経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

日本でもいよいよ始まった「新卒入社で年収1千万円」時代

大卒、大学院卒の初任給の改革が進む。有力企業が初任給の額を上げたり、従来の総合職とは別に専門職として採用し、高い額に設定している。これまで新卒採用は総合職として一律同額で雇うケースが多かった。その意味で野心的な試みだ。各社の初任給改革の背景を探った。文=ジャーナリスト/吉田典史(『経済界』2021年7月号より加筆・転載)

大和証券では新卒でも上限年収5千万円が可能に

初任給:日本経済団体連合会と東京経営者協会が発表した「2020年3月卒 新規学卒者決定初任給調査」によると大学卒・事務系が21万8472円、同技術系が21万7864円、大学院卒・事務系が23万4590円、同技術系が23万6549円。

 大和証券は2022年4月入社の新卒社員のうち、新設する「エキスパート・コース」の初任給を月額40万円以上(30時間分の固定残業代を含む)にする。賞与は年2回支給。入社後は職務や成果を重視した報酬体系で、実績次第では上限で年収5千万円も可能となり、専門性を高めることができるように、一定期間は部署異動しないことを保証する。専門性を満たすことができない場合、一般の総合職に戻すこともある。

 「金融ビジネス拡大のためには、レベルの高い専門性を持つ人材が必要。そういった人材を金融各社が求めており、人材獲得競争が年々激化している。日本と外資の金融機関の賃金格差は大きく、その差を縮めることも考えた施策だ」(人事部次長・柏原幸鳴氏)

 21年の新卒採用者数は総合コースや部門別コースなどで320人。大学卒の基本給は25万5千円だが、22年の新卒採用からは部門別コースの中に「エキスパート・コース」を新設し、デジタルIT人材や高度金融人材を採用する。デジタルIT人材は、データのハイレベルな分析などを行う。主な対象は大学院(主に博士)でデータの分析や高度なプログラミングを専門的に学んだ学生で、デリバティブのモデル開発などを行う。

 これまでも高度な専門人材の新卒、中途採用を行ってきたが、他社から引き抜かれるケースもあった。
 「彼らの転職市場での価値は高く、そもそも採用が難しい。専門性に見合った報酬を支払わなければ人材確保は難しく、定着も困難」(柏原氏)

 22年4月入社の新卒採用は現在、募集中だが、博士課程の学生からの応募が例年より増えているという。在籍している社員からの転換も含め、「エキスパート・コース」は合計で25年度250人程度、30年度500人を目指す。

 1989年から金融専門のヘッドハンターとして、850人以上の転職支援をしてきた田頭信博氏は大和証券の試みを「日本企業の危機感の象徴」ととらえる。

 「アメリカのインベストメントバンクの数社は新卒時の基本給が、約800万円。これに賞与と残業が加わり、23~24歳で年収1200万~1300万円。海外の有力企業と人材獲得競争をするならば、賃金を上げていくのが当然。オール総合職で、全員を同一賃金で採用するのは戦後間もない頃に出来上がった慣習で、それを継続するのは時代の流れにマッチしていない。大和証券の試みには拍手を送りたい」

新卒年収
優秀な人材確保のため、新卒社員の給料一律が見直されつつある

くら寿司の幹部候補生は新卒で年収1千万円

 「事業の成長が順調で、海外進出のスピードも速い。これまでは毎年200人程の総合職を採用し、グローバル人材を育成してきた。新卒時からグローバル人材として優秀と思える人を雇い、育成のスピードを一層上げていきたい」と語るのは、回転すしチェーンのくら寿司の勝見哲平・執行役員人事本部長。

 くら寿司(正社員1589人、2021年4月末時点)は20年4月入社の新卒(大卒、大学院修士)採用で、入社1年目から年収1千万円の幹部候補を募集した。年収1千万円を12カ月にわけ、各月に支給。1千万円という金額は、優秀な学生が入社希望として挙げる総合商社やメーカーの賃金や社内の賃金規定を考慮し、決定した。

 入社後は、国内で2~3年の教育訓練を受ける。育成スピードを上げるために部門責任者が中心となって教える。一定の実績や成果、ミッションをクリアしたうえで海外支店へ派遣。いずれは海外現地法人の社長、役員や本社の国際業務の幹部になる。

 グローバル人材新卒採用試験のエントリー資格は26歳以下、TOEIC800点以上、簿記3級以上。簿記3級は入社までに合格することが必要だ。

 19年の採用試験に正式にエントリーしたのは、約400人。ほぼ全員がTOEIC800点以上で、入学難易度の高い大学(国立、私立共に上位数%以内)の学生が大半を占めた。海外大学への1年程の語学留学経験者が多い。海外大学に在籍の日本人や中国、韓国などアジアを中心に外国籍の学生もいた。

 書類選考の後、筆記試験と適性試験を実施。筆記では主に知識と知能を、適性では協調性や誠実さを特に確認。通過すると1次面接で、人事本部の責任者が試験官となり約60分。高いレベルでのグローバル業務ができる人材に必要な胆力や適性をみる。面接日に海外の社会情勢をテーマにレポート(A4で2枚)を書く。通過者は最終面接で社長を相手に約90分。内定者は数人だが、グローバル人材は本人の成果、実績、適性により、一般の総合職になることもある。逆に、総合職からグローバル人材へのシフトも、語学力など一定の条件を満たせば可能だ。

 社会保険労務士の小菅将樹氏が、大和証券やくら寿司の試みを分析する。

 「総合職の採用を継続する一方、別枠で高度専門職を設け、育成のスピードを上げようとしている。背景には、市場や環境の変化が激しいことが考えられる。学生に斬新な印象を与えることも考えているのかもしれない。ブランド戦略とも言える」

