政治・経済

シリコンバレーで起業し、企業と投資家に関する豊富な情報を武器に活躍するハックジャパンCEOの戸村光氏。本連載では、資金調達、資本提携/協業、買収といった様々な事例を取り上げ、その背後にあるマネーの動きと企業戦略を、同氏が独自の視点で分析していく。

 

「空」の領域で韓国メーカーと提携したUber

 

 CES2020・モビリティー領域で特に注目を集めていたのが、Uber x HYUNDAI(韓国自動車メーカー)が共同開発していることを発表したUber Elevateだ。

 Uberと言えばこれまで何度も政府と自動運転の規制で戦ってきた。カリフォルニアに試験運転の規制をされたら、アリゾナで試験運転を開始し、アリゾナで規制されたらまた次の州で試験運転を始めるといった”いたちごっこ”状態にあったのは記憶に新しい。

 そんなUberが次の主戦場として決断したのが”空”である。多くのメディアでは、その利便性やコストを紹介しているが、筆者がここで特筆したいのは、なぜUberはHYUNDAIと提携することに決めたのかだ。

 Uberといえばトヨタ自動車から10億ドル(約1千億円)資金調達している。レイターステージと言えど、トヨタ自動車が保有する株が、同社に一定の影響を与えることは想像に難しくない(ちなみにソフトバンクは90億ドル出資している)。

各社関係図 (赤:投資 青:買収 緑:派遣 黄:購入)

 

 それではUberはどうしてトヨタ自動車ではなく、HYUNDAIを選んだのだろうか。トヨタ自動車は空に興味を示さなかったのだろうか。トヨタ自動車と戦後日本の歴史とともに考察していく。

 

トヨタ自動車「空飛ぶ車プロジェクト」の始動と挫折

 

 トヨタ自動車の空飛ぶプロジェクトは、デンソーが主体となり2019年後半に始動した。この時点での始動は他国に比べると遅く、中国・韓国では既に2016年以前より空飛ぶモビリティーは始動していた。中国でいうとEhang社が提供する空飛ぶモビリティーが有名でドバイ政府との提携も2017年に発表されていた。

 関係筋によると、トヨタ自動車は空飛ぶ車プロジェクトを試験的にスタートしたが、真っ直ぐ離陸できないなど、多くの課題を抱えたまま、プロジェクトが中断した。

 

日本の自動車メーカーが空飛ぶ車で海外勢に後れを取る理由

 

ソフトウェア技術で日本メーカーは圧倒的な敗北

 Uberを単なる配車サービスと勘違いしている方向けに説明すると、Uberの強みは自動車の行動を計測するデータ保有数とそれを分析するソフトウェア技術にある。流行ワードである”自動運転”をより正確にするために必要なのがそれらの計測データだ。

 自動車メーカーはこれまで自動車を販売するまでの数字しか追わず、販売後のドライバーを含む自動車の移動データを計測していなかった。

 一方でUberはそれらの行動データをトラッキングし、世界で最も自動車の行動データを収集し、それを計測するソフトウェア技術を開発する会社となった。大手自動車メーカーがUberのような配車サービスにこぞって投資する理由は、彼らのデータと技術が自動運転開発に必要不可欠だからである。

 話を議題に戻すが、HYUNDAIは兼ねてよりUberと連携して、Uberドライバー向けにHYUNDAIのリースをしやすくなる仕組みを構築。自動車メーカーにとってネックであった、自動車を販売してから後のデータが取れないという課題を打破して、データ収集に投資した。

 一方でトヨタ自動車をはじめとする日本の自動車メーカーは、データ収集を含めてソフトウェア領域で明らかに遅れをとっている。(現在はトヨタ自動車もリース可能)

日本企業が10年かける開発を海外企業は1年で

 また、トヨタ自動車を含む日本の自動車メーカーの開発工程も、他国に比べ明らかな遅れをとる原因となっている。例えば、トヨタ自動車は東富士開発拠点で6年以上先の未来の自動車の開発を行っており、時に10年以上かけて車両開発を行うこともある。技術的な安定性を確保して本社での開発を始動するため、開発から量産までおよそ6年以上かかるのだ。

 自動車産業は長年にわたり、既得権益を脅かすようなスタートアップが出てくることもなく、大きな市場変化がなかったため、時間をかけて質を高める生産工程がまかり通っていたが、今は違う。テスラを含め、アップル、グーグル等の進出規模のメガベンチャーがモビリティー業界をディスラプトしようとしており、今や自動車メーカーのみならず、ソフトウェア会社までもモビリティーの既得権益の王座を狙った覇権争いに参画している。

 彼らは量産までに5年以上必要とするこれまでの自動車メーカー比べ、開発工程をソフトウェアの技術を利用して圧倒的に短縮しおおよそ1、2年で量産体制を整える。米国大統領のトランプがトヨタ自動車含む日本の自動車メーカーがアメリカから労働を奪っていると豪語していたのが記憶に新しいが、もはや彼が想像する労働力は人(日本人)ではなく、ロボットが置き換えている。

