マネジメント

古い慣習にとらわれない施策を次々に実行し、ネット証券会社の草分けとして業界に風穴を開けてきた松井道夫氏。その実績と業界に与えた影響の大きさについてはあらためて説明するまでもないだろうが、その言動から異端視もされてきた。独特の空気をまとう証券業界の風雲児の哲学に、神田昌典氏が迫る。構成=吉田 浩 Photo=森モーリー鷹博

雰囲気に押されて松井証券社長業を継ぐことに

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まつい・みちお 1953年長野県生まれ、東京育ち。76年一橋大学経済学部卒業後、日本郵船に入社。87年義父の経営する松井証券に入社。取締役法人部長、常務取締役営業本部長などを経て95年社長に就任。いち早くネット証券事業に参入し、同社を大きく成長させた。

神田 そもそも松井社長は、先代社長の婿養子として松井証券に入社されましたが、結婚の段階で社長になることは決まっていたのでしょうか。

松井 全くそんなことはありません。玉の輿に乗ったと言われることもありますが、結婚当初は、務台(むたい)というのが私の旧姓でした。結婚してしばらくしてから継ぐという話になり、社長になったら「松井証券の務台です」と名乗るのも面倒臭かったので、松井姓を名乗ることにしたんです。

神田 面倒くさいとは意外な言葉ですね。

松井 社長になることにしたのも、面倒臭かったからです。私は日本郵船の社員でしたが、たまたま結婚相手が松井証券の二代目社長のひとり娘だった。先代からは一言も「継いでくれ」とは言われませんでしたが、義母と妻は暗にそんな雰囲気を出していました。誰もそれを言葉にしないけれど、雰囲気は伝わってくる。そんな状況が面倒くさくなって、私の方から「継がせてください」とお願いしたんです。すると、先代は「おやんなさい。でもつまんないよ」と。呆気にとられましたね。

神田 思わず笑ってしまいそうな言葉ですね。

松井 その「つまんない」の意味が分かったのは社長になってからです。当時の証券業界はいわゆる護送船団方式で、大蔵省(現財務省)の監督が非常に厳しかった。証券だけではなく、銀行も保険業も、金融はみんなそうでした。自由な経営なんてできない。そういう意味で「つまんないよ」だったんです。

神田 イメージとして持っていた社長業、経営の面白さはなかったということでしょうか。

松井 というよりも、日本郵船時代はただの平社員ですから、経営のことなんて分かっていなかった。先代の言葉の意味が理解できたのはある程度たってからでしたね。

神田 その「つまらない」と言われた仕事を、松井さんは変えていかれましたね。護送船団方式の時代が終わるとはいえ、それまで長年続いていた形を変えていくのは、大変だったと思うのですが。

松井 私が松井証券に入った直後が、バブルのピークでした。数年で株価が何倍にもなる。当時、野村証券は4年で2兆円の利益、破綻した山一証券だって1兆円弱の利益を出していました。当社も規模なりの利益は出ていましたが、バブルが弾けると軒並み赤字へ転落です。誰も経営をちゃんとしていないんだから、市場環境が変わればダメになって当たり前です。当社だって、そのままならダメになる。自分から「継がせてください」と言っていますから、ダメになっても誰も恨めない。このままだと自分がバカだったということになってしまうので、それは嫌だからできることをやるしかない。そう考えただけです。

神田 それが30代後半のことですよね。そこで外交営業をやめたり、ネットに進出したりと、当時としては誰も思い付かなかったことを実行されたわけですが、社員はついてきたんですか?

松井 社長になって実質25年以上たちますが、その中で一番大きな仕事は外交営業をやめたことだと思っています。ただ、さすがに外交営業をやっていた社員は、何人もお客さまを連れて辞めてしまいましたね。

神田 それでも外交営業をやめた理由は何でしょうか。

松井 外交営業なんて、お客さまは望んでいなかったからですよ。外交営業は大きなコストが掛かります。そのコストは手数料などの形で、結局お客さまが負担している。当時はまだ手数料は自由化されていませんでしたが、遅かれ早かれ自由化される。そうなるとコスト競争になる。コスト競争が行われる環境では、不要なコストを放置していると負けるんです。だから最大のコストであり、不要な外交営業をやめました。ただし、ただやめるのではなく、コールセンターを整備して、そちらで外交営業の役割を担えると分かってからやめました。

松井証券社長の考える無意味な誠意とは

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神田 そうしたコスト意識というか、変化への対応力は、日本郵船時代の経験が影響しているのでしょうか。

松井 海運業界でも、私がいた頃に自由化がありました。私はオーストラリア航路を担当していたのですが、復航便の荷物はビール会社のモルトでした。日本郵船と同系列のビール会社もあったのですが、そこがなかなか荷を出してくれない。そこで話をしにいくと「誠意を見せろ」という。「誠意って何ですか?」と聞くと、新品のコンテナを使えと。そのためにわざわざコンテナを発注したんです。もちろん、コストは掛かります。それは、運賃で吸収しようというわけです。

