マネジメント

3月16日にジャスダック市場に上場を果たした株式会社ほぼ日。広告業界のレジェンド、糸井重里氏の個人事務所が社名変更した会社で、糸井氏は社長を務めている。その売り上げの大半を占めるのが、「ほぼ日手帳」など、運営するサイト『ほぼ日刊イトイ新聞』から生まれた商品だ。ほぼ日の売上高は37億6700万円、営業利益は4億9900万円(前8月期)と、利益率10%を超える優良企業。糸井社長に、上場の狙いや今後の展望を聞いた。文=関 慎夫 Photo=佐藤元樹

上場は「ほぼ日」の経営上ベストな選択だった

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いとい・しげさと 1948年生まれ、群馬県前橋市出身。60年代末からコピーライターとしての活動を始め、79年「東京糸井重里事務所」設立。80年代、西武百貨店の「おいしい生活。」などのコピーで脚光を浴びる。またエッセイスト、作詞家としても活躍。98年ウェブ上で『ほぼ日刊イトイ新聞』創刊。「ほぼ日Tシャツ」を皮切りに商品販売を始め、2001年に売り出した「ほぼ日手帳」は毎年60万部以上を販売する。昨年12月「東京糸井重里事務所」を「ほぼ日」に社名変更し、今年3月、JASDAQ市場に上場した。

―― 3月のジャスダック上場から3カ月がたちました。株価も5千円以上と初値(5360円)近辺を維持しています。この株価水準についてはどう見ていますか。

糸井 株価については考えないようにしています。自分で決めようがないですから。上場による変化は自分が一番知っています。今何をやっているのか、何に苦しんでいるのか、何がうれしいかを自分は分かっているけれど、株価はそれとは全く関係ないところで動いている。ですからあまり気にしない。高いからといって喜び過ぎないよう、低いからといってドタバタしないよう、心掛けています。

―― 上場で何が変わりましたか。

糸井 責任感の重さですね。これまでだって責任がなかったわけじゃないですが、その心が分かるようになりました。本当にずしんとくる重さです。言い方を変えれば、自分でやっていることを鏡で観察するようなものです。ほんとに大丈夫か、行くべきか行かざるべきか。そういうことを今までより一段ディープなところでとらえるようになりました。これは予想以上でしたね。

―― 社員にはどのような影響がありましたか。

糸井 楽しんでくれたんじゃないかな。僕が感じたような責任感を社員が感じる必要はありませんから、いわば注目されている試合に出場している気分になったのでは。今までは読者やお客さんといった人たちと付き合っていたのが、今は株主や社会からのクールな視線を感じているようです。

―― 糸井さんが上場を考えたのは10年以上前だそうですね。なぜ、目指したのですか。

糸井 このままではヒッピーみたいな会社になってしまうと思ったんですね。

―― ヒッピーとは。

糸井 忘れ去られちゃうんです。事業を存続するには、自分たちが社会を見る目と社会が自分たちを見る目が重なり合わなければなりません。この視線をキープするというのはなかなか大変で、一時的な情熱だけでは続きません。僕はこれまでに、一世を風靡しながら消えていった人たちを山ほど見ています。その原因はやはり視線がキープできなかったから。続けるにはそのための仕組みが必要です。

 既に僕らの事業は、手帳ひとつ取っても毎年楽しみにしている人もいるし、その製造に関わっている会社は、その売り上げを期待している。趣味なら、いつでもやめることができたけれど、もはやそういう段階ではなくなっています。それに僕は今68歳です。そろそろ自分がいなくなることを視野に入れなくてはいけない時期です。そこで、今後、事業を存続させるためには、何がベストか、考えた結果が上場でした。

「ほぼ日」が広告で稼がない理由とは?

