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2019年夏、ビール商戦に異変あり 

ビール

ビール商戦に異変が起きている。というのも出荷量やシェアの公表がなくなったからだ。10月には消費増税、来年10月からビール、発泡酒、第3のビールと3層ある税額が段階的に統一されていく酒税改革が予定されている。変化を前に、今年のビール商戦はどうなっているのか。文=ジャーナリスト/永井 隆 (『経済界』2019年9月号より転載)

PBを出荷量に含むか否かでビール業界は分裂

ビール類のシェア公表が取りやめに

企業間競争とは、巨大な団体戦である。開発や生産、マーケティング、営業など全社一丸となって、競合相手と戦うからだ。

いわゆるBtoC(企業と個人)の商品として、熾烈な競争を繰り広げてきたのが、ビール産業だろう。

自動車や家電製品などと比べても、消費者にとって何かと身近な存在だからだ。消費者のなかには、出荷量やシェアといった数値を確認しながら、購買行動を起こす向きもいるだろう。少なくとも、シェアの動向から業界に、そしてメーカーや商品に関心を持つ人はいるはず。

ところが、身近であるはずのビール類(ビール、発泡酒、第3のビール)のシェア公表は、2018年が最後となり、今年からはやっていない。アサヒビール、キリンビール、サントリービール、サッポロビール、オリオンビールの大手5社が加盟するビール酒造組合が、シェアを算出する元となる5社の「課税出荷数量」の公表をやめてしまったのだ。

昨年までは、1~6月(上半期)における5社の出荷量、さらには5社のシェアが7月中旬には発表されていた。さらに、1~12月の年間を通しての出荷量とシェアは、翌年1月に発表されていた。

なぜ、こうなったのか。

キリンに対しアサヒとサントリーが異論

問題になったのは、大手流通のプライベートブランド(PB)についての扱いだ。正確には、PBの受諾生産分を、出荷量に加算するか否かで、ちょうど1年前に業界内で対立が起きた。

業界2位のキリンが18年4月から、大手流通各社のPB生産を相次いで請け負い始めたのが切っ掛けだった。

特に数量が大きかったのが、イオンから請けた第3のビールのPB「バーリアル」。韓国ビール大手のハイトが10年夏から受託生産していたが、イオンは18年6月販売分からキリンに切り替えた。

10年夏は1ドルが80円台と円高だったが、その後、円安へと振れてからは海外生産するメリットは薄れていたためだ。

新聞で報じられるビール類の出荷量やシェアは、ビール酒造組合に加盟する大手5社だけの数字である。海外で受諾生産されたPBについては、出荷数量は計上されない。

しかし、同組合に加入するキリンは、PBの受託生産分を18年上半期(1~6月)に算入したのである。この結果、キリンのシェアは急伸。自社ブランドの新製品「本麒麟」のヒットも加わり、前年同期より2.3%アップして34.0%になった。17年通年で7.3ポイントも開いていたアサヒとのシェア差は、3.3ポイントに縮まった。

酒税は蔵出し税なので、酒を積んだトラックが工場の門を出た時点で課税される。これはPBだろうが、NB(ナショナルブランド)だろうが一緒である。

その一方で、「他社によって販売される分を自社のシェアに含めるのはおかしい」という異論が、アサヒとサントリーから出たとされる。結局、調整はつかずに、19年からは発表そのものが取りやめとなってしまった。

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ビール市場は縮小が続く

2019年夏 ビールメーカー各社の最新動向

18年のビール類の課税出荷数量は、前年比2.5%減の3億9390万7千箱(1箱は大瓶20本)だった。14年連続で減少し、1992年以降では過去最低だった。ハイトからキリンに移ったバーリアル分を加えてもであり、最盛期だった94年と比べると7割を切る規模にまで縮小している。

内訳は、ビールが1億9391万4千箱(前年比5.2%減)で構成比は49.2%、発泡酒が5015万5千箱(同8.8%減)で構成比12.7%、第3のビールが1億4983万7千箱(同3.7%増)で構成比38.0%。

シェアは、アサヒが37.4%(前年比1.7%減)、キリンは34.4%(同2.6%増)、サントリーは17年と同じ16.0%。サッポロは11.4%(同0.7%減)。

そして、今年上半期だが、キリンを除く3社は第3のビールの新商品を相次いで投入した。本麒麟への対抗だけではなく、10月の消費増税への対応への狙いがある。

各社の自己申告による販売数量、内部資料などから、1~6月の5社合計販売量は、前年同期の出荷量と比べ約0.8ポイントほど減少したとみられる。ビールは3.8%減、発泡酒は7.9%減、それぞれ前年を下回った一方で、第3のビールは5%以上も前年を上回った。

メーカー別では、キリンが2%前年同期を上回った。本麒麟が伸び、PBが半年分計上された第3のビールは16%前年を上回り、牽引した。これに対し、アサヒは業界平均を下回る、3%減で着地したようだ。

