政治・経済

「自動車をつくる会社からモビリティカンパニーへ」――。世界を代表する自動車メーカー・トヨタが変革を宣言した背景には、自動車に対する人々のニーズの変化がある。ポスト平成時代、クルマの使い方はどう変化するのだろうか。キーワードは「所有から利用へ」だ。文=和田一樹

 

あらゆる分野で進む所有から利用への変化

 

 今から20年前、さくら銀行で専務を務めた大野剛義氏が『所有から利用へ』(日本経済新聞社)という本を出版した。そこには、個人も企業も何でも自前で抱え込む「所有」の時代は終わり、質と効率を求める「利用」の時代へと向かうのだと書かれている。

 『所有から利用へ』が出版される前年、1998年と言えば流通王・中内功氏が率いたダイエーが大量閉店を開始した年だ。

 ダイエーは出店する先の不動産や周辺の土地を自己保有する戦略を採った。物流センターや警備までも子会社で行うなど、徹底的な自前主義を貫いた。

 日本経済が大きく成長している時代、この戦略は好循環を生んだ。店舗出店時に購入した土地は地価の上昇により担保価値が高まる。次に、価格が上昇した土地を担保に銀行から借り入れを行う。それを元手にし、新たな土地を購入し、そこへ出店する。

 こうしたダイエーの快進撃はバブルの崩壊とともに一転する。地価の下落、消費の減少、負の連鎖で経営は悪化し、2004年には産業再生機構入りすることになった。

 その後、業界の覇権をとったのはイトーヨーカドー。出店は賃貸にこだわり、物流システムも搬入業者に負担させた。所有から利用へ、象徴的な時代の変化だった。

 価値観の変化は消費スタイルにも表れた。00年代以降に社会人になった「ミレニアル世代」と呼ばれる層は、所有への興味が乏しいといわれる。

 近年、そうした消費スタイルの変化を背景にして、Netflixのように毎月定額料金を支払って、映画やドラマが見放題になる動画配信サービスの利用者が増加している。

 当初、こうした定額課金制のサブスクリプション型ビジネスは、デジタルコンテンツ領域で顕著だったが、次第に自転車や洋服、コスメなど非デジタルの領域に進出するようになった。この変化も所有から利用への動きを加速させている。

 

個人間カーシェア会社を設立するDeNAとSOMPOの狙い

 

個人間カーシェアのメリットとは

 2019年2月5日、トヨタ自動車が、子会社のトヨタフィナンシャルサービスと住友三井オートサービスの出資により、サブスクリプションサービスの新会社KINTOを立ち上げると発表し話題になった。2月13日の会見で同社・小寺信也社長は「今回のサブスクリプションサービスは、こんなクルマとの付き合い方もありますよということを、こちらから提案するという意味で、モビリティ会社になったトヨタからお客さまへの新しいメッセージ」と述べた。

 世界を代表する自動車メーカーから飛び出した、新たなクルマの利用スタイルだった。

 2月28日にはDeNAとSOMPOホールディングス(以下、SOMPO)が、個人間カーシェア事業の合弁会社「DeNA SOMPO Mobility」とマイカーリース事業の合弁会社「DeNA SOMPO Carlife」を設立することを発表。

 「DeNA SOMPO Mobility」は、DeNAが展開してきた個人間カーシェアリングサービス「Anyca」(エニカ)を引き継ぐ。エニカは個人が所有している自家用車を、オーナーが使っていないときに貸し出すためのプラットフォームとして、15年9月にスタートした。

 カーシェアというとタイムズ24が運営する「タイムズカープラス」などB2Cのサービスが一般的だが、エニカの特徴はC2Cのサービスであること。宿泊業界では、個人宅を宿泊施設として提供する「民泊」という仕組みが普及しているが、C2Cのカーシェアリングは民泊の自動車版だ。

 B2Cのカーシェアリングでは、貸し出す企業が車両のメンテナンスを行うため、メンテナンスコストも利用料金に乗せられている。対して自家用車のカーシェアリングの場合、その分より低価格な料金で利用することができる。

 クルマの所有者にとっても、使わない間は停めているだけだった車を貸し出すことで収入が得られれば、結果的に車の維持費を低減することができる。DeNAの試算によれば、自家用車の年間稼働率はわずか3%。維持費が高いのにほとんど動いていないのだ。使っていない時間を有効活用できるとすれば悪い話ではない。

