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脱炭素化社会と「地域循環共生圏」を目指す環境省の取り組み――中井徳太郎(環境省 総合環境政策統括官)

環境省 総合環境政策統括官 中井徳太郎氏

世界が脱炭素化に向けて走り出す中、日本も排出量の削減目標を掲げて社会の転換を図っている。その主役は環境省だ。環境大臣が中心となり、金融界とESG金融懇談会を設け、提言をまとめるなど、変革をリードしている。では、今後どのように脱炭素化を進め、未来図をどう描くのか、中井徳太郎総合環境政策統括官に聞く。

中井徳太郎・環境省 総合環境政策統括官プロフィール

中井徳太郎・環境省 総合環境政策統括官

(なかい・とくたろう)1962年東京都生まれ。東京大学法学部卒業後、大蔵省(現財務省)に入省。主計局主計官(農林水産省担当)などを経て、東日本大震災後に環境省に異動。大臣官房審議官、廃棄物・リサイクル対策部長などを経て、17年7月より現職。

脱炭素化社会に向けて動き出した世界

世界を一変させたパリ協定とSDGs

―― 世界は温暖化対策に積極的になりましたが、やはりパリ協定がきっかけだったのでしょうか。

中井 2015年12月に結ばれたパリ協定は、気候変動に立ち向かう画期的な合意です。

それまでCO2の排出は産業革命以降に発展した先進国の問題で、その責任は先進国にあるというのが途上国のスタンスでしたが、近年の経済成長で途上国の排出量が増加。途上国も含め各国が共通して取り組みを進めていくことが重要になりました。そのような状況を受け、パリ協定で両者は歩み寄り、人類の危機を世界全体で解決していくべくコミットしたわけです。

その裏には、約1℃の温度上昇によって既に異常気象をはじめとする経済活動への影響が実感されつつある中、もし、さらに1℃上がれば海面上昇で南洋の島などは海に沈んでしまうといった危機感があります。それが、人間の活動によるCO2排出が今後増えない構造に変えていきましょう、という強い動機になったのです。

しかし、それだけではありません。パリ協定というのは気候変動枠組条約の下での協定ですが、国連でも同じ年の9月に、持続可能な開発目標、いわゆるSDGsを採択しています。これもパリ協定と同じく、地球のエコシステムが壊れていることが発端です。

30年に向けて、環境はもちろん、貧困や食糧問題など、17のグローバル目標をつくって進めています。この2つの流れが15年にスタートしたことが、世界全体が脱炭素化に大きく舵を切った要因となりました。

―― 温暖化防止のためにどういった動きがありましたか。

中井 15年以降、温暖化を止めるために石炭や石油などの化石燃料の消費を抑制するという流れに拍車がかかっています。

具体的には、事業活動によるものづくり、流通などにはお金が必要ですが、そのお金の流れを握る金融当局や中央銀行といった金融サイドがイニシアティブをとって脱炭素社会へ移行する方向へと変えようとしています。

最たるものが、G20の財務大臣、中央銀行総裁からの要請を受け、金融安定理事会の下に設置されたTCFD(気候関連財務情報開示タスクフォース)です。これまで、環境についてはCSRレポートなどで非財務情報として報告されていました。ところが、気温上昇が進めば経済活動にさらなる影響を及ぼすということで、世界は化石燃料に頼らない方向へと動いていますし、CO2の排出が多い石炭などは埋蔵されていても売買できない。つまり資産として考えられなくなるリスクがあります。

同時に、再生エネルギーを中心とした新ビジネスも誕生している。言うなれば経済の仕組みが変わったのですから、環境要因そのものは財務情報ではありませんが、長期的な時間軸で考えればお金に換算されてくる話です。そこで、気候関連リスクや機会を特定し、経営戦略やリスクマネジメントに反映し、年次の財務報告のプロセスに組み込むことを金融当局も勧めるようになったのです。

そして、世界の金融機関や機関投資家が続々と、この明確なメッセージに賛同しています。国連も06年にESG(環境・社会・ガバナンス)情報を考慮した投資行動を求める「責任投資原則(PRI)」を打ち出していましたが、こちらも署名機関が年々増加しています。

金融界の動きは他の業種へも波及しています。

例えば、事業運営を100%再生エネルギーで賄うことを目指すRE100や、科学的知見と整合した排出削減の目標設定であるSBTなどがそうです。大企業が率先して「脱炭素化」にコミットしはじめたのです。

こうした動きは中小企業にもサプライチェーンでつながっていますから、今や日本全国にひろまりつつあるのです。環境省としても、お金の流れを変える、金融の側面からのアプローチにより力を入れていこうとしています。

化石燃料からの脱却と新技術でCO2を削減

―― 化石燃料に関連する事業は今後どうなりますか。

中井 メガバンクは石炭火力への新規の融資を控えるコミットをしています。最新鋭の石炭火力発電方式であっても、LNGガスの約2倍のCO2が排出されます。しかし、途上国にある老朽化した石炭火力発電所だと、変えようと思っても、すぐにLNGや再生エネルギーに変えられない事情がありますから、この技術が最善の選択肢になる場合もあるのです。

一方で、ダイベストメントの動きもありますから、従来のようには化石燃料を燃やすことのできない時代であるのは間違いないでしょう。

―― CO2の削減目標の達成は可能ですか。

中井 30年へのコミットとして日本は13年度比で26%減らすと決めています。その後、加速度的に50年までに80%減らす予定です。

その方法は化石燃料からの脱却以外にもさまざまで、新たな技術も期待されています。CO2を回収して地下に貯留するCCSや回収したCO2を再利用するCCUといった技術も生まれています。CCSについては日本では苫小牧沖で貯留の実証実験を行っており、技術的にはクリアしつつあります。