 ところがそこに運賃の自由化がきて、一気に価格競争です。ビール会社も「運賃を下げろ」という。それでは新しいコンテナのコストが回収できないといっても通用しません。そこで気が付きました。競争というのは、あくまでもコスト競争なんだと。自由化されていなくて、コスト競争にならないから、全く意味がない新品のコンテナを誠意だと言われてしまう。コスト競争になったら、誰もそんなものは要りません。

 実は、外交営業を担当していた社員に話を聞いたことがあります。彼らは本来相場のプロです。しかし、プロであればあるほど、「相場はこう動きます」なんて言わない。「絶対」がないことをよく知っているからです。では、何を持ってお客さまに満足していただくのかというと、みんな「誠意です」と。日本郵船時代にも同じ言葉を聞いたなと思い、誠意しか売りがないならやめてしまおうと思ったんです。

神田 外交営業を全部やめることに関して、周囲に相談はされなかったのですか。

松井 先代には相談しました。証券業界で何十年も経営者としてやって来られた方ですから。ところが、相談すると「あなたがそれでいいと思うなら、おやんなさい。ただし、あなたの責任でね」と。これしか言わなかった。ある意味、すごいですよね。証券会社の社長業を「つまらない」と言いきった人です。そして「おやんなさい、自分の責任で」ですから。社長とは何か、社長は何をすべきかを見抜いていたんです。私自身、そこで反対されても自分の考えを変える気はなかった。もしもそこで反対されていたら、その場で会社を辞めていたでしょうね。

神田 「おやんなさい」とは深い言葉ですね。

松井 一度、妻に聞いたことがあるんです。私は義父に嫌われているんじゃないかと。すると妻は「そうじゃないと思う」と言うわけです。実の娘である妻から見ると、義父は基本的に真面目で温厚な人だけれど、時にとても冷たいと感じるそうです。冷酷というのではなく、物事を決めるとき、こうと決めたら完全に割りきってしまう。そういう怖さを感じるけれど、あなたは嫌われていないよと言うんです。「道夫君がバカだったら、私が何を言っても耳を貸さないだろう。利口だったら、私が何も言わなくても分かっているはずだ。だから何も言わない。彼がバカか利口かは分からないけどね」と言っていたと。ウィットに富んだ面白い人でしたが、こう言われたら身も蓋もありません。

先代から受け継いだリーダー論

201710KANDA_P01神田 日本郵船時代は社長の仕事のイメージはなく、先代からも特にアドバイスも受けていないということですが、社長業はこうあるべきだというようなことは、どのように学ばれたのですか。

松井 先代は1人で経営をして、1人で決めてきた人でした。私にも「あなたの責任でおやんなさい」ですから、社長というのは自分で決断して行動するものだと思っています。多数決で決める、相談して決めるというのでは、リーダーではない。バブル崩壊の前に、経済同友会で素晴らしい経営者の方々とお話をする機会がありました。その方々が「このままだと日本経済は落ちるところまで落ちる」とおっしゃっていた。その理由が、「民間企業が官僚化していくから」だと言うんです。官僚化とは「決断しない」「無謬性がある」ということです。無謬性、つまり自分は正しいと信じている。だから責任は取らない。でもそれを民間がやったらダメだと言うんです。

 なんと、その後の日本はその言葉通りになってしまった。大企業の経営者といっても、社長がいて、副社長や取締役がたくさんいて、取締役会やさまざまな会議で多数決で物事を決めていく。誰も決断していないから、誰も責任をとらない。最近はホールディングス体制の会社も増えていて、ますます責任の所在が不明瞭になっています。昨今の日本企業の不祥事の一因も、民間の官僚化にあると思いますよ。

松井証券社長が子ども時代に読みたかった数学の本と世界文学

神田 最後の質問ですが、松井さんが子ども時代の自分に一冊、本を送るとするなら、何をお送りになりますか。

松井 あまり本を読まない子どもだったんです。だから、もっと読んでおけば良かったなという意味で『数学おもちゃ箱』という古い本を読ませたい。叔父から贈られた本ですが、私はもらったまま読まなかった。高校時代にやっと開いてみて、「あぁ、小学生の時に読んでいたら、数学を嫌いにならなかったのに」と思いましたね。難しい数式や図形は載っていないんですが、数学の楽しさを教えてくれる本です。小学生時代の私に、「ちゃんと読んでおけ」と伝えたいですね。

(かんだ・まさのり) 経営コンサルタント、作家。1964年生まれ。上智大学外国語学部卒。ニューヨーク大学経済学修士、ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営学修士。大学3年次に外交官試験合格、4年次より外務省経済部に勤務。戦略コンサルティング会社、米国家電メーカー日本代表を経て、98年、経営コンサルタントとして独立、作家デビュー。現在、ALMACREATIONS代表取締役、日本最大級の読書会「リード・フォー・アクション」の主宰など幅広く活動。

 
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