マネジメント

第4回日本の富士そば企業の力は規模だけで決まるものではない。むしろイノベーションを起こす力は、決断が早く小回りの利く中小企業こそ発揮しやすいものだ。本シリーズでは、そんな中小企業を分析することにより、企業がイノベーションを起こすために必要な条件、そしてどんな行動が必要なのかを提示していく。

精密時計のように精巧な「富士そば」のビジネスモデル

 「選択と集中」が、ビジネスの王道。関東圏を中心に国内に116店(2016年12月末現在)の立ち食いそば店「名代 富士そば」を展開するダイタンホールディングスは、その王道を進む教科書のような会社だ。しかし、この王座は、既存のビジネスモデルに安住することで得られるものではない。「選択と集中」を重視する戦略の陰で、経営陣には、未来を見据えて変革していくチャレンジ精神が宿っている。

 彼らは経営基盤を固めながらも、決して停滞することなく、次に踏み出すべき一歩に向けて、試行錯誤に余念がない。2012年には20年ぶりの新規事業として、新業態店に挑戦。2013年からは、アジア諸国への海外出店を開始した。

 このような果敢な挑戦が可能なのは、創業者で現会長の丹道夫氏が確立した「富士そば」のビジネスモデルが、緻密に組み立てられた精密時計のように、正確に動き続けているからだ。

 「富士そば」の運営体制は、厳格な分社経営によって成り立っている。同社の常務が分社化した店舗運営会社の社長を兼ね、それぞれに事務所を構え、物件を探して出店し、その店を管理・運営するシステムだ。

 各運営会社の陣営は、社長である常務以下、経理担当者、事務員、各々4~5店を受け持つ係長たちからなる。店舗数が20を越えたらさらに分社化するということを繰り返して事業は拡大していき、現在、運営会社は7社を数える。

 売り上げを上げられるかどうかは、物件にかかっている。同社では、数よりも “良い物件”にこだわり、出店数の目標は掲げていない。会社ごとにエリアを割り振っているわけではないので、常務同士が優良物件を取り合うことも珍しくないそうだ。

 メニュー構成は、各店長が決めている。新メニューの開発も奨励していて、店長から申請があればその都度審査し、よほど大きな問題がなければ承認する。このように主体性を尊重する社風のため、社員のモチベーションも高い。

新社長率いる経営陣の未来への挑戦

 経営は安泰そのものに見える。しかし、二代目の社長となった道夫氏の長男、丹有樹氏は、慢心することがなかった。

 有樹氏が危機感を持ったひとつのきっかけは、2010年に東京・品川駅に開業した商業施設「エキュート」に、立ち食いそば店が1軒も入らなかったことだ。

 立ち食いそば一辺倒では、いずれ経営が危うくなるかもしれない――。

 ここから同社の新たな挑戦が始まった。

 より多くの人に、そばを食べてもらいたい。そのために同社が挑んだのが、新業態の開発と、海外への出店だった。

 2012年10月に、東京・渋谷の並木橋に、健康志向の女性をターゲットとした「つけ蕎麦 たったん」をオープン。なんと20年ぶりとなる同社の新規事業だった。だが、広告戦略から店舗オペレーションまで、「富士そば」とは何もかも勝手が違う。オープン時は好調だったが、売上が従来の業態を上回ることはなかった。新ブランド構築のための投資を継続する理由を見出せず、3年後の2015年11月に閉店することに。

 しかしこの実験店から学んだことは数多くあった。最も大きな収穫は、これまで「富士そば」しか知らなかった社員が、ほかの業態を経験したことによって、確実に売り上げ・利益を上げる「富士そば」のビジネスモデルがいかに緻密で完成されたものかを認識できたことだ。

第4回台湾

台湾の店舗

 海外出店に関しては、当初、香港経由での中国への進出を計画したが、香港の出店コストの高さに断念。2013年10月、1年半の準備のあと、インドネシア・ジャカルタのショッピングモールに出店したが、施設自体の集客力が弱く、7カ月で撤退を余儀なくされた。

 しかしいったんインドネシアに出店したことで評判が立ち、台湾三越から声がかかる。日本物産展でそばを販売し、好評だったことが、台湾三越との合弁事業として台湾でそば店を展開するきっかけとなった。2016年12月末現在、台湾には、4店舗がある。

 フィリピンでは、日本でも経験がなかったフランチャイズ(FC)方式で店舗を展開。パートナーは、複数の企業とFC契約を結び、飲食店160店を展開する地元の有力企業。国内事情を知り尽くしているパートナーからの提案を受けて、レストランスタイルの1号店を2015年3月にオープンしたところ反応が良く、1年早々で6店舗にまで拡大。今後も続々、出店計画があるそうだ。

 文化やニーズは国によって違う。ある地域で成功したパターンが、ほかの地域でも成功するとは限らない。日本の伝統文化である“そば”の本質はそのままに、ローカライズすべきところはする。

第4回photo1

シンガポール初の店舗「富士そば二八」

  業態についても、立ち食いそばから高級店まで、すべてに対応できるノウハウを蓄えてはじめて、海外市場のニーズをあまねく取り込めるものと同社は考えている。

  そば店のフルラインナップ攻略。今はそのためのトライ&エラーを積み重ねているところだ。

 同社は、デフレ経済収束後に「値上げ力」を発揮できる企業になることを目指している。「安いから売れる」という売り方を早々に卒業し、中心価格帯を400円から600円、800円とシフトさせても「安い」と思ってもらえる価値を提供する商品づくりを実現する。近い将来の目標として思い描いているのは、高級そば店を海外出店し、その業態を日本に逆輸入すること。その布石として、2016年12月1日に、シンガポールに初の店舗「富士そば二八」をオープンしたところだ。

新しい価値の創出ポイント 

 「富士そば」は、「日本そばは、海外では受けない」という常識を覆し、アジアという巨大市場を開拓しつつある。新社長のリーダーシップのもと経営陣が結束し、海外での「日本そば」のファンを増やし続けている。彼らが成功しているのは、「富士そば」のブランド化だけではなく、日本の食文化のブランド化でもあるのだ。

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