政治・経済

米国のトランプ政権の動向に、日本の自動車業界が戦々恐々する中、追い風を受けている企業がある。孫正義社長が率いるソフトバンクグループだ。孫社長は米国の規制緩和を期待しており、かつて断念したTモバイルUSの買収に再び動くという観測も出ている。文=ジャーナリスト/堀 義明

キーワードはシンギュラリティ

20170321_SOFTBANK_p01

攻勢を強める孫正義・ソフトバンクグループ社長

 2月8日に開かれたソフトバンクグループの2016年4~12月期連結決算会見と説明会。大統領令でイスラム圏7カ国からの入国禁止に踏み切るなど、物議を醸すトランプ政権の政策に関する孫社長のコメントが注目された。しかし、記者の質問に対して孫社長は「政治まわりの問題にはコメントしない」と繰り返した。グーグルなど米国の名だたるIT企業のほか、日本では楽天の三木谷浩史会長兼社長も苦言を呈したほどだが、孫社長はあくまで、米政権の批判を避けた格好だ。

 説明会で孫社長に対し、トランプ政権に関する質問が相次いだ背景には、昨年12月6日(現地時間)、ニューヨークのトランプタワーで行われた就任前のトランプ氏との会談がある。会談終了後、記者団の前に現われたトランプ氏は孫社長を紹介し、「マサは業界で最も素晴らしい男の一人だ」と賛辞を送った。それもそのはず、孫社長はトランプ氏が最も喜ぶ「お土産」を持って訪れたのだ。今後4年間、米国で500億ドル(約5兆7千億円)を投資し、5万人の雇用を創出することを約束したという。

 トランプ氏の歯に衣着せぬ発言は就任後も続き、米国の主要マスコミは総じて批判的だ。政権批判は避けたい一方、トランプ氏をかばえば、批判を受ける可能性もあり、ノーコメントを貫いたとみられる。説明会では、「トランプ大統領にすり寄ると見られたらマイナスの面もあるのではないか」という質問さえ出た。孫社長は「私はインドでも英国でも首相に会った。投資をするにはその国の法律や規制と齟齬があってはいけない。コミュニケーションをはからなければならない」と反論した。

 そういった質疑の中、孫社長の本音とみられる発言が出た。

 「シンギュラリティ(特異点)や半導体チップの革命、モバイル・スマートフォンの革命というのは、あらゆる国でチャンスがやってくる。その中心的な国である米国には当然、チャンスが真っ先にやってくると思う」

 シンギュラリティというのは、人工知能の能力が人間の脳を上回ることで、孫社長が日頃から「ビジネスの定義を変える」と指摘している出来事だ。昨年、3兆3千億円を投じて英半導体設計大手アーム・ホールディングスを買収したのも、一説には30年後に起きると言われているシンギュラリティを見据えてのもの。こうした大転換を見据えるソフトバンクグループにとって、世界一の経済大国である米国でのビジネスチャンスは極めて重要だということだ。

Tモバイルを買うかスプリントを売るか

 孫社長は13年にスプリントを買収したが、実は続いて同じく携帯大手のTモバイルUSも買収する構想があった。両社を合併させることでベライゾン・コミュニケーションズやAT&Tに対抗するつもりだったのだ。しかし、米国から見て海外の企業が通信大手の一角を占めることに当局が難色を示し、この構想は実現しなかった。

 当時はオバマ政権で、連邦通信委員会(FCC)の委員長はトム・ウィーラー氏が務めていた。しかし、政権交代で規制緩和を重視するアジット・パイ氏が後任に就く。トランプ氏もことあるごとに「規制を緩和する」としており、孫社長がTモバイルUSを再び買収しようとすれば、今回は認められる可能性もありそうだ。