DeNAとSOMPOが保有する利用者データを活用

 現在、エニカ会員数は20万人以上、登録車数は7千台以上、累計カーシェア日数は10万日以上と、個人間カーシェアでは最大手として業界を牽引してきた。さらにこれまでの利用実績から、場所と車種ごとにだいたいどれくらいの収入が得られるか、データも蓄積されている。

 一方で、SOMPOは1300万件の自動車保険契約者を抱えており、契約者の所在、所有する車種、使用頻度など詳細なデータを持つ。

 両社のデータを照らし合わせれば、自動車保険加入者それぞれに対して、仮にエニカを利用した場合の収益など的確な情報を元にエニカ利用を提案することができる。さらに全国約5万店の保険代理店を活用すれば、ITに不慣れでエニカの利用を躊躇する高齢者層にもリーチできるようにもなる。

 「DeNA SOMPO Mobility」では、19年夏ごろから新しい取り組み「0円マイカー」を始めることも発表した。

 これは、エニカで運用することを前提に、DeNA SOMPO Mobilityが車両を貸し出すサービス。借主も一定回数は無料で使用できるという。車両を置くために駐車場を用意する必要があるが、駐車スペースに余裕のある人は、0円に近い実質負担料金で“マイカー生活”が送れるようになる。

南場智子・DeNA会長と西澤敬二・損害保険ジャパン日本興亜社長

南場智子・DeNA会長(左)と西澤敬二・損害保険ジャパン日本興亜社長(右)

 

「サブスク+シェアリング」という新しいクルマの使い方

 

保険会社と組むことでユーザーの安心感を担保

 2月28日の会見で発表があったもう1つの合弁会社「DeNA SOMPO Carlife」は、19年6月から「マイカーリース事業」を開始する。

 これには価格設定の面で面白い特徴がある。それは、リースで所有するクルマを前述のエニカに登録できることだ。リースで借りたクルマをカーシェア用にも活用する。こうすることで、リース料からカーシェアで得た収入を差し引けば実質負担額を抑えられる可能性がある。

 IT大手とメガ損保の提携が提案するのは、サブスクリプション+カーシェアという新しい車の使い方だ。

 こうしたクルマの新しい利用方法が定着するためには利用者の安心感が欠かせない。

 会見の席でDeNAの南場智子会長は「車のライフスタイルを変えていく上で最大のボトルネックは不安。その不安を取り除くことが、大きく世の中を変える上で重要になる」と述べた。

 C2Cのシェアサービスの場合、知らない相手に私物を貸すということに心理的なハードルがある人も多い。ましてや車というのはプライベートな空間という印象も強く、抵抗感は否めない。このライフスタイル、染みついた価値観を変えるためにも、保険による「安心・安全」の担保がこれまで以上に求められている。

 損害保険ジャパン日本興亜・ビジネスデザイン戦略部長の中村愼一氏によると、例えば、エニカで使用された時間に応じて、車を提供したオーナーの自動車保険を割り引く案や、貸した車が返却されなかった場合には、その損失を補填するような保険を提供する案があるという。

 保険制度の面からユーザーの安心感を担保できればサービスのさらなる普及が期待できる。

「大きな変化」を強調するDeNA・南場会長

 DeNA・南場会長はエニカについて

 「時代を象徴する要素がある。何をもって自己表現をするか。昭和の時代は所属や持ち物で自己表現をする時代だった。平成にインターネットが普及して、SNSによって持ち物ではなく、何をしているのか、誰とつながってどんな時間を過ごしているかで自分を表現していく時代に様変わりした。クルマの所有から利用へという変化も、大きな潮流がある。大きな変化なので、DeNA単独では限界がある。力強いパートナーと共同で推進する」と語った。

 高度成長期、カラーテレビやクーラー、自動車が「新三種の神器」と呼ばれた。クルマは所有の象徴だった。人々の消費スタイルは時代とともに変化する。モノとしてのクルマをつくるのは自動車メーカーにしかできないが、移動サービスの提供ならばメーカー以外でも行える。

 クルマの新たな利用方法をめぐった動きは今後より活発になりそうだ。

関連記事

好評連載

深読み経済ニュース

一覧へ
一般社団法人かぎろい出版マーケティング代表 西浦孝次氏

[連載] 深読み経済ニュース解説

2015年の経済見通し

[連載] 深読み経済ニュース解説

再デフレ化に突入し始めた日本経済

[連載] 深読み経済ニュース解説

消費税率引き上げ見送りの評価と影響

[連載] 深読み経済ニュース解説

安倍政権が解散総選挙を急ぐ理由

実録! 関西の勇士たち

一覧へ

稀有のバンカー、大和銀行・寺尾威夫とは

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第20回)