―― ほぼ日の前身、東京糸井重里事務所の設立が1979年。ウェブ上で展開する『ほぼ日刊イトイ新聞』(以下『ほぼ日』)の創刊は98年6月ですから、創刊20年目に突入しました。ここからさまざまな商品が生まれ、それがほぼ日の経営を支えていますが、最初から今のビジネスモデルを考えていたのですか。

糸井 全く考えていませんでした。創刊したのは、みんなが集まる「場」をつくろうと。場をつくるのは得意なので、始めてしまえばなんとかなるかなとは思っていました。でもどうやって稼ぐかはなかなか見つかりませんでした。

―― 『ほぼ日』は無料で誰もが読めるし、広告も掲載されていません。広告収入を上げるのがもっとも手っ取り早いと思うのですが。

糸井 いやだったんでしょうね。もし広告を入れたら、そのための営業が必要になってくる。そして恐らくスポンサーは条件をつけてくる。そのやりとりをする自信が僕にはなかった。自分たちのやりたいことをやるために始めたのに、やらなければいけないことに変わるだろうなと。自分自身、広告屋でしたが、過去に広告によって駄目になるケースも見てきたので、過剰に考えたんだと思います。

―― 『暮しの手帖』の花森安治みたいですね。

糸井 花森さんは大政翼賛会で国策広告に携わってきたから、広告の力をよく知っていたんじゃないですか。僕らにそれほどの力はないけれど、広告を入れることで自分たちが主語でなくなることが怖かった。

社員の要望から生まれた「ほぼ日手帳」

―― 99年に「ほぼ日Tシャツ」を発売、物販が始まります。

糸井 スタッフ用のTシャツをつくろうとしていたら、「それ売れるんじゃないですかね」と言ったやつがいて、やってみたら、2300円のTシャツが約3千枚売れました。この780万円が、ほぼ日の最初の売り上げのようなものです。これは二重の意味でうれしかった。自分たちのためのTシャツがほかの人にも支持されたという喜び。そしてお金が入ってくることの喜びです。

 以来、さまざまな商品を販売してきましたが、基本的にはこのTシャツと同じように、自分たちが欲しい、必要だ、というものをつくり、それを売っています。

―― 2001年に「ほぼ日手帳」を発売します。ほぼ日の売り上げの7割は、ほぼ日手帳関連で占められているそうですが、この手帳はどういう経緯で生まれたのですか。

糸井 当時、週に2日ほど、食事をしながら何をつくろうかという会議を開いていました。社員はまだ4、5人しかいない時代です。でもろくなアイデアが出てこない。そんな中、ある社員が「生徒手帳が欲しい」と言ったんです。Tシャツ同様、社員が同じ手帳を使うことでアイデンティティを共有できる。アイデアを聞いた時に、これだと思いました。

 一時、広告関係の人は、皆、システム手帳を使っていた。僕もそうでした。でもそれを持っている得意げな自分が嫌だった。このように僕自身、手帳に悩みを抱えていた。そこで、誰もが欲しくなる手帳を作ろうと考えました。革ではなくナイロンのカバーで、文房具屋ではなくブティックに置いてもらえるような手帳です。中身については、以前からこういうものがあれば、というものを盛り込んでいきました。初年度の売り上げは3900円×1万2千部。今から思えば高い値段設定ですが、当時はそんなことは考えもしなかった。ただし、売れなかったら困るので、完全受注生産。今で言えばクラウドファンディングです。

 ほぼ日手帳を作って分かったのは、これは半完成品だということ。買った人が好きなように書き込んで、1年たって完成品になる。そして自分の使い方を人に自慢する。こういう使い方があるのかと、お客さんに教えてもらいました。今では61万部が売れ、海外のファンもたくさんいらっしゃいます。

