意思決定、行動、やる気から、集団心理に至るまで、私たちのあらゆる活動に深く関わっている「脳」。本コラムでは、最新の脳科学の見地から経営やビジネスに役立つ情報をお届けします。(写真=森モーリー鷹博)
筆者プロフィール
Q:これからの時代を担う経営者やリーダーに最も求められる能力とは何ですか?
A: 感情を扱う力(エモーショナル・インテリジェンス)が大切になってきます。
世界的に注目されている『ある力』
現在、欧米を中心にエリートやエグゼクティブの間で注目されているある力があります。それが『エモーショナル・インテリジェンス(Emotional Intelligence: 通称 EI)』と呼ばれる力です(*1,2)。
これまでのビジネス界では、成果ばかりが注目されて、それに伴って感情を抑えなければならなかったり、軽視されるということが続いてきました。
例えば、リーダーは、成果への道筋や、論理的なビジョンを語るのがあるべき姿であって、自分の感情に意識を向けることは敗者のような扱いをされてきました。
しかし、昨今、大企業においてもエンロンや東芝の不正会計、大手メーカーの耐震偽造などをはじめとして、成果だけを追い求めた結果、かえって企業を窮地に追い詰めるなど、これまでのリーダーシップの形の限界が見え始めてきています。
これまでは、優れた経営者とは、ビジョンを掲げ、社員を鼓舞し、目標を達成していくことが重要とされてきました。
しかし『自分が本当に何をしたいのか? 感情にどのように向き合っていけばよいのか?』など、自分の感情そのもの(エモーション)をうまくマネージメントできる知性が高い人ほど、この多様化する社会でビジネスをうまく成功に導くことができることが注目されています。
幸福感は会社の売り上げに比例する
ビジネスは『感情を持つ人』からできています。そのため、人の感情を扱うことは、ビジネスそのものを扱うことだとよく言われます。
それでは、私達の感情そのものは、具体的にどのくらい会社の経営に影響があるのでしょうか?米国のイリノイ大学のエド・ディーナー博士は、感情の中でも私達の幸福感が組織にどの程度のインパクトを及ぼすのかという興味深いリサーチを行なっています。
その結果、幸福感が高い人ほど『生産性は31%、売り上げも37%高まる』そうです。さらに社員の創造性も300%上がり、欠勤率や離職率まで下がるという驚きのデータまで出ています。
また、プラスの感情だけでなく、マイナスの感情を扱う力も大切になってきます。
例えば、これまで、会社の中で個人が『弱み』を見せることはタブーとされてきましたが、最新の研究から、『弱みを見せることで逆に組織の生産性を向上させる』というデータも示されています。
その中で最も有名な例が、グーグルが2012年に約4年もの時間をかけて行なった「プロジェクト・アリストテレス(Project Aristotle)」かもしれません。
グーグルは、組織心理学者や社会学の専門家に、「生産性が高いチームと低いチーム」を徹底的に研究させました。その結果、意外なことに優れたリーダーがいるよりも『心理的安全性』があることが、生産性を高めるには重要だということが分かったのです。
『心理的安全性』とは、社員がリスクをとったり、失敗したとしてもそれを補う環境が十分に整っており、安心して仕事ができる状況を意味しています。
実は、お互いの弱みを共有している組織は、メンバーが自然と足りない点を補ったり、協力して他者を助けるという風土が生まれやすいため、この心理的安全性が高くなる傾向が示されています。
また、弱みをお互いに補完し合おうとする組織文化は、個人の成長が起きやすく、そのため、その総和として組織全体の成長率にも寄与することが予想されるのです。
弱みを見せることで組織は成長する
弱みを見せることで成功した組織の例としては、米国のネクスト・ジャンプが有名かもしれません(*2)。ネクスト・ジャンプは、Fotune1000企業の70%が利用する従業員向けの割引特典付きECサイトの優良企業です。
当初の採用面接では、一流大学のエリートばかりを採用していたそうです。しかし、その結果起きたことは、採用した人達のワンマンプレイが目立ったり、自信過剰な人が多く、個人と組織の成長が長期的に起きにくくなっていた時代があったようです。
ただ、2008年以降、新しい新人研修プログラムを開発し、研修の中で自分の弱みや本音を伝えているかどうかを合格の基準の1つにして、合格するまでチャレンジできる制度を採用することにしたのです(途中棄権する場合は、5千ドルもらって内定を放棄できるようにもしました)。
個人の弱みを『バックハンド』、強みを『フォアハンド』と呼んでいます。テニスプレーヤーとして成功するためには、フォアだけでなくバックハンドも磨かなければいけません。ネクスト・ジャンプでは、メンバー全員で協力して『バックハンド』を克服したり、強化するという取り組みを行っています。
