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健康経営は会社の競争力と業績を向上させる――藤野英人(レオス・キャピタルワークス社長・最高投資責任者)

健康経営イラストイメージ

藤野英人

ふじの・ひでと 国内・外資大手投資運用会社でファンドマネージャーを歴任後、2003年創業。主に日本の成長企業に投資する株式投資信託「ひふみ投信」シリーズを運用。明治大学商学部兼任講師、JPXアカデミーフェローを長年務める。一般社団法人投資信託協会理事。(Photo=佐々木 伸)

従業員の健康は経営課題になる

総務省統計局によれば、65歳以上の人口は2016年に3461万人となり、総人口に占める割合は27.3%にまで達した。少子高齢化がますます進行する中、生産年齢人口の減少は働き手の不足となって数多くの企業で重要な経営課題となっている。

当然、高齢化は医療費の増大を伴い、保険料という形で現役世代の負担となり、さらには介護の問題も今後より一層深刻さを増すことが予想される。世界的に見ても先行事例が見当たらないような人口構造の社会において、個人の働き方にはこれまで以上の改革が求められることになるだろう。そうした企業や個人を取り巻く状況を改善させる可能性のある経営戦略が、昨今注目され始めた。それが「健康経営」である。

経済産業省はこの言葉を次のように定義する。「『健康経営』とは、従業員等の健康管理を経営的な視点で考え、戦略的に実践することです」

要するに、会社経営に従業員の健康という観点を持ち込むことで業績を向上させましょうという経営戦略なのである。

こうした概念そのものは1985年頃、アメリカで話題になり、日本では06年に健康経営学会というものが設立されたが注目されているとは言い難かった。

15年には経済産業省と東京証券取引所による健康経営銘柄の選定が始まり、過労死問題やブラック企業への批判の盛り上がりとともに、従業員の健康は経営課題の一つだという認識が徐々に浸透してきた。

健康経営が注目されるようになった理由

健康経営が注目されるようになったのにはいくつか複合的な理由がある。

まず、時代背景として少子高齢化が進む社会で、労働市場は働き手不足が深刻な問題になっている。労働力の供給が不足した状況では、使いつぶしで新しい人をどんどんと採用していくことはできず、いま働いている従業員をもっと活用しないといけなくなってきた。

次に、働く価値観の変化もある。特にミレニアル世代を中心に、仕事中心の人生ではなくてプライベートの時間も充実させたい、そう考える人が増えてきた。個人の時間を損なってまで仕事をしては本末転倒じゃないかと、仕事や会社に対する働き手の価値観が変化してきたのだ。

企業の働き手不足と、個人の仕事に対する価値観の変化、そうした時代背景が重なり、従業員の健康は重要な経営課題のひとつになった。

では実際、経産省の考えるように健康経営に取り組むことで業績の向上につながるのだろうか。健康経営に詳しく投資家でもあるレオス・キャピタルワークスの藤野英人氏はこう語る。

「健康経営銘柄に選定された銘柄の株価動向を見てみると、市場平均を大きくアウトパフォームする傾向があることが分かります。企業ごとの個別具体的な事例では因果関係を把握するのが困難だとしても、株価の部分では健康経営に取り組むこととの相関関係はあります」

株価以外で考えても、従業員の健康を経営上の課題だと認識している、いわゆる健康経営推進企業は、オフィスにも気を配り、活発な会話を促進するようなレイアウトを取り入れ、リラックスできるスペースを確保する企業も多い。

また、フレックスタイムの導入など、制度面でも従業員の多様なニーズに応えている。それはやがて、さまざまな施策を行う自社の状況に適した、公平な人事制度にまでつながってくるはずだ。そこまで社員の健康を真剣に考えている企業とそうでない企業では、人材採用やブランディングの面で差がつくのは、当然の流れなのかもしれない。

従業員の健康に留意することが会社の競争力を上げる

さらに藤野氏はこう語る。

「ロイヤルティーやエンゲージメントは会社の業績に直結します。このことを説明するのに、まずは長く続いたデフレによって、日本の社会に何が起きていたかを把握することが必要です。デフレというのは商品市場と労働市場の双方に影響を与えます。デフレの社会はどんどん商品の単価が下がると同時に、社員の数を減らすことや、給料を減らす必要が生まれ、社員に関する支出はコストだという発想が強くなってしまう。デフレを背景としたコストカット的な発想は労働市場にも影響を与え、労働に対する期待が低下し、仕事に関する誇りもなくなり、組織に対する帰属意識は低下するのです。総じて働くということの魅力が低下するわけです」

こうしてデフレ時代の低価格競争はサービスの価値を下げるとともに、仕事そのものの価値も会社に対するロイヤルティーも引き下げ、結果として日本という国は世界で一番社員の会社に対するロイヤルティーが低い国になったのである。

逆を考えれば、藤野氏の言うように、エンゲージメントを高めようとする会社が従業員の健康を気遣えば業績の向上につながるはず。何より近年、健康経営という言葉が話題になっているのは、従業員の健康に留意することは会社の本源的な競争力を上げるということに気付き始めた会社があることの証左なのかもしれない。

まずは形だけでも健康経営を取り入れる

一般的に豊かな人生には、時間、お金、健康、良い仲間が必要だと言われる。健康であることは確かに会社の競争力と相関関係があるとしても、そもそも人間にとって重要であるはずだ。

会社の機能に健康を与えることは含まれないかもしれないが、社員の時間とエネルギーを提供してもらい、対価としてお金を支払う。ビジネスをまわすのであれば、社員の健康に気遣うのは当たり前だろう。

社員の健康を気遣うことがモチベーションを引き上げ、会社の競争力へと結び付き、業績を向上させるのであれば、健康経営はやるべきかどうか、ではなくもう既にやって当たり前なのかもしれない。藤野氏は言う。

「善人のまねをするのは善人、泥棒のまねをするのは泥棒。まずは形だけでも健康経営をやってみるのは良いことだと思います。きちんと反省、検証を行い次の取り組みへと反映させていけばだんだんと本物になってくるはずですから。すこし楽観的過ぎるかもしれませんが(笑)」

まずは職場でみんなが健康に仕事をしているか、考えるところから始めればいいのかもしれない。

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