 買収した直後のスプリントの業績不振は、ソフトバンクグループにとって悩みの種だった。孫社長は一時、スプリントの売却に傾き、買い手を探したが見つからなかったという。しかし、孫社長自らネットワークの責任者として通信状況を改善したほか、徹底的なコスト削減を進めた結果、業績は上向いてきた。決算発表で孫社長は、TモバイルUSの買収に再び打って出るかを問われ、「3、4年前は買収というただ一方向で考えていた。現在は買うかもしれないし、売るかもしれない」と煙に巻いた。スプリントの先行きに自信が出たことで戦略に幅が出た格好で、「単独で走るのも選択肢の一つだが、あらゆる可能性に対して心を開いている」と述べた。

 そして、米通信社は2月17日、ソフトバンクグループがスプリントの経営権をTモバイルUSの親会社であるドイツテレコムに譲渡することを検討していると伝えた。ソフトバンクグループはこの報道についてコメントしていないが、まずスプリントとTモバイルUSを合併させ、その後、新会社の経営に関与しようとする可能性がある。

 また、ソフトバンクグループは2月15日に、米投資会社フォートレス・インベストメント・グループを買収すると発表。他の投資家と共同で買収額の33億ドル(約3700億円)を支出するという。近く設立するビジョン・ファンドの運営にフォートレスのノウハウを活用する狙いがあるとみられる。

 批判も多いトランプ政権との親密さや、他の投資家の利益も考えなければならないファンドを通しての投資には、マイナス面もありそうだ。しかし、2月の決算発表時、「ソフトバンクは世界中で攻め続けている」と強調したように、孫社長が壮大なM&A戦略を描いている可能性は大きい。

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第7回)

関西財界の歴史―関経連トップに君臨した芦原義重の長期政権

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

次世代の医療現場を支える病院経営の効率化を推進――保木潤一(ホギメディカル社長)

1964年にメッキンバッグを販売して以来、医療用不織布などの、医療現場の安全性を向上する製品の普及を担ってきた。国は医療費を抑える診断群分類別包括評価(DPC制度)の導入や、効率的な医療を行うため病院のさらなる機能分化を実施する方針を掲げており、病院経営も難しい時代に入っている。ホギメディカルは手術室の改善か…

刺激を浴びて徹底的に考え抜くことで自らを変革する―― 鎌田英治 グロービス 知命社中代表

ワンストップで手厚くサイトの売却をサポートするサイトマ――中島優太(エベレディア社長)

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

ペット仏具の先駆企業が「ペットロスカフェ」で目指す癒しの空間づくり

家族のように接していたペットを亡くし、飼い主が大きな喪失感に襲われる「ペットロス」。このペットロスとなってしまった人々が交流し、お互いを癒し合うカフェが、東京都渋谷区にオープンした。「ディアペット」を運営するインラビングメモリー社の仁部武士社長に、ペット仏具の世界とペットロスカフェをつくった目的について聞いた…

元引きこもり青年が「cluster」で創造する新たなVRビジネスとエンターテインメント(加藤直人・クラスターCEO)

日本人の英語学習の課題解決に向け、学習者目線のアプリを開発―― 山口隼也(ポリグロッツ社長)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年3月号
[特集]
環境が経済を動かす

  • ・総論 災い転じて福となせるか 持続可能な社会の成長戦略
  • ・越智 仁(三菱ケミカルホールディングス社長)
  • ・100年後を考える 世界最大級の年金基金「GPIF」
  • ・金融業界はこう動く
  • ・脱炭素化の遅れがはらむ「座礁資産」の危険性
  • ・脱炭素化で移行する「地域循環共生圏」とはどういう社会なのか!?

[Special Interview]

 中田誠司(大和証券グループ本社社長)

 「SDGsを経営戦略の根幹に据えることで企業は成長する」

[NEWS REPORT]

◆稲盛哲学を学ぶ盛和塾解散を塾生たちはどう聞いたか

◆米中経済戦争の象徴となった「ファーウェイ」強さの秘密

◆EV時代にあえてガソリンエンジンにこだわるマツダのプライドと勝算

◆それは自由か幸福か——「信用スコア」で個人の信用が数値化された世界

[特集2]関西 飛躍への序章

 大阪万博開催で始まる関西経済の成長路線

ページ上部へ戻る