かつて、といってもそう遠くはない数年前、企業が環境問題に取り組むのは、CSR(企業の社会的責任)活動においてがメーンであった。
ところが、プラスチックの海洋汚染や気候変動などの環境問題が、各国首脳が集まる会議のテーマになるなど、その深刻さは日を追うごとに大きくなっている。
では、企業トップはこうした問題をどうとらえているのか、日本でもいちはやく持続可能な発展という概念を経営に取り入れた三菱ケミカルホールディングスの越智仁社長に経営にとっての環境問題について聞いた。聞き手=古賀寛明 Photo=山内信也
越智仁・三菱ケミカルホールディングス社長プロフィール
企業が成長する前提条件に加わった「持続可能」という思考
リーマンショック意識が強まった「持続可能」の概念
―― 気候変動などの環境問題が経営に影響を及ぼすように感じますか。また、そう考え始めたのはいつごろからですか。
越智 持続的な成長いわゆるサステイナブルデベロップメントを経営の方針として表明したのが2007年のことですが、表明の裏には、同じ年に社長に就任した小林喜光現会長がグループの中長期的な展望を描く上で、将来の課題について大々的に行った調査がありました。
この調査では気候問題をはじめ、水や食料、日本企業の競争力の低下や政治、経済の多極化といった将来的なさまざまな課題が提起されていました。これらの想定される課題に対する事業による課題解決や国連で持続可能な開発の概念を打ち出したノルウェー元首相のブルントラントさんの影響などを受けて、会社の方針としてサステイナブルデベロップメントが欠かせないものとして導き出されたのです。
それは、私たちの会社の持続性というよりも、社会全体でサステイナブルデベロップメントを行わなければならない。そういうことでした。
18年を振り返っても洪水や台風が多く、北米では山火事が多かったですよね。まさに調査した時に懸念していた問題が顕在化していると感じています。
―― 当時、サステイナブルデベロップメントという文言は周りからどのようにとらえられましたか。
越智 当時、ある大学で講演したのですが、「そんなことよりも、もっと稼いだらいかがですか」、といった意見をもらいましたね。リーマンショックの後でしたから、サステイナブルなんて言っている暇はないでしょということです。
ただ、われわれにとってもリーマンショックがあったからこそ、「お金は大事だが金の亡者になってはいけない」と、より強く意識するようになったわけですけどね。
「持続可能」の概念を会社の事業に落とし込む
―― こうした概念を具体的にどう事業に落とし込んでいったのですか。
越智 サステイナブルデベロップメントという概念ができたなかで、現実的にどう動くのか、それを具体化したのが、「KAITEKI経営」で、将来にわたってグループを支える事業の判断基準として、「サステナビリティ(環境・資源)」、「ヘルス(健康)」、「コンフォート(快適)」の3つを定め、08年から10年までの中期経営計画(APTSIS10)を進めました。
また、当時はグループの構造改革の必要性がありましたから、石油化学を中心に売り上げにしてだいたい6千億円ほどの事業を整理しています。大きなものとしては鹿島に2系列あったエチレンプラントのうちの1系列を、そして旭化成と弊社で水島に1基ずつ保有していたエチレンプラントも1基停止し、残る1基を共同運営としています。
それら構造改革の結果として、当社が排出している温暖化ガスは当時に比べれば2割ほど減っていますが、構造改革に取り組んだ理由は温暖化ガスの排出だけではなく、汎用石化の競争力低下に直面したことによる危機感でした。
それまで好況、不況の波に翻弄されながら事業を継続してきましたが、頭打ちとなる内需、中国の過剰設備などを見据え、いち早く手をうって、付加価値の高いものを世の中に提供していく企業体を目指そうと考えたのです。
われわれとしては全体の事業構造を変えて、さまざまな社会課題にソリューションを生み出す方向に変えていこうとしたわけです。つまり、製品やサービスによって持続可能な世界をつくることに貢献する。これを大きな目標にしたのです。
総合化学会社は、あまりにも事業が多岐にわたりすぎて、一般の人には何をしているかよくわかってもらえません。そこで、地球、社会の持続的な発展に貢献するという一つの命題を作り、ようやく社会にソリューションを提供する会社として理解してもらえるようになったのです。