実録! 関西の勇士たち

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第17回)

三和銀行の法皇・渡辺忠雄の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第14回)

住友の天皇・堀田庄三の人生

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第11回)

商売の神様2人の友情 江崎利一と松下幸之助

[連載] 実録! 関西の勇士たち(第7回)

関西財界の歴史―関経連トップに君臨した芦原義重の長期政権

ビジネストレンド新着記事

注目企業

一覧へ

未来のモビリティ社会実現に向け日本と欧州の懸け橋に―シェフラージャパン

自動車産業・産業機械の世界的サプライヤー、シェフラーグループの日本法人で2006年イナベアリングとエフ・エー・ジー・ジャパンが合併して設立。国内4拠点で自動車エンジン、トランスミッション、シャーシなど精密部品、産業機械事業を展開する。文=榎本正義四元伸三・シェフラージャパン代表取締役・マネージング…

シェフラージャパン代表取締役 マネージング・ディレクター 四元伸三氏

日本一歴史の長い女性用化粧品会社が挑む「革新と独創」―伊勢半

【特集】2019年注目企業30

新社長登場

一覧へ

地域に根差した証券会社が迎えた創業100周年―藍澤卓弥(アイザワ証券社長)

中堅証券会社のアイザワ証券は今年7月、創業100周年を迎えた。この記念すべき年に父からバトンを受け継ぎ新社長となったのが、創業者のひ孫にあたる藍澤卓弥氏。地域密着を旗印に掲げてここまで成長してきたアイザワ証券だが、変化の激しい時代に、藍澤社長は何を引き継ぎ、何を変えていくのか。聞き手=関 慎夫 Photo:西…

メディカル事業を横串にすることでシナジーを発揮し、顧客満足度向上へ 伏見有貴(リゾートトラスト社長)

新事業の芽を伸ばすことでさらに大きな個性的な会社を目指す――日髙祥博(ヤマハ発動機社長)

イノベーターズ

一覧へ

ペット仏具の先駆企業が「ペットロスカフェ」で目指す癒しの空間づくり

家族のように接していたペットを亡くし、飼い主が大きな喪失感に襲われる「ペットロス」。このペットロスとなってしまった人々が交流し、お互いを癒し合うカフェが、東京都渋谷区にオープンした。「ディアペット」を運営するインラビングメモリー社の仁部武士社長に、ペット仏具の世界とペットロスカフェをつくった目的について聞いた…

元引きこもり青年が「cluster」で創造する新たなVRビジネスとエンターテインメント(加藤直人・クラスターCEO)

日本人の英語学習の課題解決に向け、学習者目線のアプリを開発―― 山口隼也(ポリグロッツ社長)

大学の挑戦

一覧へ

専門分野に特化した“差別化戦略”で新設大学ながら知名度・ブランド力向上を実現――了徳寺大学・了徳寺健二理事長・学長

2000年設立で、了徳寺大学が母体のグループ法人。医療法人社団了徳寺会をグループ内に持つ。大学名の「了」は悟る、了解する、「徳」は精神の修養により、その身に得た優れた品性、人格を指す。「了徳寺」は人間としての品性、道を論す館の意味を込めた大学名だ。 聞き手=本誌/榎本正義 、写真/佐々木 伸教育部…

大学の挑戦

創立100周年、西南学院大学・K.J.シャフナー学長「世界に貢献しインパクトを与える人材を育てる」〜国際交流・就職支援・インターネット出願〜 

「“STAND BY YOU”のスローガンの下、学生一人ひとりに寄り添う教育を」――中央学院大学・佐藤英明学長

経済界からのお知らせ

最新号のご案内

経済界2019年5月号
[特集]
進化するチーム

  • ・総論 姿を変える日本の組織 個人とチームが互いに磨き合う時代へ
  • ・小笹芳央(リンクアンドモチベーション会長)
  • ・稲垣裕介(ユーザベース社長)
  • ・山田 理(サイボウズ副社長)
  • ・鈴木 良(オズビジョン社長)

[Special Interview]

 南場智子(ディー・エヌ・エー会長)

 「社会変革の今こそ、組織を開き、挑戦を加速する」

[NEWS REPORT]

◆社長になれなかった松下家3代目がパナソニック取締役を去る日

◆DeNAとSOMPOが提案する新たなクルマの使い方

◆ここまできたがん治療 日の丸製薬かく戦えり

◆ブレグジット目前!自動車各社は英国とどう向き合うか

[特集2]九州から未来へ

 九州一丸の取り組みで生まれる新しい産業

ページ上部へ戻る