アメリカでシェールガスが採掘されるようになってほぼ10年。世界最大のエネルギー資源輸入国だったアメリカは、今では世界一の生産国となった。その結果、エネルギーの分野で中東は発言力が低下、ロシアは経済に大きな打撃を受けた。そしてこれが世界のパワーバランスに大きく影響を与えている。文=国際ジャーナリスト・戸田光太郎
シェール革命で世界一のエネルギー資源生産国となった米国
世界一の原油輸入国だった米国
石油は、数億年前に生息した水生植物や動物の遺骸が積もり、地熱で長い年月をかけ堆積岩中で地質学的変化を遂げて生成されたものだと言われている。これが突然、19世紀末からの自動車の普及や20世紀に入ってからの飛行機の普及で爆発的な需要を呼び、数億年の眠りから目覚めさせられたのである。
「ジャイアンツ」という映画でジェームス・ディーンが石油を掘り当てるシーンがあるようにアメリカは産油国だ。1971年に、アメリカの原油生産はピークを迎えたが、石油価格の自由化以降、生産量は減少を続けた。その一方でアメリカの石油消費量は増え続け、アメリカは世界最大の原油輸入国となり、中東へ依存することになったのだ。
一方、国際石油資本などから石油産出国の利益を守ることを目的として設立したOPEC(石油輸出国機構)は、73年の第4次中東戦争直後、原油公示価格を引き上げた。原油価格は急騰し、いわゆる「オイルショック」が世界を襲い、日本にまで波及した。
意味不明だが、日本ではトイレットペーパーが払底した。OPECはイスラエル対アラブ諸国という構図の中、イスラエルを支持した米国への原油輸出を禁止した。米国内ではこれによりガソリン価格が高騰したため、75年から原油輸出を禁止して、国内のエネルギー価格の安定に務めた。こうして米国産の原油は実に40年もの間、国外に出なかった。
シェールオイル増産で原油輸出解禁に踏み切った米国
昨年、オバマ米大統領は、トランプが次期大統領に決まった年末になって、この40年にわたる原油輸出の解禁に踏み切った。
背景にあったのは、シェールオイルの増産というアメリカの経済的な事情と、エネルギーを関係国に対する影響力行使の手段とするロシアへの警戒からである。米議会で共和党議員を中心に輸出解禁を求める声が強まるなか、民主党が要請する再生可能エネルギーへの優遇策の継続などと一本化することで妥協が成立した。
「40年間におよんだ原油輸出禁止は米国の雇用を犠牲にし、イランやロシアのような輸出国の力を強めている」
共和党の上院トップ、ミッチ・マコネル上院院内総務は予算可決直前の声明で原油輸出解禁の意義を訴えていた。
シェールオイルが変えた米国のエネルギー政策
現在、アメリカの年間原油生産の半分程度の15億バレル強がシェールオイルだ。シェールガス/シェールオイルは頁岩と呼ばれる堆積岩の地層から採取される。頁岩層にガスが存在することは古くから知られていたが、低コストで採掘する技術がなく、放置されていた。しかし90年代後半に水圧破砕法という新しい技術が開発され、比較的低コストで天然ガスの採掘を行うめどが付いたことから一気に開発が進んだ。
シェールオイルも、シェールガスと同様、頁岩層から採取される。頁岩層は米国内に広く分布していることから全米各地で採掘が進み、天然ガスおよび原油の生産量は急増した。その結果、2012年にはロシアを追い抜き、世界最大の天然ガス生産国となり、続いて14年にはサウジアラビアを抜いて世界一の原油生産国となった。
アメリカは20年までにエネルギーの完全自給を達成できる見込みで、国内にはエネルギーがダブつく。そのため余剰エネルギーを輸出に回したほうが国益にかなうとオバマ大統領は判断した。
こうして世界最大のエネルギー消費国だったアメリカが、資源大国に変貌を遂げた。
シェール革命が変革した世界のエネルギー勢力図
大打撃を受けたロシア
同時に、アメリカ、ロシア、中東のエネルギー世界のパワーバランスも大きく動いた。
アメリカが一大産油国になったこともあり、かつて1バレル147ドルの高値を付けた原油価格は下落、現在は50ドル前後となっている。シェール革命だけでなく、OPECが減産を見送ったこと、中国の成長の鈍化や欧州の経済不安など世界全体での経済の先行きに対する懸念も原油価格下落につながっている。仮にOPECが協調減産したところで、シェールオイルが増産されれば意味がない。
つまりシェール革命によってOPECの市場での存在感は以前よりも低下した。
それ以上に打撃を受けたのはロシアである。
今やロシア経済は、原油や天然ガスなどのエネルギー頼みの経済である。冷戦時代までは世界を二分したように見えていたソ連だが、91年に崩壊した後は、その混乱に乗じ国有財産を食い物にした新興財閥オリガルヒだけが肥え太った。
