起業家のスタンスとして、画期的な技術やビジネスモデルを社会で活かすことを目的としたイノベーション先行型もあれば、社会課題解決を最優先とし、そこに必要な技術やノウハウを当てはめていくやり方もある。ハックジャパンCEOの戸村光氏の場合は後者。対象となる課題は「身の周りの気付いたことすべて」だ。(取材・文=吉田浩)
戸村光・ハックジャパンCEOプロフィール
起業家と投資家の情報格差を埋めるプラットフォーム
自らを起業家とは認識していないという戸村氏の行動の目的は、あくまで周りの人が抱える課題を解決すること。現在は、「datavase.io」というプラットフォームで展開し、国内外の企業1万社以上、投資家1千社以上に関する情報を提供している。
サービスを通じて解決したい目下の課題は、投資家とスタートアップの間にある情報格差をなくすことだ。datavase.ioでは、企業の従業員数の推移、資本政策、株主構成、競合状況、成長見通し、市場動向といった情報の他、投資家に対する企業からの口コミ評価も閲覧できる。
「今は起業家に対する投資家のパワーが強すぎるし、企業間でも情報格差が広がっています。リテラシーの高い起業家は資金調達や株主の選定に困らない一方、地方に行けば情報収集に苦労する起業家もたくさんいます。そうした状況を是正するプラットフォームになっています」と、戸村氏は言う。
また、投資先の選定に情報収集が必要なVCにとっても、企業のあらゆる情報が取得できる貴重なデータベースとなっている。
「たとえば、実績の乏しいスタートアップのデューデリは、実質不可能です。そこで経営者の素質を見るために必要なのは、誰と付き合っているか、誰に支援を受けて恩を返さないといけないのかといった、アナログな指標になってきます。これまではコミュニティの内部でしか得られかったこれらの情報を、もっと見えるようにしていきます」
スタートアップとインターンを結ぶサービスを開始
戸村氏がdatavase.ioを運営するようになったのも、目の前の課題解決に取り組んできた結果だ。
起業したのは米シリコンバレー。高校在学中に、世界を相手に挑戦するシリコンバレーの起業家たちに触発され渡米を決意した。だが、両親から反対されたため、シェアハウスの運営やフィリピンでの語学学校立ち上げなど、さまざまな方法で資金を集め、カリフォルニア州立大学に進学を果たした。
住む場所すら決めていなかった戸村氏が、最初にぶつかったのは住居の確保だった。シリコンバレーは家賃が高すぎて住むことができない。そのため、24時間空いているスタンフォード大学の図書館で寝泊まりすることにした。その後もAirbnbで見つけた民泊施設や、スタートアップのインキュベーションセンターに入居する企業で働きながら、そのオフィスに宿泊するという生活を送った。
そうした生活を続けながら、シリコンバレーの起業家たちと知り合っていった戸村氏は「シリバレシップ」というサービスを開始する。とにかく人手が欲しいスタートアップと、インターンシップ先を探している留学生をマッチングさせるサイトだ。
「スタートアップの人たちとは同じシェアオフィスで知り合ったり、カフェでリモートワークをしている人たちに自分から声をかけたりしました」
シリコンバレーには『ペイ・イット・フォワード』という、誰かに受けた親切を別の人につないでいく精神があるという。そうした文化的ベースの上に、持ち前の行動力で足を使って情報を集めていった。
シリバレシップを始めた動機について、戸村氏はこんなふうにも語る。
「シリコンバレーは世界の最先端だと思っていましたが、実際はど田舎で普段町を歩いてもテクノロジーのかけらも見えません(笑)。留学生には志の低い人や、LAやNYに留学しとけば良かったという先輩たちもたくさんいました。理由の1つとして、テクノロジー企業がたくさんあるのに、インターンシップにありつけなかったという事情があります。次の世代にも悪評が広がって、シリコンバレーがイケてない土地になりかねない状況を何とかしたかったんです」
シリコンバレーで立ち上げた最初のビジネスは、まさに身の周りの課題解決という視点から生まれたものだった。
datavase.ioが誕生した経緯
スタートアップ企業にインターンの学生を紹介する傍ら、日々集めた情報に、自らの分析を加えて日本語と英語でブログに綴っていた戸村氏。ほどなくして、その情報を買いたいという日本企業が現れた。当初は1カ月3千ドルで提供していたが、購入を希望する企業が続々と増え、最終的には2万ドルでも売れるようになった。
日本企業がそれほどまでに関心を寄せる情報とはどのようなものだったのだろうか。
「たとえば、今はスナップチャットやインスタグラムがすごく流行っていますが、流行っているという事実を年配の人たちが気付くのが若者の間で流行った2年後で、さらに日本に入ってくるのはその2年後といった状況があります。だから、企業としては、こちらで流行りそうなものやスタートアップの情報を取りたいんです」
自らが提供する提供するデータの価値に気付いた戸村氏は、SaaS型のサービスとしてレポートを売ったらもっとユーザーが増えると考えた。こうして誕生したのが、datavase.ioである。
企業と投資家の情報を可視化する
たとえば帝国データバンクや東京商工リサーチのように、企業情報を提供するサービスは既に存在する。これら既存のサービスとの大きな違いは、アナログも含めたよりコアな情報が得られるという部分以外に、参加者にとっての公平・公正さという点にもある。
「自分たちの情報が勝手に搾取されるようなサービスではなく、企業が自ら自分たちの情報を持ち込むようなプラットフォームでないと健全ではありません。投資家のデータが充実していれば、企業も傷から情報を提供していただけます」
今後は、より正確な企業ごとのスコアリングができるプラットフォームを目指していくという。
「たとえば、有名アスリートが投資している企業の情報など、これまでは表に出てこなかった情報が出てくれば、その企業の信用が上がります。信用スコアがどんどん可視化されれば、これまでスタートアップの評価ができなかった地方銀行のようなところも、融資の決断がしやすくなるでしょう」
海外で戦える人材を育てる夢
現在の事業とは別に、戸村氏が関心を寄せるのはリーダー教育だという。企業も個人もグローバルな挑戦が避けられない時代に、現在の日本の教育制度がマッチしていないことに大きな危惧を抱いていると話す。
「日本の市場が縮小する中、海外に挑戦しないと次の世代がより苦しくなるので、まずは自分が世界で戦える人材になろうと思いました。親に反対されても渡米したのもそういう背景があったからです」
実は、小学生の頃から政治家になるのが夢だったという戸村氏。
「まずは(出身地である)堺市の市長になりたいですね」と語る。
企業理念に「まわりの人から幸せに」を掲げる青年は、その先にも大きな夢を抱いている。
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