その結果、ネクスト・ジャンプは『個人の成長と他者の成長が組織の成長を促進する』という企業風土が根付き、今では毎年安定した利益を生み出すようになっています。
日本で最も注目される次世代のエモーショナル・マネージメント
また日本の企業で最も感動したのが、2018年に「Fobes JAPAN WOMEN AWARD」を受賞した前川彩香氏が率いる株式会社LIFE CREATEかもしれません。
わずか5年で全国に現在72店舗を展開し、年商50億まで実現した急成長の企業ですが、近年は年に数百名を採用し急拡大しているにも関わらず、離職者が非常に少なく理念浸透率が100%だということです。
通常ここまで企業が急速に成長すると、経営者の理念が社員まで伝わりにくくなり創業当初と異なって離職者も多くなる傾向があるのですが、この会社はそういう様子が全く見られないのです。
代表の前川氏にもお話を伺わせていただいたのですが、その理由の1つが社員研修で行なっている『感情を人に共有する分かち合い』という最先端のプログラムということでした。この画期的なプログラムでは、仕事で起きていること、プライベートで起きていること、あるいは過去の感情(エモーション)を人とシェアし分かち合います。
時には自分の弱みと思える部分も分かち合い、仲間が支援者としてフィードバックを行っていくことで、自分では弱みと思い込んでいた部分が「強み」であることに気づき、参加者が『人という存在の素晴らしさ』に心を打たれて涙と感動の渦に包まれることも多々あるそうです。
例えば、「人前で意見をしっかり言えないこと」は『他者を思いやる力が高かったり、人を見る洞察力が高い』などの自分の深い本質(本当の能力)に気づくことができると『本当は自分がどうしたいか?、自分の役割は何なのか?』というWill(ウィル)を発見しやすくなります。そして組織全体でそれぞれのWillを支援し実現していくことで、個人とメンバーの成長を促し、最終的に組織の飛躍的な成長を実現させているのです。
また「人生を愛そう」という企業理念のもとに、一日徹底的に遊んでよい『遊ぶ日』の制度もあったりなど、社員の自己実現と感情レベルをうまくマネージメントできる最先端の仕組みが豊富で、今後日本において注目の企業です。
エモーショナル・インテリジェンスが世界の新たなトレンドに
現在、世界的にも価値観が多様化する中で、これまでのように成果だけを追い求めて、社員全てが同じ方向に一斉に動くという従来の組織の形には限界がきはじめています。
社員はそれぞれの意思を持っており、感情(エモーション)を持っています。人間の本質を理解し、弱い感情の部分を強みに変えていくこと、一人のリーダーが扇動するのではなく、みんながリーダーとして動いていく新しい『シェアードリーダー型』という形を持つ企業が、近年どの業界でも飛躍的に成長してきている感覚があります。
そういった意味で「自分が何のために働いているのか?」、「自分の弱みと強みは社会にどう生かせるのか?」、「自分はどんなことに喜びを感じるのか?」など、これからの時代は『感情を扱える力そのものが知性』として重要となります。
特に2020年以降は、『エモーショナル・インテリジェンス』が世界的な企業においても、新しいトレンドになっていくでしょう。
『事業は人となり』という言葉は、科学的にも正しいことが近年実証されてきています。
今回は紙面の関係でご紹介できませんでしたが、次回はさらに『エモーショナル・インテリジェンス』の奥深い世界(パートII)について、お伝えしていきたいと思います。
<参考文献>
(*1) Adam Goleman, “Emotional Intelligence for Leadership: A Practical Guide to Growing Up Your Ability to Leading Others and Manage People”
(*2) Human and Social Productions, “Emotional Intelligence: The Most Modern Psychologists Guide 2.0 to Improve Your Social Skills, Master Your Leadership, Boost Your EQ, Strengthen Self-Mastery and Unleash Empathy (Highly Effective Mindset Habits for Self-Help, Self-Development & Nlp Psychology)”
(*3) ロバート・キーガン著『なぜ弱さを見せあえる組織が強いのか – すべての人が自己変革に取り組む「発達指向型組織」をつくる』, 英知出版
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