政治・経済

きどころ・いわお 1941年生まれ。東京大学法学部卒業、ニューヨーク大学修士号取得(経営学、法学)。NTTアメリカ上席副社長、米国弁護士(ニューヨーク州、首都ワシントン)、成蹊大学法学部教授を経て2009年より現職。2016年までは成蹊大学法科大学院非常勤講師も務める。デジタルネット時代の著作権問題に精通した国際IT弁護士として活躍。著書に『米国通信戦争』、『米国通信改革法解説』(木鐸社)、『著作権法がソーシャルメディアを殺す』(PHP新書)、『フェアユースは経済を救う~デジタル派遣戦争に負けない著作権法』(インプレスR&D)、『JASRACと著作権、これでいいのか』(ポエムピース)などがある。

 

JASRACを音楽教室が訴えた背景と過去の判例

 

音楽教室から著作権料を徴収すると発表したJASRAC

 

 JASRAC(日本音楽著作権協会)は、2018年1月より音楽教室から著作権料を徴収すると発表した(2017年2月)。音楽教室事業者はJASRACの方針に反対するため、「音楽教育を守る会」を結成、2017年6月、JASRACに対して音楽教室における演奏については、著作権料の請求権がないことの確認を求める訴訟を起こした。

 この訴訟について報じた2017年7月21日付の朝日新聞は、浅石道夫JASRAC理事長のコメントを紹介している。

 

だが浅石氏は「法的な検討は尽くしており、百%の自信がある」。カラオケスナックでの客の歌唱を店側の歌唱とみなすという1988年の最高裁判決、いわゆる「カラオケ法理」を勝ち取り、それを適用してカラオケボックスをめぐる裁判などで勝訴を重ねるなど「裁判例を築き上げてきた」というのだ。

 

JASRAC常勝の契機となったカラオケ法理とは?

 

 カラオケ法理を生んだ1988年の最高裁判決はクラブキャッツアイ事件判決。浅石氏の指摘するようにJASRACにとっても、その後の訴訟を有利に展開する土台をつくった判決となったが、日本の著作権関連事件判決にいまだに大きな影響力を持つ判決にもなった。

 クラブキャッツアイ事件とは、著作権使用料を払わずに楽曲を利用しているカラオケ店の店主をJASRACが訴え、最高裁もカラオケ店の店主の著作権侵害を認めた事件だ。

 この判決のキーポイントは「著作権を侵害しているのは客か? カラオケ店主か?」だった。最高裁はカラオケ店主が、[1]客の歌唱を管理している、[2]売上を上げるためにカラオケを許可した、という理由でカラオケ店主に責任があるという判決を下した。

 カラオケ店主は客に場所を提供しているだけで、演奏をしているわけではない。客も、「歌う=演奏する」とみなされるが、歌うことでお金を儲けているわけではないので、非営利の演奏を認めた著作権法第38条により著作権侵害にはならない。しかし、カラオケ店主は客の演奏によって、売上をあげたため、著作権を侵害したとみなされた。

 こうした判決が下された背景には、当時、多くのカラオケ店主が著作権料を支払わずカラオケ店を運営していたことが挙げられる。最高裁は、この事態を改善したいと考え、客の演奏を「カラオケ店主の演奏」とみなすことにした。これがいわゆる「カラオケ法理」で、その後、インターネット関連の新サービスにも広く適用されるようになった。

 そうしたサービスで著作権を直接侵害しているのは利用者だが、カラオケ法理を適用して、サービスを提供する事業者に侵害責任を負わせる判決が相次いだ。このため、日本のIT化を遅らせたと元凶視される判決にもなった。

 

JASRACは音楽教室生徒の演奏も事業者の演奏と主張

 

 いずれも下級審判決だったが、2009年最高裁は、まねきTV・ロクラクII判決でカラオケ法理を再審理することになった。どちらもテレビ番組の録画・転送サービスをめぐる裁判で、海外に住む日本人が日本のテレビ番組を視聴できるサービスだった。

 会社が親機で番組を受信・録画し(まねきTVは受信のみ)、海外のユーザーは指定した番組を子機で視聴する。このサービスに対して、NHKと民放のテレビ局は許可なしに番組を複製・公衆送信したとして、著作権侵害で会社を訴えた。

 著作権は権利の束といわれるように多くの権利から成り立っている。それらは代表的な複製権の例でいえば、無断で複製されない権利であり、ネット時代に関係する公衆送信権は無断で大勢の人にコンテンツが送信されないようにするための権利。テレビ局は複製権侵害(ロクラクII)、公衆送信権侵害(まねきTV)を主張した。

