F1グランプリでペナルティの対象となった無線のやり取りとは
3月にオーストラリアで始まったF1グランプリ(GP)は、第10戦イギリスGPでシーズンを折り返した。11月の最終戦アブダビGPまで残り11戦、チャンピオン争いは、ここからが佳境だ。
シリーズチャンピオンを争っているのはニコ・ロズベルグとルイス・ハミルトン(ともにメルセデス)。開幕から4連勝してリードを奪ったのはロズベルグだったが、ここ5戦で4勝のハミルトンが急接近した。両者のポイント差は、わずかに1。
この接戦を演出したのは、ひとつのペナルティーだった。7月10日のイギリスGPでの出来事――。
レース終盤の46周目、トップはハミルトン、2位にはロズベルグが続いた。残り6周。レースの大勢はほぼ決して、ハミルトンの勝利は揺るがないように映った。
この時点でロズベルグは、チャンピオン争いでハミルトンを11ポイントもリードしていた。無理に仕掛けてハミルトンを抜く必要はない。リスクを冒すよりも2位をキープし、着実にポイントを加算することが重要だ。
F1では優勝者に25ポイント、2位でも18ポイントが与えられる。
ここでロズベルグのマシンに異変が起きた。ギヤボックスがトラブルを起こし、7速ギヤから抜けなくなったのだ。ロズベルグは無線でピットにトラブルを伝えた。
「ギヤボックスにトラブルが発生した」
メルセデスのピットからロズベルグに送られた指示は、「シャシーデフォルトゼロ(リセットしろ)。(残りの周回は)7速ギヤは飛ばして走るんだ」というもの。
これでトラブルを脱出したロズベルグだったが、この無線のやりとりが審議の対象となり、ペナルティーが科せられた。ピットインの指示、気象情報などを除いて、無線でドライバーの走行を助けるアドバイスは禁止されている。
より厳格になったF1の無線規制
この無線規制は2014年から採用されていたが、今季から「より厳格に」適用されるようになった。ロズベルグはこの対象第一号となった。
ロズベルグは2位でフィニッシュしたが、ペナルティーを受けて10秒が加算された。これで3位に降格。獲得ポイントは15で、その結果、ハミルトンに1ポイント差に迫られるはめになった。
「7速ギヤを飛ばせという指示は走行を助けるアドバイスではない。それがなければ7速を使ってアクシデントを起こした可能性もある。緊急性の高いものだった」
メルセデスはペナルティーを不服として異議申し立てをしたが、裁定は覆らなかった。
果たしてロズベルグに対するペナルティーは適切だったのか。元F1ドライバーの片山右京に話を聞いた。
F1の無線規制に対する片山右京の見解
片山は1991年に全日本F3000チャンピオンを獲得後、92年から97年までF1に参戦した。ラルース、ティレル、ミナルディに所属、計95レースに出走した経験を持つ。
「ルールがある以上、白か黒かでいえば黒。規制の基準が曖昧という指摘もありますが、それでも厳格に適用したのは、“F1をもう一度ヒューマンスポーツに戻そう”という強い意志の表れだと思います」
そして、こう続けた。
「現代のF1は高度にハイテク化されていて、ドライバーのミスを機械がカバーする場面も多い。マシンの進化もF1の魅力のひとつですが、それによりレースの面白みがスポイルされるというやや矛盾した状況に陥っています。言葉は悪いですが、人間がやる部分を増やせばミスは増える。そこでレースが動く、そういう考えもあるのではないでしょうか」
片山がF1を戦っていた時代、マシンはもっとローテクでアナログだった。コース上で何かあればそこでリタイアするのが当たり前だった。そこから生まれたドラマもある。
「91年ブラジルGPではアイルトン・セナが6速ギヤだけで走りきって優勝した。94年スペインGPではミハエル・シューマッハが5速ギアだけで2位フィニッシュしています。スタートすればドライバーが自力でなんとかしなくてはいけない、その時代ならではのドラマと言えます」
ハイテクマシンのコクピットに収まったドライバーに、あれこれと指示を出してコースを走らせる。これではドライバーは将棋の駒のようなものだ。
思い出すのは12年のアブダビGPだ。ピットからの無線にロータス(当時)のキミ・ライコネンがイライラしてこう答えるシーンがあった。
「ほっといてくれ。やることは分かってる」
有言実行とばかりにライコネンは、トップでチェッカーを受けた。
胸にジンとくる話である。F1はヒューマンスポーツに戻れるのか――。
(文中敬称略)
(にのみや・せいじゅん)1960年愛媛県生まれ。スポーツ紙、流通紙記者を経て、スポーツジャーナリストとして独立。『勝者の思考法』『スポーツ名勝負物語』『天才たちのプロ野球』『プロ野球の職人たち』『プロ野球「衝撃の昭和史」』など著書多数。HP「スポーツコミュニケーションズ」が連日更新中。最新刊は『広島カープ最強のベストナイン』。
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