持続可能な発展に向け企業が取り組むべきこと
植物由来よりもまずは「分別」
―― 時代が変わっていまはより環境に対する要請が厳しくなっているのではないですか。
越智 15年のパリ協定を考えれば、政治の世界ではあそこまで変わってきているといえます。
京都議定書は、米国の離脱や中国・インドが削減義務対象外であるなどEUが中心で、それ以上の地域には広がっていませんでしたが、パリ協定以降、日本政府も50年を意識して、30年には13年に比べて温室効果ガスを26%削減するという中期目標を掲げました。そういう目標が出てくるということ一つとっても、企業も何らかの対応をしなければならないということです。
また、日本社会の課題は環境だけではありません、労働力不足や高齢化といった人の問題も出てきましたし、ここ3、4年で仕事の価値観の変化やシェアドバリューといった新たな価値観も出てきて、その変化に対応できるような企業になっていかないと、生き残っていけなくなっています。
オランダの化学企業のDSMはカーペットの素材を製造しているのですが、資源を再生するサーキュラー・エコノミー(循環経済)を意識し、100%リサイクルが可能で、製造工程のエネルギー使用量も削減できる新たな素材を開発しました。
日本のテクノロジーは高く、これまでサステナビリティに貢献してきたといいますが、日本も国として温室効果ガスの26%削減という目標を立てのですから、企業もそこに向けて努力しなければならない、そう思いますね。
―― 今出ましたサーキュラー・エコノミーも事業の重要なテーマとしてあげられていますが、実際に動き出していますか。
越智 まだ完全ではありません。というのもわれわれだけでサーキュラー・エコノミーを行うのは無理だからです。
こういう問題は政治と社会、そして企業が一体となって進めなければうまくいきません。
廃棄プラスチックの問題がそうです。日本が昔からプラスチックの分別を行い、リサイクルを進めてきたのは、そうしないとゴミを埋める場所がなくなるからです。
ただ、このリサイクルシステムも、中国が、日本、米国、欧州などから廃プラスチックを資源として輸入していたので機能していましたが、中国が輸入を規制したことにより、改めて見直す必要が出てきました。官民の取り組みにより、選別機や洗浄設備など新たな技術を導入して、国内におけるリサイクル体制を改めて整える必要があります。
当然、消費者の方々により細かく分別を行って頂くことも重要になります。上手くいくかどうかは人が握っています。プラスチックを食品ごみといっしょに捨てていたのでは実現は難しいですね。
必要となるリサイクルの仕組みづくり
―― 生分解性のプラスチックがストローやコップに使われていますね。
越智 タイのPTT(タイ石油公社)と共同でバイオPBSという生分解性のプラスチックを生産しており、使い捨て食器や紙コップ、食品包装材などに採用されています。
当社のPBSの歴史は長く、例えば、畑で真ん中に穴が開いている黒いシートを見かけたことはないでしょうか。あれは虫除け防止と保温に優れているのですが生分解性なので、作物を収穫した後には、耕運機で土と一緒に耕せば、やがて分解して土に還るのです。あれが、生分解性プラスチックのスタートでした。最近では飲食店でも通常のプラスチックストローを使わない風潮になってきていますから一気に需要が増えています。
―― 普及のネックになるのは生産コストの問題ですか。
越智 コストは確かに高いですね。しかし、懸け離れているというほどではなくて、これまでと比べて3倍程度でしょう。ですからそれをどのように考えるかでしょうね。
ストローは、飲み物自体の料金に比べれば決して高いものではないですが、コストが上がるのは確かなので、個々の企業として廃プラスチックの問題をどうとらえて使う決断をするかどうかということだと思います。
ただ、廃プラスチックの問題は、生分解性プラスチックだけでは解決しません。基本は、不要な使用を減らし、分別、リサイクルを徹底することですので、飲食店もきちんと仕分けして回収しなければなりません。結局はわれわれ一人一人の行動の問題なのです。
―― 単純にバイオプラスチックや生分解性プラスチックに変えたイコール環境問題が解決というわけではないですね。
越智 そうですね、さらにいえば、バイオ系でつくれる範囲はまだ限られていますから、植物由来のプラスチックが求められても世の中から急に石油系がなくなることはないでしょう。石油系のプラスチックは強度があり耐熱性といった利点もあるので、バイオ系での代用はまだまだ難しい。