 これに対して、会社側は複製するのは録画を指示するユーザーなので私的複製に当たる(ロクラクII)、インターネットを通じて番組を転送するが、会社に置く親機は1対1の送信を行う機能しかないので、公衆送信権の侵害は成立しない(まねきTV)などと主張し、知財高裁はこれを認めた。

 インターネット・サービス事業者をはじめIT業界は、カラオケ法理の呪縛から解き放たれる日の到来に期待した。しかし、最高裁は知財高裁判決を覆し、会社が複製(ロクラクII)や公衆送信(まねきTV)をしたとして著作権侵害を認める判決を下した。

 訴訟の話に戻ると、浅石理事長は「講師は教室を運営する事業者の従業員であり、その演奏は事業者の演奏と変わらない」と主張する(2017年7月21日付、朝日新聞)。生徒の演奏については、生徒の演奏は第38条1項の「営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金を受けない」場合にあたり、許諾なしに演奏できるため、カラオケ法理を適用して、生徒の演奏も事業者の演奏と主張しているようである。

 この点については、著作権法の学者が、カラオケ法理によって生徒の演奏にまで請求権がおよぶかは疑問としており、「100%の自信がある」との浅石氏の発言は言葉どおりには受け取れない。しかし、以下で紹介する過去の裁判例からはJASRACが有利であることは間違いない。

 

音楽教育を守る会の主張とJASRAC の反論

 

音楽教育を守る会の主張1.「公衆」に対する演奏ではないこと

 

 音楽教育を守る会は、ホームページの「活動トピックス」で主張を要約している。主張は3点あるので、それぞれの主張に対するJASRAC の反論も紹介する。ただし、JASRACは裁判関連の情報は公開していないので、新聞報道からの引用である。

 

 音楽教室における演奏は、教師と生徒が教育目的で結合された特定かつ少数の者の間の演奏であり、「公衆」に対する演奏ではない。1対1の個人レッスンや講師1名と3~5名程度の生徒で行われるレッスンにおける演奏が「公衆」に対する演奏であるとは考えられない。

 現行法制定時の資料にも、学校教育であるか社会教育であるかを問わず、教室という閉鎖的な場における著作物の使用は「公でない使用」であることが明記されており、以後、45年以上の間、社会教育における教室での授業については、演奏権が及ばないと理解されてきた。

 

→JASRAC理事長の反論

 

一人の受講生のみを対象にした音楽の再生でも「公衆」にあたるとの判例があり、教室内における演奏の公(おおやけ)性はすでに結論が出ています。争うことは何もありません。(2017年2月20日付、日経産業新聞)

 

  一人の受講生のみを対象にした音楽の再生でも「公衆」にあたるとの判例は、2004年の社交ダンス教室事件名古屋高裁判決だ。

 社交ダンスを教授する際に無断で音楽を演奏していたダンス教室をJASRACが訴えた。ダンス教室は、受講者に対してのみ演奏するので、公の演奏にあたらないと主張。名古屋地裁は誰でも受講生になれるため、公衆に対するものとすべきである、実際の対象者が少数であることは、必ずしも公衆であることを否定するものではない、としてダンス教室の主張を退け、名古屋高裁もこれを支持した。

 

音楽教育を守る会の主張2.「聞かせることを目的とした」演奏ではないこと

 

音楽著作物の価値は人に感動を与えるところにあるが、音楽教室での教師の演奏、生徒の演奏いずれも音楽を通じて聞き手に官能的な感動を与えることを目的とする演奏ではなく、「聞かせることを目的」とはしていない。

 

→JASRAC理事長の反論

 

 著作権を勝手に解釈しています。また、著作権法は第38条で『営利を目的とせず、かつ、聴衆又は観衆から料金を受けない』場合は演奏できるとしているだけです。教育だから演奏しても自由だとも言っていません。(2017年2月20日付、日経産業新聞)

 著作権法は、演奏権が及ぶケースを「公衆に聞かせる目的の演奏」と定めるが、「カラオケボックスでの一人カラオケも「聞かせる目的の演奏」と認定されている。音楽教室の生徒の演奏も、自分や先生に聞かせるもので、演奏権は働く。講師は教室を運営する事業者の従業員であり、その演奏は事業者の演奏と変わらない」と主張する。(2017年7月21日付、朝日新聞)

 

  カラオケボックスでの一人カラオケも「聞かせる目的の演奏」であるとした判例は、2008年のビッグエコー事件判決。JASRACはカラオケ装置で管理著作物を無断で使用しているカラオケボックス経営者を訴えた。東京地裁は、店舗に来店する顧客は不特定多数なので、一人カラオケのカラオケ装置による音楽の再生や映像の上映は、公衆に直接聞かせ、見せることを目的とするという判決を下した。

 

音楽教育を守る会の主張3.著作権法の立法目的(法第1条)にもそぐわないこと

 

