文化・ライフ

二宮清純の「スポーツ羅針盤」

全米オールスターチームを相手に伝説打ち立てた沢村栄治

 今年はプロ野球最高のピッチャーにおくられる「沢村賞」にその名をとどめる沢村栄治生誕100周年(2月1日)にあたる。

 それを記念して3月22日に出身地の三重県伊勢市で行われる巨人―北海道日本ハムのオープン戦では、巨人の全選手が沢村の永久欠番「14」を背負うことが発表された。

 そんな折、衝撃の見出しが朝日新聞(2月1日付)のスポーツ面を飾った。

 〈沢村栄治は160キロを投げてた……かも?〉

 沢村の伝説の原点は1934年11月20日、静岡市草薙球場で行われた日米野球第9戦にまで遡る。全日本のエース沢村は、まだ17歳。ベーブ・ルース、ルー・ゲーリッグらを擁する全米オールスターチームを相手に0対1で敗れたものの、9三振を奪う力投を演じてみせたのだ。

 試合後、全米チームの招聘に尽力した鈴木惣太郎はコニー・マック監督に呼び出され「何とかしてあのスクールボーイをアメリカに連れて帰れないものか」と懇願されたという。

 17歳にして、この快投である。プロ入り後、持ち味のスピードボールは、さらに威力を増したと思われる。

沢村栄治は160キロのスピードボールを投げたのか

 今から26年前、“初代ミスタータイガース”と呼ばれた藤村富美男に沢村とビクトル・スタルヒンを比較してもらったことがある。沢村と同学年のスタルヒンは、日本最初の300勝投手だ。

 「確かにスタルヒンは速かったよ。ズドンという重いボールで威圧感ちゅうものがあったな。しかし、バットに当てることはできた。

 ところが沢村のいい時は、高目のボールがグーンと伸びてきてかすりもせん。ワシはアメリカのピッチャーとも何度か対戦したけど、あれほど伸びのあるボールを投げるピッチャーはおらんかった。なにしろ、ど真ん中のボールが当たらんのだから。

 ワシらは戦争に巻き込まれた世代やけど、よく皆で“銃弾と沢村のボールはどっちが速いか”なんて話もしましたよ。ホンマ、そのくらい速かった」

 さらには、こんな逸話も。

 「それに指が大きくて、ええ筋肉しとった。筋肉なんて鋼鉄のように硬くて注射針が入らんかったという話や」

 巨人時代の後輩、青田昇からも話を聞いた。

 「沢さんから、直々にこんな話を聞いたことがある。“オレの一番いい時は、ベース前の手前をめがけて投げたら、ホップしてちょうど真ん中の高さに行ったよ”と。

 実際、そんなに極端にボールが伸びるはずはないんやが、それほどのイメージで投げたらちょうどいいくらいだったということやろうな」

 この時代のピッチャーとして、沢村のスピードが突出していたことは、先の2人以外の選手の証言からも明らかである。

 しかし、160キロというのは、ちょっと大げさではないか。現時点での日本最速は大谷翔平(北海道日本ハム)が2016年10月16日、福岡ソフトバンク戦でマークした165キロ。札幌ドームでのCSファイナルステージ第5戦だった。

 大谷のサイズが身長193センチ、体重92キロであるのに対し、沢村は174センチ、71キロ。当時のボールは質も悪く、160キロという数字は、ちょっと考えにくい。

沢村栄治のスピードは「限りなく160キロに近かった」という説

 朝日新聞紙上で160キロ説を唱えたのは中京大スポーツ科学部の湯浅景元教授だ。

 〈巨人時代に沢村が試合で投げている映像を動作解析した。前方(捕手方向)へ水平に移動する腰の速度と腕の速度の差が大きいほど球速は上がるといい、その数値が導き出した結果は「限りなく160キロに近かった」〉(2月1日付)

 参考までに言えば、湯浅教授は14年5月12日配信の日本経済新聞電子版で沢村のスピードを160.4キロと推定している。

 快速球に加え、沢村には“懸河”と形容される独特のドロップがあった。

 ストレートだけでもバットに当てることが困難なのに、「肩からヒザ下にまで落ちたといわれる」ドロップが加われば、もはや鬼に金棒である。3度のノーヒットノーラン達成が沢村の怪物ぶりを余すところなく示している。

 本当に沢村は160キロのボールを投げていたのか。私見を述べれば、正確に計測できない今、それはどうでもいいことのように思われる。

 沢村について取材していて、私がハタとヒザを打ったのは、草薙球場での伝説の試合に4番ショートとして出場した苅田久徳の一言だ。

 「当時のピッチャーは速球派でも今(91年当時)のスピードガンでいえば、せいぜい120キロ程度でした。そんな中、ゆうに沢村だけは150キロを超えていた。あの試合もそうでした」

 没後73年、そのスピードボールをめぐって議論が巻き起こること自体、不世出の大投手の証である。(文中敬称略)

 

(にのみや・せいじゅん)1960年愛媛県生まれ。スポーツ紙、流通紙記者を経て、スポーツジャーナリストとして独立。『勝者の思考法』『スポーツ名勝負物語』『天才たちのプロ野球』『プロ野球の職人たち』『プロ野球「衝撃の昭和史」』など著書多数。HP「スポーツコミュニケーションズ」が連日更新中。最新刊は『広島カープ最強のベストナイン』。

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