しかし、海洋プラスチックの問題は解決しなければならない重要な問題です。だからこそ、将来的には石油系と、バイオ系のプラスチックをどう使うのかということを明確に決めていかなければいけません。バイオ系はバイオ系で分けてリサイクルし、サーキュラー・エコノミーのスタンダード化をきちっとしていくことが大事です。
車や家電のリサイクル率は高いと言われています、それは仕組みづくりがしっかりしているからで、今後はそういった仕組みづくりが必要になりますね。
持続可能社会における経営の視点と企業価値の指標
環境負荷の軽減や省エネを数値化して評価
―― 会社の姿勢に対する株主や投資家の反応は変わってきましたか。
越智 私たちは、10年から、「時を越え、世代を超え、人と社会、そして地球の心地よさが続く状態」を「KAITEKI」と表現し、この実現を掲げていますが、まずはKAITEKIの価値を理解し、評価してもらえるようにならなければいけないと思いました。
そこで、理解してもらうためにもKAITEKI価値の構成要素の一つであるサステナビリティを定量的に測れるものにしました。環境負荷の削減や省エネの取り組みなどを数値化して評価するのです。
実際、CSRの格付けとして知られるダウジョーンズのサステナビリティ・インデックス(DJSI)や、日経のNICESにおいても、財務的な指標と、非財務的な指標のどちらも上がってこないと評価されません。DJSIも最初は評価が低かったのですが、6、7年かけてアジア・パシフィックからワールドメンバーに入っています。
これらは、どれだけ改善しているのかが目に見えて分かるのです。収益という項目ももちろんありますが、同様にサステナビリティという項目もどれくらい改善されたかが数字で出るようになっているのです。温暖化ガスの排出の削減でどれくらい効果が出ているのかとか、社員のクオリティオブライフの実現がどれくらいの効果を生み出しているのかといった定量的な取り組みは、これまでの社会貢献とは基本的な考え方が違います。
ただ、この効果を企業価値として取り組むことを投資家の方に納得してもらうには5年くらい時間がかかりました。ようやく理解されてきましたが、今度は世の中のニーズがガラッと変わってきています。
―― どういう風に変わってきましたか。
越智 今までのように「サステイナブルな社会に向かって、私たちはソリューションプロバイダーとして努力しています」というような抽象的なことではダメだということです。
30年に向かって日本の国がどういう方向に向かっていくのかを政府も社会も示しはじめています。その中で三菱ケミカルホールディングスとして、どういった具体的な動きをするのかを考え、示さなければならなくなっているのです。
これまでは事業の構成をこういうふうに変えて、収益率を5年でここまで改善します、で良かったものが、企業として温暖化ガスに対してどう取り組むのか、働く人の満足度をどこまで上げるのかといった社会の要求に対する回答を明確にしていかなければならなくなっています。それを21年から5カ年の中期計画では織り込もうと考え、準備に入っています。
大きなテーマのゴールを考えていくわけですから、より戦略的にならなければいけないでしょうね。もう既に、欧州企業の中にはそういったことを進めているところもありますから、われわれもそういうフェーズに入ったということです。
企業価値は「経済性」「技術」「サステナビリティ」で決まる
―― サステナビリティと収益が同時並行している感じですか。
越智 私たちは、「経済性」と「サステナビリティ」と「テクノロジー」の3つを柱にしているのですが、この3つの柱がそれぞれ伸びないといけません。どれか一つが欠けても企業価値は向上しません。テクノロジーがなかったら事業は伸びませんし、経済性は企業としての大前提です。
そしてサステナビリティがなければ存続が認められません。世の中もサステナビリティを維持するため、さまざまな社会課題へのソリューションを求めているので、その方向に対応していかなければこちらの事業も長続きしません。
そういう意味で経営も長期的視点が必要になってきていますし、まさに事業活動を通じてサステナビリティに貢献するという在り方が当たり前な時代になっているといえますね。
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