これを一掃したのが00年に大統領となったプーチンである。そしてその原動力となり、疲弊したロシア経済を救ったのは、天然ガスや石油などの地下資源だった。ロシアは農産物の一部を海外に依存している。資源が売れないと農産物を輸入することもできなくなるだけではない。国家予算の52%がエネルギー資源に支えられているのだから国家運営にも支障が出る。その意味でロシアは石油で食べている中東諸国とよく似ている。
それが、アメリカのエネルギー市場への参入で、以前のようには稼げなくなってきた。かつてアメリカは中東の大量の原油を買っていたのに、シェール革命以降は買わなくなった。そこで中東各国は販路をヨーロッパに求めた。
ロシアで生産される天然ガスの7割は、ヨーロッパに輸出されていた。ヨーロッパへのロシアの独占的なガス供給はロシアにとっては生命線だった。
しかし、06~08年にかけ、ロシアとウクライナはガスの価格交渉で対立する。その溝は容易に埋まらず、結局ロシアはウクライナ向けのガス供給を停止した。ヨーロッパへガスを供給するパイプラインはウクライナ国内を経由していたため、ヨーロッパへのガス供給も止めざるを得なかった。
これを契機にヨーロッパは天然ガスの供給先の多様化の検討を始める。そのタイミングでアメリカのシェールガス革命が起こる。そこで中東の天然ガスがヨーロッパへ向かい始めた。
激変する世界のパワーバランス
ロシアにとって痛手だったのは、欧州市場を荒らされただけでなく、価格決定権まで奪われつつあることだ。
天然ガスの主な生産国は、ロシアとイラン、カタール、アルジェリアなど。これらの国は“ガスOPEC”ともいうべき組織を結成、天然ガスの価格を釣り上げてきた。
ところが、以前はアメリカに天然ガスを輸出していたカタールは、売り先を失ったため、安値を武器にヨーロッパに殴り込んだ。その結果、カタール産に比べ高いロシア産天然ガスは欧州市場で競争力を失っていく。対抗上、ロシアもガス価格を引き下げざるを得ないが、中東よりもロシアの生産コストが高いため、価格競争になるとロシアの負う傷のほうが大きい。
ガス価格をめぐっては、訴訟も起きている。ドイツの電力会社大手のエーオンは、ロシアのエネルギー会社ガスプロム側とガス供給の長期契約を結んでいたにもかかわらず天然ガスの価格引き下げを要求した。ガスプロムが契約違反を主張したために裁判となったが、結局、2割の値下げを認めざるを得なかった。
このように地下資源が以前のように売れなくなった今、ロシアに残っているのは宇宙産業と兵器ということになる。
今年、ロシアが中東の親米国に対し、武器の売り込みで攻勢をかけた。10月5日にはサウジアラビアと防空用の最新鋭地対空ミサイル「S400」の売却で合意、9月にもNATO加盟国として米国と同盟関係にあるトルコと「S400」輸出契約を結んだ。ロシアとサウジの商談は、サウジ国王として初めてモスクワを訪問したサルマン国王とプーチン大統領との会談で決まった。ロシア側は正式発表を見送っているが、アルアラビーヤなど中東の衛星テレビが報じている。
これまで米英からの武器調達が中心だったサウジやトルコでの商戦成功は、中東でのロシアの存在感の高まりを示す。ロシアの武器輸出額は米国に次ぎ世界2位。米専門家は「石油や天然ガスなどの国際価格が低落する中、武器販売は利潤幅が大きく魅力的」と分析する。
ロシアとの関係強化はサウジにとってもイランを牽制する意味でメリットがある。11年に始まったシリア内戦ではロシアとイランが結束してアサド政権を支援し、サウジは反体制派を支援してきた。だが15年のロシアの軍事介入以降、アサド政権が優位を確立し、イランの影響力も拡大しつつあるのが現状。ロイター通信によると、サルマン国王は5日、プーチン大統領に「イランは中東の紛争への介入を中止すべきだ」と伝えている。
アメリカがエネルギーを自給できるようになると、理論上、サウジアラビアなど中東の産油国に依存する必要がなくなる。米国が「世界の警察官」として振る舞ってきた理由の一つは、石油の安定確保のためだが、こうした制約がなくなった以上、過剰に中東情勢にコミットする必然性は薄くなった。中東各国はこうした地政学的変化に極めて敏感である。特に、米国を後ろ盾に中東の盟主として振る舞ってきたサウジアラビアの危機感は強い。それがロシアとの接近につながった。
このように、ここ10年のエネルギー革命は、世界のパワーバランスを劇的に変えつつある。学校で教える世界史は、この変化を教えなくては不完全なものになってしまう。毎年改訂しなければいけないのが今の世界史教科書だ。
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