彦氏が掲げたのは、「“解体屋”から自動車リサイクル業に」というスローガンだ。
メーカーは、資源やエネルギーを使って新たなモノを生み出す“動脈産業”の代表格。一方、リサイクル業は、動脈産業が排出した不要物や廃棄物を再利用する“静脈産業”である。
人間の健康が、動脈と静脈の両方の働きで保たれているように、動脈産業と静脈産業はどちらも社会に欠かせない存在だ。にもかかわらず、静脈産業にはあまり日の目が当たらないというのが現実だった。
静脈産業の正当な評価・発展を目指して、近藤氏がまず着手したのは、輸出向け中古エンジンの価格の適正化だ。当時、国内市場の価格づけに関しては比較的整備が進んでいたのだが、輸出向けは遅れており、「ひと山いくら」のどんぶり勘定で売られていたのだ。
これを個別評価・単品売りに変えるため、同社では10年に、独自の規格「JRS(Japan Reuse Standard)」を開発・リリース。これと並行して、国際的に効力を発揮する評価基準である「PAS(Publicly Available Specification:公開仕様書)」を導入した。
こういった取り組みは国際的にも歓迎され、13年には英国規格協会が、JRSをベースとした公開仕様書である「PAS777」を正式発行。日本発、世界初の中古エンジン規格となった。
こうして規格は出来上がったが、当初の目的であった適正な値づけを実現するにはどうしたらよいのか。同社が選択したのは、規格に基づいて商品を評価した上で、お客様に値段をつけてもらうこと。具体的には、オークションという方式だった。14年、自動車中古部品の最大のマーケットと言われるアラブ首長国連邦・シャルジャで、初のオークションを開催した。
シャルジャで得たデータをベースに、16年には、廃車の査定・見積り・車両仕入れ・部品生産・部品在庫・部品販売までの業務プロセスを一元管理する独自の総合管理ネットワークシステム「KRAシステム」の運用を開始した。
この「KRAシステム」をもって、自動車中古部品に関する情報網が完成した。
さらに同社の真骨頂は、これを内外の同業他社に惜しげもなく開放し、業界プラットフォームとしたことにある。
情報網を開放し業界プラットフォームに
独自開発した情報網は、当然、ひとり占めすることもできる。しかし同社はこれをオープンにした。
同業他社は「KRAシステム」を通じてネットワークや販売機会を拡大することができる。これによって、自動車リサイクルビジネス全体の安定的な発展が可能になる。
こういった発想の原点は、従業員が20人、30人と増えていったころから自然に芽生えた近藤氏の信念にある。
会社は自分のものではなく、社員のものであり、お客様のもの。目指すべきは、自社の発展にとどまらず、業界の発展。さらにその先に、社会貢献までも視野に入れている。
海外、特にアジアやアフリカなどでは、静脈産業の成長が遅れている。社会経済や地球環境を健全に保つためには動脈産業と静脈産業のバランスが重要で、静脈側の進捗が遅れれば地球汚染が進んでしまう。そこで近藤氏は海外の取引先に実際に足を運んで静脈産業の大切さを説き、自身の経験に基づいた経営指導を実施。2007年には金沢市に国際教育機関「国際リサイクル教育センター(International Recycling Education Center: IREC(アイレック))」を創設し、海外からの研修生に静脈産業の重要性と将来性を説いている。
新しい価値の創出ポイント
中小企業であっても、ネットワークを構築・拡大することによって競争力を高め、安定的な成長・発展を可能にすることができる。会宝産業は業界標準となる規格と、これをベースにしたプラットフォームを作り上げることで、業界をけん引。海外にも大きな影響力を及ぼすに至っている。
その原動力になっているのは、静脈産業としての使命感だ。地球規模の、また、未来を見通した大きな視点で今やるべきことを決定し、実行する。そこから画期的なイノベーションが生み出されているのである。
(かんだ・まさのり)経営コンサルタント、作家。1964年生まれ。上智大学外国語学部卒。ニューヨーク大学経済学修士、ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営学修士。大学3年次に外交官試験合格、4年次より外務省経済部に勤務。戦略コンサルティング会社、米国家電メーカー日本代表を経て、98年、経営コンサルタントとして独立、作家デビュー。現在、ALMACREATIONS 代表取締役、日本最大級の読書会『リード・フォー・アクション』の主宰など幅広く活動。
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