あとは主にコストと貯留適地の問題です。CCUに関しても環境省では人工光合成等により工業原料を作るなど、さまざまな技術開発・実証を行っており、こうしたイノベーティブな技術も活用して削減目標を達成しようとしています。

脱炭素化社会とSDGsを達成する「地域循環共生圏」の構想

未来のヒントは江戸の社会にある

―― 脱炭素化の流れは金融界が主導していることもあり、海外は財務省などが動いているそうですが、日本では環境省が主導していますね。

中井 金融庁も力を入れはじめていますが一般的に省庁というのは監督者、規制をつくる側であることが多いわけです。

一方で今回、環境省は社会変革を促すプレーヤーの目線で動いており、しかも、野球で例えればサインを出すキャッチャー役でなく球を投げるピッチャー役です。お題は、脱炭素化とSDGsなのですから、これを国内で具現化して世界に広めていく、そういう構想で動いています。

その絵を描いて閣議決定まで持っていったのが第5次環境基本計画で、脱炭素化とSDGsを達成した状況を「地域循環共生圏」という構想を描いて動いています。

―― 地域循環共生圏とは。

中井 地域にはそれぞれ自然の恵みなど、独自の資源がありますね。例えば、エネルギーでは太陽光や風力、バイオマス発電の燃料となる木質ペレットなどがそうです。

今後、エネルギー分野の地産地消ができれば、海外から化石燃料を輸入する構造がなくなります。エネルギー以外でも、食や景観、祭りといった観光資源なども生かして、それぞれの地域にあった持続可能な経済をつくり、それをまわしていこうというのです。

もともと、江戸時代は見事なまでの循環社会だったわけですから、人口の規模こそ違いますが、それをテクノロジーで補えば循環社会を取り戻すことも可能だと考えています。そうすればゴミもゴミでなくなり、大量廃棄もなくなる。何より、脱炭素の目的も果たされます。その構想の旗振り役が環境省なのです。

脱炭素化によって生まれる技術、ビジネスとは

―― こうした構造変化で、どのようなビジネスが生まれてきますか。

中井 エネルギーシステムの再構築も必要ですし、気候変動で災害が多発すれば災害に強いインフラも必要です。高齢化でも公共交通機関の維持など、生活全般にさまざまな問題が噴出しています。これらを今後、テクノロジーの力を利用しながら事業として解決していこうと考えています。

例えば、バイオマスボイラーも輸入しているのが現状ですが、これも日本に適した小型版のバイオマスボイラーをつくるとか、太陽光パネルについても、災害にも強いパネルを含めたシステムをつくるなど「なければつくる」といった発想が必要ではないかと思っています。

高度成長期には、米国の生活に憧れて車やカラーテレビなどの家電をなんとか生産し、白物家電は一時期、日本製品が席捲したじゃないですか、でも基本技術は全部アメリカのものですよね。日本の企業は応用に長けているわけですから、うまくできるはずです。

最終的には融資や投資が必要だと思いますが、そういう部分には環境省など国の補助があってしかるべきだと思っています。既に、地域によって動き始めたところもあり、神奈川県の小田原市や滋賀県の東近江市などは実に進んでいます。

例えば東近江市は、汚染から琵琶湖の環境を取り戻した経験から住民の環境意識が強く、エネルギーや、森林の整備といった問題をみんなで協議する円卓会議をつくっています。また、新たな事業に対しても、近江商人の発祥地らしく「東近江三方良し基金」をつくり、市の政策と連携してさまざまな事業を生みだしています。

環境省としても、こうしたトップランナーを後押ししながら、前例がないとなかなか動けない金融機関に対して、前例を作る後押しを行うなど、いい事業を生み、それをバックアップしていく、そういった汗かき役になっているのです。

脱炭素化と循環社会の実験

循環社会を実現するために環境省ははさまざまな支援を行っている(画像は富山県)

―― 脱炭素化に向けて画期的な技術は誕生していますか。

中井 エネルギーの技術では、今再生エネルギーのような「つくる」方向と、消費エネルギーを「減らす」方向の2つの大きな流れがあります。

減らす方では「窒化ガリウム」に期待しています。現在のLEDが普及したのも青色を出せる窒化ガリウムのお陰ですが、この窒化ガリウムを使えば電気の交流と直流の変換効率を格段に向上させることができるのです。

これは、究極のエコ技術で、電気自動車にも使えますし、電子レンジなどさまざまな分野に応用できます。プラスチックも問題になっていますが、構成要素を炭素や酸素といった元素にまで分解して再構成する技術も出てきています。出さない、捨てないは大事ですが、捨てられたものを集めて、高度に再利用を行うことも技術的には可能なのですから、海洋プラスチックの問題にも応用できるのではと期待しています。

幕末の頃、欧米の外交官が日本の循環社会に驚いたといいます。ところが明治政府は日本の良さを脇に置いて富国強兵、つまり化石燃料へとシフトしていきました。今度は、かつて横に置いた日本の良さを、ハイテク技術で地域の中に形づくっていく番です。ポーランドで開催されたCOP24でも地域循環共生圏は強い関心を持たれました。

19年にはG20が日本で開催されます。その時にまた、この地域循環共生圏を詳しく知ってもらい、世界に向けた日本発のモデルにしたいと考えています。

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