前回はクラシック音楽との出会いと創業時のエピソードを中心に語っていただいた宗次德二氏。続く後編では、宗次氏の経営哲学とココイチが成長を続けられる秘訣について、さらに深く切り込んでいく。構成=本誌/吉田 浩 写真=上山太陽
店舗の朝礼はすべて録音して聞く
神田 ココイチチェーンの中で、数多くの経営者を育ててきた宗次さんですが、経営者を育てていく仕組みのようなものはあるのでしょうか。
宗次 最初は全くありませんでした。手探りで、失敗もありましたが、道なき道を切り拓いてきたという感じです。ただ、迷ったときの答えは現場にあったと思います。
神田 飲食店の経営に関するマニュアルも世の中にはたくさんあります。他店のものは参考にされたのでしょうか。
宗次 それは全く見ませんでした。せいぜいフランチャイズ契約書を作る時に参考にさせていただいたくらいですね。
神田 そうやってゼロから作りあげた経営者育成の手法や店舗経営のマニュアルを、浸透させるのも難しいですよね。
宗次 私は現場第一主義なので、とにかく、最初の頃は毎日、全店舗を回っていました。そこで、ことあるごとに接客第一、お客さまのことを最優先で考える。売り上げや利益も大事だけれど、ほかのどんな店にも、接客だけは負けない、そういう想いを従業員に伝え続けました。それを続けていく中で、片腕と呼べる部下も育って、増えていく店舗にも対応できるようになっていきました。
神田 朝4時から、「お客さまの声」のすべてに目を通されていたと聞きましたが。
宗次 ちょっとニュアンスが違っていて、わざわざ朝4時に目を通していたのではなく、目を通そうとすると、ほかの仕事に影響しないように朝4時にしか時間が取れなかったということなんです。
現場を大事にというのは、お客さまを一番大事にするということです。ならばその声を聞くのは当然のこと。お客さまはなにを不満に感じられているのか、それを知るために全店にアンケートハガキを設置して、届いたハガキにはすべて目をとおす。経営者としての能力は足りませんが、それくらいならほかの社長さんよりも余計に仕事ができると思ったんです。
神田 ほかにも、全店舗の朝礼を録音して、聞いていたという話も耳にしました。
宗次 店舗での会議と朝礼の録音ですね。議事録などは書いた人の印象でまとめてしまっているので、同じ発言でもニュアンスが分からない。音声を聞くと「ああ、あのパートさんだな」と顔が浮かぶものです。
当時は、東は千葉、茨城、西は広島や鳥取あたりの店舗までは自分で回っていました。その移動中の車内で聞くんです。そのため、好きなクラシックを聴く時間はなくなってしまいましたね。
短時間の接客のほうが差を付けられる
神田 そもそもココイチというカレー専門チェーンでは、顧客の滞在時間が長い店舗ではないですよね。短時間の接客という限定された条件で差別化を図るのは難しそうに思うのですが。
宗次 実は、接客時間が短いほど、その質の差は出やすいんです。来店されたときのごあいさつ、お帰りになるときのお見送りでも、その一瞬で差が付きます。長時間、滞在しないからこそ、短い時間でも気持ち良くすごしていただこう、少しでも早くカレーをお出ししよう、そういった気持ちは確実に伝わります。そこで生まれる他店との差はわずかかもしれません。しかし、わずかな差でも、それが積み重なると大きな差になっていきます。
神田 オーナーや店長だけでなく、アルバイトやパートも含めた、全スタッフのチームワークが大事になりますね。
宗次 いくら店長が頑張ってもいいスタッフがいないとダメです。でも一番難しいのは、店の雰囲気、それを支える“人”が持続しないことなんです。素晴らしかった店でも、油断するとあっと言う間に変わってしまいます。人は良くも悪くも変わるんですね。
神田 飲食業界は人の定着率が比較的低い業界でもあります。ココイチでは、その対策としてどんな取り組みをされていたのでしょうか。
宗次 当社の場合は、独立したいというモチベーションがそれを支えてきたのかもしれません。ココイチで頑張っていれば独立できる、夢を叶えられる。そういう意識が大事なんでしょう。ただ、一人一人、求めるものは違います。だから、とにかくがむしゃらに仕事をしたいという人には、年棒制を採用して高給で働いてもらう。プライベートを大切にしたいという人には時短勤務を適用するなど、可能な限り、「その人にとってのナンバーワン」の待遇を実現したいと思って取り組んできました。誰もが納得する評価制度を作ることはものすごく難しいですが、評価制度は社員にとって、会社と自分の間をつなぐ信頼関係でもあります。そこで手を抜くことはできません。
