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停滞かそれとも飛躍への助走か 元年が過ぎた後のVR業界

昨年は「VR元年」と言われたが、注目された「プレイステーション VR」は品薄状態で普及台数が伸びず、期待ほどの盛り上がりはなかったという向きがある。その一方でスマートフォンを活用したモバイルVRは着実にVRの応用範囲を拡大。当面はモバイルVRが需要を牽引する格好だ。文=村田晋一郎

VR元年で期待が高まるもPS VRは品薄が続く

2016年は「VR(ヴァーチャルリアリティー)元年」と言われた。

VRとは、ヘッドマウントディスプレー(HMD)を装着し、ディスプレーに表示される3D映像の中に入り込むかのような体験をするもので、PCなど据え置き機器を利用したハイエンドVRとスマートフォンを利用したモバイルVRに大別される。

この中でハイエンドVRについては、基本的にはゲーム用途としての位置付けだが、昨年3月に米Oculusの「Oculus Rift」、4月に台湾HTCの「HTC Vive」、そして10月にソニー・インタラクティブエンタテインメント(SIE)の「プレイステーション VR(PS VR)」が発売を開始した。主要プレーヤーの製品が出揃ったことから、「VR元年」と位置付けられ、市場の立ち上がりが期待された。しかし1年たった現在、期待ほどには立ち上がっていないという声も聞こえてくる。

ハイエンドVRについて言えば、先行したOculus RiftとHTC ViveはハイスペックPCを利用するため、端末を含めたシステム全体では、20万~30万円以上のコストが掛かる。「試しに買ってみる」金額の製品ではなく、飛びつくのは、一部のアーリーアダプターやヘビーゲーマーに限られる。全世界での累計出荷台数はOculus Riftが約40万台、HTC Viveが約50万台にとどまっている。

それに対してPS VRは「プレイステーション4」(PS4)に接続して利用するが、HMD端末だけなら約5万円、PS4と合わせたシステム全体でも約10万円であり、先行する2製品よりは安価で入手できる。もともとPS4を保有しているゲームユーザーにはちょっと手を伸ばせば購入できる製品だ。それだけにPS VRはVR元年の本命デバイスと目されていた。そのPS VRの現在までの出荷台数は約100万台。先行2製品をあっさり追い抜いたとは言え、PS4の累計出荷台数が6千万台を超えていることを考えると、PS4の2%にも満たない。

では、PS VRは売れていないのか。そうではなく、現状は、需要に供給が全く追い付いてない。

昨年10月の発売開始以来、毎月追加発売を行っているが、即完売という状況が続いている。供給不足が続いている理由として、まずは全く新規の製品であるため、SIEが需要予測をかなり慎重に見積もり生産体制を構築した。SIEは当初から「発売後6カ月で100万台」との目標を立ており、現在のところは若干早いペースだが、ほぼ計画どおりと言える。

さらにHMD部分に有機ELディスプレーをはじめ新技術を導入したことから、製造の難易度が上がったという指摘もある。SIEとしては徐々に供給体制を高めているとしているが、いまだ需要に追い付いていないのが実情だ。

PS4ユーザーがすべてVRに興味を持つわけではないが、潜在需要を考えると、PS4の普及台数に比べて今のPS VRの出荷台数はあまりに少な過ぎるのではないか。SIEが絞り過ぎている印象を受ける。

また、キラーコンテンツがないとの指摘もある。既にVRで遊べるゲームソフトは100作品が発表されているが、ヒットタイトルと呼べるソフトはいまだ出ていない。現在220作品が開発中で、17年中に新たに100作品以上を発売する予定だが、その中から大ヒットが生まれるかどうかも分からない。

また、家庭用ソフトとして数千円の価格に見合うボリュームのVRのゲームを制作するには、開発コストも膨らむ。ソフトメーカーとしては、ソフト開発にそれなりのリソースを割くためには、やはりハードの普及台数が一定以上にまで到達する必要がある。現時点のPS VRの出荷台数では、ソフトメーカーとしても動きにくいのが現状だろう。

VR

360度映像の視聴でモバイルVRは裾野を広げる

ハイエンドVRが期待ほどの盛り上がりが感じられない一方で、現在はスマホを利用したモバイルVRがVRの需要を牽引し、応用範囲を広げていると言える。

モバイルVRは、ダンボールにレンズを付けた簡易ビューワーから、スマホと連動させる専用端末まである。簡易ビューワーなら最安で約1千円、または企業のノベルティーグッズとして入手できることから気軽に利用できる。簡易ビューワーのハコスコは国内で50万台を出荷。韓国サムスン電子のスマホ「ギャラクシー」専用のVR端末「ギアVR」は全世界で500万台を出荷し、順調にVRの裾野を広げている。

