経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

「夢は85歳まで生涯現役。起業家精神で次のステージへ」―笹川祐子(イマジンネクスト社長)

ゲストは、北海道から単身上京し、イマジンプラスを設立した笹川祐子さん。創業25年を迎えた今年1月、上場企業へグループインし、現在はイマジンネクスト社長を務めます。同じ女性社長として、創業した会社を手放すに至った決心と社員への思い、これからについて伺いました。(『経済界』2021年6月号より加筆・転載)

笹川祐子・イマジンネクスト社長プロフィール

笹川祐子 (イマジンネクスト社長)
(ささがわ・ゆうこ)北海道生まれ。29歳で上京。1997年人材派遣会社のイマジンプラス創業。2021年ワールドホールディングスにグループインし、社長を退任。現在、12年に設立した人材教育・研修事業を行うイマジンネクスト社長を務める。

時代を走る起業家精神で事業を成功させ成長企業に

佐藤 北海道から上京されたのが20代の終わり。若くして勇気の要ることですが、なぜ東京に?

笹川 もともとは札幌市のパソコンスクールで仕事をしながら最年少役員を目指していました。上京のきっかけは東京の事業家に熱心にお誘いいただいたからです。上京後、その方の会社で働きながら、新しい事業を始めたいと話し、3年目の1997年に人材派遣会社のイマジンプラスを立ち上げました。

佐藤 人材派遣業を選んだのは?

笹川 当時はワープロからパソコンへの移行期で、世の中にインターネットが浸透し始めた頃でした。パソコン関連の展示会が盛んに行われていましたが、会場にコンパニオンはいても、接客マナーがあり専門知識を持って分かりやすく説明できる人はいなかったんです。そこで「接客マナーが良く、パソコンに詳しいコンパニオンを育てたらニーズがあるのでは?」とひらめきました。

佐藤 そのひらめきが正しかった。

笹川 はい。特に研修の時間が取れないメーカーからの引き合いが多く、富士通、三菱電機、日本IBM、ソニー、日立、東芝などと取引が始まりました。そこで会社を設立し、上場を見据えてMBOで事業譲渡していただいたんです。

佐藤 時代と共に走っていますね。

笹川 時代の追い風に乗ることは大事ですし、他の人の3倍努力をすると事業は急成長します。

佐藤 逆に大変だったことは?

笹川 2008年のリーマン・ショックですね。それまでは増収増益で、拠点や社員を増やすのが既定路線でしたが、それがパッと消えてしまったのは恐怖でした。同業のリストラも目にしましたが、私は人材会社がリストラするのは本末転倒だと考え、社員の雇用を守りました。貯えがあったので、上場準備費用の支出を抑え、個人保証なし、無担保でキャッシュを集めました。売り上げが落ちても資金繰りは困らない形にしたんですね。役員報酬を減らし経費も自費にして、定期預金も解約しました。

佐藤 社員の雇用を守りながら自分の報酬を減らすのは、会社のためとはいえつらいですよね。

笹川 そうですね。ただ上京した頃と違って人脈に恵まれており、たくさんの人が応援してくれました。服やバッグ、靴を頂いたり、日用品や食品を分けてもらって、厳しい2年間を乗り越えました。

佐藤 笹川さんのお人柄ですね。窮地を切り抜けたきっかけは?

笹川 イマジンプラスでは教育した人材をお客さまの店舗などに派遣して販売や接客を行いますが、次第にマナー研修やコミュニケーション研修の講師を頼まれるようになったんです。そこで12年に教育事業を分社化し、イマジンネクストを設立しました。主に新卒や中高年向けの研修を行う会社です。もう1つ大きな売り上げを占めるのが、大手IT企業のコンテンツ制作。法人向けやコンシューマ向けの新製品の解説資料やウェブコンテンツ制作を手掛けています。

佐藤 起業家精神が窮地を救ったんですね。昨今のコロナ禍で新たに始めたことはありますか?

笹川 リモート接客システム「リモタン」を外部と共同開発しました。お客さまからの問い合わせにオンラインで対応できるシステムです。

社員の雇用を第一に考え上場会社への事業譲渡を決心

佐藤 今年1月にイマジンプラスをワールドホールディングスにグループインさせたのは?

笹川 コロナが流行る前、中国人の爆買いが話題となった15年に、インバウンド向けの中国人接客専門プロジェクトを始めました。東京の家電量販店や空港、テーマパークなどに中国人スタッフを派遣していましたが、それがコロナで全滅しました。緊急事態宣言で店舗対応も非接触型になり、販売系スタッフを店頭に派遣できなくなったんです。リーマンのときとも違い、コロナはビジネスや生活様式も変え、いまだ終息のめども立っていません。経営と社員の数年後を熟慮し、昨年秋にご縁のあったワールドHDグループと、11月に事業譲渡契約を結びました。

佐藤 スピーディーですね。ワールドHDを選んだ決め手は?

笹川 社員の雇用や育成、また拠点を守ると約束してもらえたことです。先方が販売系を伸ばしたい意向であったこともマッチしました。創業後、破格のオファーを何度も断り続けてきましたが、赤字の会社を買ってもらえたのはありがたいことです。

佐藤 ご縁ですね。女性の創業社長は会社を手放せずに年齢を重ねてしまうケースをよく見かけます。

笹川 全社員が満足するのは難しいのですが、私が決心できたのは、資金繰りが大変な状況になったら倒産への道しかないので、余裕があるうちに、と考えたからです。またイマジンプラスは変革をテーマに仕事をしてきましたが、人は変化するのが苦手ですよね。しかし今の時代、生き残るのは強い組織や個人ではなく、変化に対応できる組織や個人です。社長が代わり環境も変われば、自ら判断して動ける人材に育ってもらえるだろうと考えました。

佐藤 社員思いですね。同じ経営者として尊敬します。今後の夢は?

笹川 イマジンネクストのグループ会社を増やし、社長や管理職を育てたいですね。私自身の経験を生かし、M&A支援にも力を入れていきます。個人的には、ライフイノベーターとして85歳まで生涯現役でいたい。元気なおばあちゃんになって、若者の事業計画の相談に乗ったり、海外や宇宙にも旅行したいですね。