経営が右肩上がりならほとんどの問題は解決
神田 最初の喫茶店にせよ、カレー専門店にせよ、最初は誰かに教わるということはなかったのでしょうか。
宗次 それこそ一店舗目の喫茶店バッカスをオープンする前はコーヒーの入れ方などは習いました。カレーの作り方も最初は教えていただきました。でももっと良い店にしよう、もっとお客さまに喜んでもらおうと考え続けていく。これは誰かから教わるものではありません。その結果、目の前の達成可能な目標を達成し続けて、右肩上がりで成長を続けることになりました。この右肩上がりがほとんどの問題を解決してくれるんです。だから、必ず達成可能な目標を設定して、それをクリアし続けることが大切です。
神田 右肩上がりの成長がほとんどの問題を解決できるというのは。
宗次 例えば、多くの中小企業で悩んでいる後継者問題ですが、経営が右肩上がりならば、跡を継ぎたいという人は必ず出てきます。どうも先行きが不安だという状況だから、後継者がいないんです。社員教育や待遇の問題、社会貢献をどうするかなど、悩みはたくさんあっても、経営が右肩上がりなら、なにかしらの手立てはある。だから、経営者の最大の役割は、会社を右肩上がりで成長させることです。私は経営者としては能力不足ですから、とにかくそこだけにこだわってやってきたと言えるかもしれません。
何かを目指すならば、常に目の前の目標を持て
神田 これだけココイチが成長し続けていると、周囲から多業種への参入や、新業態の開発などへの誘いはなかったのでしょうか。
宗次 周辺業種に手を伸ばしたことはありますが、株式公開の時にいったんすべて整理しました。それでもあくまでも周辺業種であって、完全な異業種は考えもしませんでしたね。新業態については、今も毎年一業態の開発をしています。私が社長を退いて15年がたってもそれは続いています。
カレー専門店という業態では、飽和点が近付いているんです。例えば、今のオーナーさんが隣の土地でもう一店舗やりたいんだというときに、隣にココイチは出せません。そうした状況に対応したいと思います。着実に堅実にやっていくことが基本で、その中で新業態も開発していくということです。
神田 この対談では、教育についてお話を伺うことにしています。宗次さんは学校の成績は決して良くなかったと聞いていますが、ビジネスの世界では立派な実績を残されました。その経験から、今の子どもたちに何を伝えればよいと思われますか。
宗次 ビジネスの世界で成功したといわれる人の中には、学校もロクに行っていない、中にははいわゆる不良だったという人もいます。私はというと、ただ真面目に仕事をしてきただけです。子どもの頃に何かを目指すなら、そのためにできる目の前の小さな目標を持って、それを一つ一つ確実に達成していくことを心掛けてほしいと思います。
大きな夢を持ってほしいけれど、それだけではなく、その夢につながる小さな目標の積み重ねを大事にしてほしいですね。先のことは分かりません。でも目の前の目標に対して精いっぱい取り組んでいく。毎日を一生懸命過ごしていく。そうすれば、悪いことにはならないんです。
神田 まさに宗次さんがずっとやり続けてきたことですね。
(かんだ・まさのり)経営コンサルタント、作家。1964年生まれ。上智大学外国語学部卒。ニューヨーク大学経済学修士、ペンシルバニア大学ウォートンスクール経営学修士。大学3年次に外交官試験合格、4年次より外務省経済部に勤務。戦略コンサルティング会社、米国家電メーカー日本代表を経て、98年、経営コンサルタントとして独立、作家デビュー。現在、ALMACREATIONS代表取締役、日本最大級の読書会「リード・フォー・アクション」の主宰など幅広く活動。
「驚異の三流経営者」だからひたむきにやるしかなかった ―― ゲスト 宗次德二 カレーハウスCoCo壱番屋創業者(前編)
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