 話を本題に戻すが、開発工程が短くなれば当然価格も安くなる。一方で作業工程を短縮することで安全性は確保できるのかという議題に対し、日本産メーカーはYESと言えず、旧態依存の作業工程から大きな変革を起こせていないのが現状だ。

国産パーツのみではクルマは空へ飛ばせない

 関係者の中でも賛否両論あるが、日本のメーカーの強みはエンジンとトランスミッションにあり、この技術は韓国、中国に比べると日本が圧倒的な技術をいまだに誇っているが、空飛ぶ車にはこの技術は最重要ではなく、モーターとインバーター、そして軽量化技術が空を飛ばせるために最も重要なパーツとなってくる。つまりはガソリンで走る車と空飛ぶ車では圧倒的に主要技術が異なり、日本の強みは活かせないというのが一つの要因とも言える。

 また、関係筋によると、空飛モビリティーを開発していると、国産パーツのみでは開発困難であり、ほとんどのパーツを海外(主に中国)から輸入せざるを得ないようだ。日本のサプライヤーと縁が切れないのであれば、車は空には飛ばせない。そう言う意味で韓国は、中国から地理的に近く、パーツを輸入しやすい環境にあるといえる。

第二次世界大戦敗戦の痛手が令和に続く

 日本は敗戦直後GHQによる航空禁止令により、航空科学や航空力学、そのほか航空機や気球に関係した教育・研究・実験をも禁じられた。

 航空機の製造技術と言っても様々あり”製造”そのものでは日本の技術は他国と比べて引けをとらない。ボーイングの機体においても、海外サプライヤーで一番多いのは日本企業であり、その他にも川崎重工が海外のヘリコプターをOEM生産していたり、三菱重工が自衛隊向け戦闘機の最終組立を手掛けている。

 しかしながら、ゼロから飛行機を設計して試験運転をし、航空局と調整をしながら飛行許可を得て型式証明を取る、という技術やノウハウは戦後ほとんど失われてしまった。さらに、日本国内で完成機開発は非常に少なく、日本の航空局に型式証明の手続きの経験がある者は今や一人もいない。

 つまり現在、日本でゼロから飛行するまでの開発工程を整えることは、ほとんど不可能に近い。余談だが、先日ドローンファンド創業者である千葉功太郎氏が個人で購入したホンダジェットはホンダ製アメリカ産であり、開発まで40年近くかかっている。

 上記の点より、マッカーサーの存在はいまだに日本の航空領域に確実に影響を与えている。

*誤解を招かないように、追記しておくと、戦後に航空機を研究・製造できなかったから、日本に製造技術がないというのは間違いだ。製造技術の発展が遅れたというのが正しい。その理由はドイツも同様に禁止令を発令されているが、今では立派に航空機メーカーが育っているからだ。ドイツと日本の違いは、航空禁止令解放後に航空産業の健全な成長を国が後押ししたか、否かにある。

トヨタはUberでなく別会社に空を託す

 日本では馴染みがない名前だが、JOBY AVIATIONというUber Elevateとコンセプトが極めて近い空飛ぶモビリティーに、トヨタ自動車は2020年1月にシリーズCで3億9400万ドルの投資を行ったと発表した。Uberにとって、自社の株主が競合他社に投資を行ったことは有り難くないニュースだ。(Uberが同ファイナンス情報の知らせを知ったのが、HYUNDAIとの共同開発を決めた前か後かは定かではないため、ここでは事実情報としてのみ掲載する。

トヨタ自動車はJOBY AVIATIONへの投資を発表した

 

結論―Uberが日本を選ばなかった理由

 

 結論から言うと、航空領域におけるハード、ソフトの技術で日本は他国のサプライヤーに圧倒的な遅れを取っており、またトヨタは日本のサプライヤーを切れないため、空領域で日本メーカーの強みを活かせない。つまり日本のサプライヤーと縁を切る覚悟がなければ、クルマは空には飛ばせない。

 また、ソフトウェアを活かして開発スピードを圧倒的に短縮しているHYUNDAIと組んだ方が早くに市場導入でき、かつコストも安くなるため、UberはトヨタではなくHYUNDAIを選んだというのが筆者の見解だ。

 

筆者プロフィール 

(とむら・ひかる)1994年生まれ。大阪府出身。高校卒業後の2013年に渡米し、14年スタートアップ企業とインターンシップ希望の留学生をつなぐ「シリバレシップ」というサービスを開始し、hackjpn(ハックジャパン)を起業。その後、未上場企業の資金調達、M&A、投資家の評価といった情報を会員向けに提供する「detavase.io」をリリース。一般向けには公開されていない企業や投資家に関する豊富なデータを保有し、独自の分析に活用している。

 

 

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