 教育のための著作物の利用は、第1条の「文化的所産の公正な利用」に含まれるところであり、また民間の音楽教室という社会教育なくして音楽文化の発展はあり得ず、社会教育における音楽教育は、まさに同条の「文化の発展に寄与する」という著作権法の目的を実現するものであり、このような著作権法の目的に背を向けるような第22条の解釈は許されない。

 

 著作者の演奏権(無断で演奏されない権利)について定めた第22条を根拠に、未来の音楽文化を担う子どもたちから著作権料を徴収することは、文化の発展に寄与する著作権法の目的にも反するという主張である。

 

JASRAC理事長の反論

 

 使用料徴収は文化発展こそが目的です。教室側が設立した「音楽教育を守る会』は「文化の発展に寄与するという著作権法の目的に合致しない』という声明を発表していますが、本当に著作権法を読んでいるのだろうか、と思ってしまう。

 現行の著作権法を起案した加戸守行氏は著書で、著作権法第1条の「文化発展の寄与」について、著作権者の経済的、人的な利益を確保して著作権者の苦労に報いる、そうして優れた著作物が生み出されて文化の発展に寄与する、と示されている。つまり、「創造のサイクル」を作りましょうということ。権利者にお金が回ることが、新しい作品を生むのです。(2017年2月20日付、日経産業新聞)

 

 創造のサイクルを回すためにも著作権料を徴収する必要があると主張しているが、音楽と出合う機会を奪うことによって、逆に創造のサイクルを衰退させるおそれもある。

 著作権法の権威である中山信弘東大名誉教授の言葉を借りれば、「木の枝を切り込みすぎて幹まで殺してはいけない。音楽教室に対して必要以上に著作権者の権利を主張すれば、音楽文化が発展しなくなるかもしれない」という懸念である(詳しくは近著、「JASRACと著作権、これでいいのか~強硬路線に100万人が異議」参照)

 

改正著作権法はJASRACの請求権に影響するか?

 

改正著作権法に盛り込まれた権利制限規定とは

 

 改正著作権法が2018年の通常国会で成立し、2019年1月から施行される。今回の改正の最大の目玉は「デジタル化・ネットワーク化の進展に対応した柔軟な権利制限規定の整備」である。

 IOTや第4次産業革命など新たなデジタル技術が発展するなか、知財戦略本部は環境変化に対応した著作物利用の円滑化を図り、新しいイノベーションを促進するため、知的財産推進計画2016で新たに「柔軟性のある権利制限規定」の検討を提案した。この提案を受けて文化庁が検討した柔軟な権利制限規定を盛り込んだ著作権法改正案が今国会で承認された。

 改正法に盛り込まれた柔軟な権利制限規定は3つある。そのうち、今回の訴訟に関係しそうなのが、第30条の4の「著作物に表現された思想又は感情の享受を目的としない利用」である。条文は長いので、文化庁のホームページに掲載されている条文の骨子を以下に紹介する。

 

著作物は、次に掲げる場合その他の当該著作物に表現された思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合には、その必要と認められる限度において、いずれの方法によるかを問わず、利用することができる。ただし、著作権者の利益を不当に害する場合はこの限りでない。

①著作物利用に係る技術開発・実用化の試験

情報解析

③ ①②のほか、人の知覚による認識を伴わない利用

 

司法に任される「享受目的」の判断

 

 上記のとおり、音楽教育を守る会は「音楽著作物の価値は人に感動を与えるところにあるが、音楽教室での教師の演奏、生徒の演奏いずれも音楽を通じて聞き手に官能的な感動を与えることを目的とする演奏ではなく、『聞かせることを目的』とはしていない。」と主張する。これが、「思想又は感情を自ら享受し又は他人に享受させることを目的としない場合」にあたるかどうかである。

 国会での審議では、「主たる目的が享受でなければ、享受を伴ったとしても適法か?」との質問に対して、中岡文化庁次長は「第30の4は、享受の目的がないことを権利制限の要件としているため、主たる目的が享受のほかにあったとしても、同時に享受の目的もあるような場合には同条の適用はない。」と回答した。このため、享受目的が少しでもあれば、利用できないことになる。

 ただ、この「享受目的」という表現は抽象的なので、国会審議でも最も質問が集中した文言の一つとなった。具体例をあげて、「こういう場合は享受目的といえるのか?」と質問する議員も現れたため、中岡次長は「最終的には司法判断になるが、」と断った上で、回答するケースもあった。

 このように裁判所の判断に任される余地が出てきたことは、音楽教育を守る会にとっては朗報である。仮に音楽教室のレッスンに第22条の演奏権にもとづく請求権がおよぶと判断されたとしても、新30条の4の権利制限にあたるとして、やはりJASRACに請求権がおよばないとする判決が下りる可能性が浮上してきたからである。

 

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