また、日本では未発売だが、昨年11月に米グーグルがアメリカ、カナダ、英国、ドイツ、オーストラリアで、スマホ向けVRヘッドセット「デイドリーム」の販売を開始した。グーグルはこれまで簡単ビューワー「カードボード」を普及させてきたが、デイドリームはより高品質なモバイルVR向けプラットフォームとなる。競合するギアVRがギャラクシー専用端末であるのに対し、デイドリームは複数の最新アンドロイドスマホに対応するため、モバイルVRの普及を加速させる可能性がある。

こうしたモバイルVRは基本的に、360度映像の視聴が中心となる。360度映像については、既に多くの制作・開発会社が立ち上がっており、アミューズメント施設のコンテンツとしても提供されている。一方で360度カメラの販売も相次いでおり、ユーザーが手軽にVR映像を撮影し楽しめるようになっている。

また、360度映像の視聴は、エンタープライズ用途にも用いられる。まず導入が進むと見られるのが、もともと3Dデータを扱うことが多い医療、建築、教育といった分野だが、特に「一定の空間の中を見せる」用途にVRは向いている。

不動産業界向けには、マンションなどの物件の様子を360度映像で撮影し、その画像をVRで顧客に見せることで、顧客は実際に現場まで行かなくても、ヴァーチャルな空間で物件を確認できる。例えば、星野リゾートは今年1月、インドネシアで「星のやバリ」を開業したが、オープンに先立ち都内で開催した記者発表会では、一部の施設内をVRで体験する「仮想内覧会」を開催した。このVR視聴はギアVRを用いたものだったが、都内の会場からバリの施設の様子がうかがえた。

こうした遠隔地の施設をVRで内覧する事例は、今後も増えてくると思われる。

VR体験増加で消費者との距離感を詰める

モバイルVRは、今後もコンテンツが拡大し、さまざまな用途で使われると思われるが、そうなると気になるのはVR元年の牽引役として期待されたハイエンドVRだ。業界では、PS VRをはじめハードが普及せず、ヒットソフトも生まれなければ、VRへの関心が薄れていくのではないかとの危機感がある。

現状でハイエンドVRについては期待外れの感があるが、新しい体験を提供する新しいハードウエアという観点で、3Dテレビになぞられる向きもある。3Dテレビは10年頃から各メーカーがこぞって3Dテレビを開発、販売を開始した。しかし現実には、12年あたりをピークに3Dは下火になり、次々と3Dテレビの販売が終了していった。

3Dテレビのブームがあっという間に過ぎ去った記憶が新しいだけに、VRが比較されるのも無理はない。しかし、そのブームは、メーカーサイドから意図的に作りだしたという側面がある。3Dテレビの発売が相次いだ10年頃は、地上デジタルテレビへの買い替え需要が一巡し、テレビメーカーは新たな需要を創出する必要があった。3Dテレビが本当に消費者の望んだ商品であったのかは疑問が残る。

また、家庭用に導入された3Dテレビは、専用メガネを装着する煩わしさがあった上、高価であり利用のハードルも高かった。こうしたことから、より高解像度の4Kテレビの登場に伴い、3Dテレビは姿を消すことになった。

3Dテレビ終焉の要因とVRの置かれている状況を比較すると、VRは消費者が利用するハードルが低い。もちろんハイエンドVRは高価だが、モバイルVRについては、ほぼ1人1台レベルに普及したスマホを利用できることを考えると、VRの体験はより安価かつ容易だ。また、消費者側がVR映像を発信することもでき、VRは3Dテレビに比べると、消費者に身近な存在だ。そして、モバイルVRを体験した層が、より高品質なVRを求めて、ハイエンドVRに移行する動きがある。

ここで重要なのは、体験を増やすこと。そこで業界の流れとしては、VRへの期待をつなぎとめる意味で、ハイエンドVRに触れる機会を増やす動きがある。

昨年から、タッチポイントという意味で、アミューズメント施設へのハイエンドVRの導入は積極的に行われてきた。昨年には既にサンシャイン池袋の「スカイサーカス」、大阪のユニバーサルスタジオジャパンのアトラクション「VRコースター」などに導入され、VRの認知向上に一役買ってきた。現在もなお、こうしたアミューズメント施設への導入は広がっている。

また、アミューズメント施設の展開はソフトメーカーにもメリットがある。アトラクションのコンテンツは概ね約10分で、この程度のボリュームならば制作は比較的容易だという。それでいてユーザーから1回500円~1千円程度の利用料金を回収できるため、現状の収益性は高い。PS VRのような家庭用のハイエンドVRの普及も継続していくが、ハイエンドVR機器を買えない人、買わない人に向けてアミューズメント施設での展開に注力する動きも広がっている。こうした取り組みを通して、最終的にはキラーコンテンツの登場を待つことになる。

モバイルVRは今後も地道に裾野を広げていくと思われるが、ハイエンドVRの普及にはもう少し時間がかかりそうだ。

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