マネジメント

 もうすぐ4月。新たなスタートである春は、新人はもとより、ベテランであってもあらためて自分の「仕事」や「働き方」について見つめ直すチャンスである。2つの不祥事を乗り越え、働く上で大切にすべきことを取り戻した、三井物産の槍田松瑩会長に話を聞いた。(聞き手/本誌・古賀寛明、撮影/森モーリー鷹博)

「人の三井」を取り戻すために

 ーー 三井物産では「良い仕事」をしようという取り組みがあるそうですね。

(うつだ・しょうえい)
1943年、東京都生まれ。東京大学工学部卒業後、三井物産入社。業務部長などを経て、2002年社長、09年より会長。10年より日本貿易会会長も務める。

 槍田 事業会社というのは利益を上げなければなりません。利益はとても大切なものです。

 でも、法に触れるか、触れないかの多少グレーな仕事をしてまで利益を上げてほしいということでは全くなく、きちっとした価値を創造して得たものでなければなりません。そういう当たり前のことをシンプルですが「良い仕事」という言葉で表しています。

ーー どのような経緯で生まれた言葉ですか。

槍田 この言葉が生まれた背景には、三井物産を揺るがした2つの事件があります。2002年の国後島のディーゼル発電施設の入札事件、04年のDPF事件といわれる、排ガス浄化装置のデータねつ造事件がそうです。

 世の中の価値観が変化し、かつてのイエローカードがレッドカードになったということもありますが、悲しいことに、これらの事件ではいずれも社員の中から逮捕者が出てしまったんです。会社は逮捕されるような仕事をしてほしいとは微塵も思っていませんし、逮捕された社員の人生が台無しになってしまうことなど願っているはずもありません。

 その時に、もう一度基本に戻ろうと。その結果、会社のスローガンとして徹底していかねばならないと思った価値観が「良い仕事」という言葉につながったのです。

 原因のひとつとして、世界中のあらゆるところで、あらゆる種類の仕事をしている総合商社は、仕事も、働く場所も多岐に渡っていることもあって、会社が一つひとつのビジネスに対して「利益」の元となるバックグラウンドを見極めることが難しいという点を挙げることができます。仕事の成果を見ようとすると、どうしても評価は数字に偏っていました。

 もうひとつは、競争意識が強いという点です。数字をベースに組織とか個人のパフォーマンスを評価していると、多少グレーな部分であってもついつい踏み出して、数字をあげて会社にアピールしようという人も出てきました。残念ながら、それらが事件につながったわけです。

ーー 「言葉」に込めた想いは。

槍田 製鉄メーカーなら良い鉄鋼製品をつくろう、自動車メーカーであれば良い自動車をつくろうと言えるのですが、三井物産はひと言では括れないほど、仕事に広がりがあります。海外にも3千名を超える現地スタッフがいますので、いろいろと考えた結果、簡単で分かりやすい「良い仕事」という言葉になりました。

 ただ、金融資本主義の流れもありましたし、ありとあらゆるものがランキング付けされるような風潮で、「総合商社が通った後はペンペン草も生えない」と言われていた時代の価値観の方々からは「そんなのんびりしたことを言っていると、みんな働かなくなるぞ」とも言われました。

 でも、そこは覚悟して、「ビッグプロフィットカンパニーも立派だが、その前にグッドカンパニーというものもあるのではないのか、私は単に利益の最大化を目指すことはしませんよ」と言ったことを覚えています。

 事件の処理で大金を投入していましたし、赤字も覚悟していましたが、ラッキーなことに、中国経済の躍進などによる資源、エネルギー関係の好調さもあって、利益を積み重ねることができ、社員にも「良い仕事」が浸透したように感じます。

ーー では、追い風が吹かなければ、「良い仕事」の浸透は難しかったのでしょうか。

槍田 いや、そんなことはないと思っています。既に、2つの事件を起こしてツーストライクになっていたんです。「もうひとつ、スリーストライクになったらアウトだ。もう1回何か事が起こったら三井物産は潰れるしかない」と思っていましたから。この会社は、商売を生業としている会社なので「信用」で成り立っているんです。根幹の信用がなくなれば、立つ基盤がなくなります。全社を揺るがした事件でしたからね。社員一人ひとりにとっても期するものはあったと思っています。だから、仮に追い風がなかったとしても、「良い仕事」が浸透していく中で、納得するだけの利益を上げていたと信じています。

ーー 社員とも積極的にコミュニケーションをとったようですね。

槍田 スローガンだけだと分かりづらいですし、職制に任せて伝えるのが組織でしょうが、そんな悠長なことも言っていられない、真意が伝わらないと困りますので、ダイレクトなコミュニケーションを取ろうとしました。経営と現場との距離が開いてしまったような気がしていましたし、危機に見舞われると、社員も経営に対して不信感を持つでしょうから、直接話すことで乗り越えなくてはならないと思いましたね。社員も本音でぶつかってきまして、「なぜ、あなたは辞めないんですか」など、そんな話も出ましたよ。

ーー 社員教育に「教養」を入れておられますが。

槍田 「良い仕事」とも関連するのですが、優秀な社員の集団であることは間違いないと思っていますし、皆、よく勉強もしています。仕事上必要なスキルは、すごい勢いで習得します。ただ、事件を振り返ると、このような集団に対して何が必要なのかなと考えたら、広義の教養というものが浮かんできました。教養に触れることで、「人間とはこういう生き物なんだ」、「世の中にはこんなにさまざまな価値観があるんだ」など、新たな気付きが自分自身の人生を豊かにすることになるし、社会との付き合い方を変えていくのではと考えています。

ーー ブラック企業など、会社が儲けを最優先させる場合、社員はどのように仕事に取り組むべきですか。

槍田 確かに儲けは大事ですし、事業会社が利益を目指して頑張っているのはどこも同じです。生んだ価値がストレートにお金に変わっていくという大前提のもとに事業を行っていくこと自体は間違ってはいないと思うんですが、「順番」が大事だなと思っているんです。

 生んだ価値をお金に変えていくのが、目指すところであって、合法的でありさえすれば何をやってもいい、とにかく金を儲けようという風に順番をひっくり返して考えてしまうと、結果として思ってもみないところに行ってしまうのだということですね。自分の人生を、自分の時間をそこに投入して納得できる、十分やりがいを感じる仕事でなければ長くは続かないし、納得感がない仕事はやりがいもないですよね。

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