この結果、アサヒのシェアは36%台に落ち、キリンは35%台に上昇。18年通年のシェア差3.0ポイントから、この半分程度まで縮まったと推測されている。

キリンは「(ビール類の)逆転はできなかったが、肉薄できた」と指摘する。アサヒは「12月までの年間を通しても、逆転されることはまずない」と話す。

サントリーは前年同期比2%増。第3のビールが3%前年実績を上回った。新商品「金麦〈ゴールド・ラガー〉」は年末までの販売目標を6月に達成し、7月、当初目標の倍に上方修正するなど貢献した。サッポロは前年を下回ったようだ。ビールは好調だったが、第3のビールが振るわなかったと見られる。

消費増税により、消費者の節約志向が増すほどに、安価な商品の需要は膨らむ。ちなみに、さいたま市内のミニストップでバーリアルは84円(350ミリリットル缶、税込み)、本麒麟は143円(同)だった。

バーリアルをはじめPBへの支持が拡大すると、NBの販売に影響を及ぼすケースも顕在化していくだろう。ビール産業は代表的な装置産業であり、稼働率アップは何より重要だ。しかし、市場全体が縮小する過程で、本当はPBとNBとのバランスが求められる。

ビール類の税制改正が及ぼす影響

メーカー各社のビール強化策

一方、第3のビールに経営資源を集める今季の戦い方は、各社ともに来年は変えなければならない。20年10月から26年10月にかけては、ビール、発泡酒、第3のビールと3層ある税額が、段階的に統一されていくからだ。

現在、350ミリリットル当たりの税額はビール77円、発泡酒46円99銭、第3のビールは28円。まず、2020年10月、ビールは7円減税され70円に、第3のビールは9円80銭増税されて37円80銭になる。続いて23年10月にビールが減税、第3のビールが増税され、最終的には26年10月に54円25銭で統一されるのだ。第2段階の23年10月には、第3のビールという区分はなくなり、ビールと発泡酒だけになる。

ビールが減税されていくため、「ビールの強い会社が優位になる。ただし、26年に税額が統一されても、原材料を工夫するなどで価格の安い商品は残る」(高島英也・サッポロビール社長)というのは、一致した見方だ。

つまり、ビール強化策は各社に求められる。

税制改正案が明らかになったのは16年末。ビールの構成比が低いキリンは、ビールが減税されるこの税制改正を見越して12年からビール「一番搾り」の強化策に取り組んできた。だが、中長期的に重要となるビールにおいて、今年上半期で7.1%減と業界平均とされる3.8%減を大きく下回ってしまった。

短期的にビール類のシェアを伸ばしアサヒに近づいても、一番搾りの勢いをそいでしまったらマイナス面は大きい。キリンはビールの家庭向け構成比が高いのが特徴だ。12年からの基本路線である一番搾り再興は今夏から年末までの課題である。

アサヒにとってのビール類事業の大きなテーマは、実は海外だ。世界最大のアンハイザー・ブッシュ・インベブから、イタリアや東欧のビール事業を総額1兆2千億円で買収したのは、16年から17年にかけて。スーパードライの現地生産は18年から始まっていて、スーパードライの世界ブランド化を含め、成長力のある市場で地歩を固めていかなければならない。

もちろん、「マザー市場である日本市場は、最重要。何としてもとっていく」(塩澤賢一・アサヒビール社長)方針だ。国内で販売量を減らしているスーパードライだが、酒税改正を最大限利用できるかどうかがポイントになる。

サントリーは高級ビール「ザ・プレミアム・モルツ」を対象に、“神泡プロモーション”を昨年から開始しているが、今年は自宅で神泡を作れる“洗浄いらず”の新型電動式神泡サーバーを独自開発し、ユーザーに頒布した。これが奏功し、プレモルの上半期の販売量は5%増で過去最高になった。

サッポロは、「黒ラベルは缶中心に好調を維持」(高島社長)という。缶は家庭用だが、本来強さを持っている業務用を守り抜けるかどうかは、今年も来年以降もサッポロが生き残っていくための前提となろう。

RTDを含めた総合戦略が重要に

ビール類では、低価格で量を追う第3のビールと、高価格帯で価値を追求するクラフトビールや高級ビールが、消費動向を二分していくだろう。ホップや泡をはじめ、消費者を揺り動かす提案力が、活路になっていく。

一方、缶チューハイなどのRTDの税額は26年10月に7円増税されて35円となるが、統一されるビール類の54円25銭より、19円25銭も低い。しかも、26年10月まで現在の第3のビールと同額の28円が維持される。

安さを求める向きが、段階的に増税される第3のビールから、RTDへと流れていく可能性は否めない。RTDを含めた総合的な戦略は、より重要となる。

いずれにせよ、客観性の高い数値の開示を、業界として再開させていくべきだ。そうでないと、提案も情報開示も内向きとなり、消費者の支持を得られにくくなっていく。

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