糸井重里社長に芽生えた経営者の自覚

 ―― コピーライターとして一世を風靡した糸井さんですから、売り文句を考えるのは得意中の得意でしょう。

糸井 むしろ逆で、『ほぼ日』を読んでもらえば分かりますが、引きのいいキャッチフレーズはほとんどありません。若い頃は、つまんないものでも俺のコピーで売ってみせる、という思いがありました。でもそうじゃないんですね。誰がコピーライターでも売れる商品を作るべきで、広告はそのお手伝いにすぎません。本物以上に見せてはいけないのです。ですから『ほぼ日』のキャッチフレーズは、広告屋が作ったとは思えないものになっています。そしてこれは会社についても同じで、「うちの会社はこんなにいい会社です」ということは言いたくない。言葉ではなく、その中身をよくしていきたいと考えています。

―― ほぼ日が成長していく過程で、糸井さんはいつクリエーターから経営者に変わっていったのですか。

糸井 『ほぼ日』を始めるまでは、人間ドックを勧められても受けなくてもいいか、と思っていたものが、始めてからは受けなければならない、病気になってはいけない、健康を維持するのも仕事だと思うようになりました。ただ、経営者としての自覚があったかというとまだそうでもなかった。

 手帳を発売してから5年ほどたつと、事業の規模も大きくなってきます。リーダーとしての自覚も出てきた。でもまだビジネスのことはよく知りませんでした。この当時、読んだのが、アップルにジョン・スカリーが入り、スティーブ・ジョブズを追い出し、ダメになっていく過程を描いた本でした。スカリーが会議に出ると、ウサギの着ぐるみを着ている社員がいる。スカリーはそれが我慢できなかったそうです。

 この本を読んでから、働くとはどういうことなのか。ウサギを着ているのはいいのか悪いのか。普通の会社とはどんな会社なのか。いろんなことを考えました。それで目指したのが、きちんとした会社でありながら、ウサギを着てもかまわない会社です。この2つは相反するものではなく、両立するのではないかと考えたのです。現にシリコンバレーでは、成長し続ける会社でも、社員がモノを食べながら自由な服装で社内を歩いている。ほぼ日もそれを目指そう。むしろ会社としてきちんとしているからこそ、変な人たちも働くことができる。そのきちんとした会社であることの試験が、上場でした。ですからほぼ日が上場できたのは、ジョブズのお陰です。

 僕自身の反省もあります。コピーライターとして活動していた時のことですが、後半はプレゼンテーションの時はスーツで臨むようにしていました。僕の服装のせいでプレゼンに落ちたら、使ってくれた人たちに申し訳ないと思ったからです。でも、僕がスーツを着た時点で、プレゼンではなく儀式になってしまっていた。落ちない策を考えるつまらなさ。そうではなく、やりたいことをやり、言いたいことを言ったほうがうまくいく。そのことを身をもって知りました。ですから、上場に際してのロードショーでも、最初は証券会社の言うことを聞いておとなしくしていましたが、途中からは、たとえ相手が喜ばないことでも、言いたいことを言うように変えました。

面白かったという体験共有がほぼ日流

201708ITOI_P01―― 糸井さんの考える、ほぼ日らしさとは何ですか。

糸井 面白かったという体験を共有してほしい。3月に六本木ヒルズで「生活のたのしみ展」を開催しました。僕たちが、「こんな商店街があったら楽しい」という街をつくったのです。いらしてくれたお客さんには、「ほぼ日は面白いことやってるね」と思ってもらえたのではないでしょうか。これが一番の差別化です。ほぼ日がやることなら面白いはず、そう思ってもらえる商品やイベントを提供していきます。

―― その文化をDNAとして残していくためには何が必要ですか。

糸井 オフィシャルとしては、毎週開いているミーティングで、話し続けることです。これはとても大事なことです。でもそれだけで守っていけるなら、どんな会社でも企業文化を守っていくことができます。これを本当に根付かせるには、一つ一つの仕事の中で刻みつけていくことが大切です。ある仕事の中で、これはいいよね、あるいはこれはダメだねということを繰り返すことで、いい悪いの基準を共有していく。これを日々行っていくことで、ほぼ日らしさが未来につながっていくのだと思います。

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