 明治大学客員教授で、人事コンサルタントの林明文氏はこう語る。

 「日本企業はグローバル展開するか、縮小する国内市場で同業他社と潰し合いをするかのいずれかの選択を迫られる。初任給改革を進める企業の多くは前者。海外の有力企業と人材の獲得競争をせざるを得ない。国際競争に勝つためには、グローバル人材など高度専門職の初任給は月給50万円でスタートしたい。欧米先進国やアジアの大企業の初任給(主に大卒、大学院卒)と比べると、日本企業の初任給は低い。アメリカの大卒の場合、大企業では平均40万円台後半。韓国は30万円台。40~50代になっても管理職になれなかったり、部下のいない管理職(非ライン)に1千万円を超える額を払うならば、50万円に上げることはできる」

日本人の働き方や処遇が大きく変わり始めた

日本商業開発では50万円+住宅手当10万円

 「弊社の大卒、大学院修士などの新卒採用は、大企業の大量一括採用とは一線を画したものだ。将来の社長、役員などの幹部候補の採用と位置付けている」(前川純一・日本商業開発人事総務本部長)

 不動産デベロッパーの日本商業開発は00年に創業し、07年に上場(現、東証一部、名証一部)、現在正社員は75人。15年4月入社から新卒採用を開始。スタート時から「原則月額50万円で年収600万円、さらに住宅手当月額10万円支給(入社4年間に限る)」としている。

 5年目までは、年収を毎年100万円ずつ増やし、「5年目に1千万円」を保証。22歳入社の場合、27歳で達する。5年間は年収を下げることはせず、個々の社員の成果や実績に応じてインセンティブ(臨時の賞与)を支給する場合もある。

 15年から毎年2~3人を営業職として採用。現在までの7年間で17人入社し、退職者はわずか2人。22年4月入社の採用試験からは総合職も募集する。毎年1500人程がプレエントリーし、数百人が正式エントリー。まず、書類選考で半数に。その後、社長が全員と1対1の面接(30分~1時間)を行う。幹部候補であるため、社長自らが1次面接で試験官をする。人に好かれるタイプであるか否か、人間的な魅力を中心に確認する。

 10人前後がパスし大阪本社で2日、東京支店で2日の計4日(終日)のインターンを受ける。交通費は会社が全額支給。営業社員約40人出席の会議に参加したり、営業社員に同行し、顧客との商談に加わる。社員とランチもする。4日間で営業本部や管理部門などの役員、管理職、一般職計30人程と接する。その後、社長、役員と共にインターンに携わった社員がオンライン会議で約10人の学生について選考を行い、採否を決める。

 「5年間は成長していくうえでの育成期間。しっかりと学び、成果や実績を出すことができる社員になってもらうために現在の額を支給している」(前川本部長)。既に営業本部の中核を担う社員もいるという。16年に入社した社員は単身渡米し、市場開拓をしている。

 前述の林氏は、新卒採用を大量一括採用で行うことにかねてから懐疑的だ。それだけに、日本商業開発の施策を評価する。

 「幹部候補とワーカー(現場で仕事をする社員)を区別することなく、総合職として採用する時代は終わった。総合職はあくまで役員やラインの管理職候補。だが、依然として新卒者の多くを総合職として雇い、大量の管理職や役員を作ろうとしている。その多くは役職につけない。本来、管理職は全社員の10~15%前後にすべき。現在は25~35%の企業が多いが、これでは国際競争で勝てない。今後は、グローバル化やダイバーシティ(多様性)が進む。誰もが管理職をできる時代ではない。新卒採用は厳選すべきなのだ」

学卒34万円、修士37万円のアビームコンサルティング

 世界28地域に拠点を持つアビームコンサルティング(正社員6646人)のコンサルタント職の初任給は学部卒が月額34万円、修士修了は37万円。

 「優秀層の学生の獲得競争は激しい。弊社にエントリーする学生は大手銀行や総合商社、外資のコンサルティングファームにも関心を持つ傾向がある。それらを踏まえ、18年にコンサルティング業界に相応の高い額にした。」(林崎斉・人事総務グループ長執行役員プリンシパル)

 18年以降、毎年200~300人程を採用。18年以前に比べてエントリー者数が増え、人材の質はさらに高くなったという。女性の数も増え、内定者全体の35%を超える。22年4月入社は200人程度の採用を予定する。既に書類選考、適性検査、面接(2回)の採用試験を終え、内定者を決めている。

 入社後のキャリアのモデルケースはまず、アナリストとして2年程の経験を積む。3~4年目からコンサルタントに。さらに数年後に、基本的に1人でクライアント企業のコンサルティングを担うことができるシニアコンサルタントとなる。この時点でプロジェクトやチームを運営する場合もある。30代半ばにはマネジャー(管理職)として、プロジェクトをマネジメメントする。

 「クライアント企業からの期待が一層高度化している。それに応えるためにも優秀なコンサルタントになり得る学生を採用したい。弊社では社員こそが最大の資産。そのためにも、クライアント企業からの報酬を社員に還元していきたい。初任給を高くしているのはその一環でもある」(林崎氏)

 4社が獲得に力を入れる「優秀層」とは、高度な技能を持つ専門職候補と置き換えてもいい。そのような学生を雇う切り札の1つが、高い初任給なのだ。

 だが、国内では高いと思える額でも、海外の有力企業と比べると見劣りする場合がある。グローバル化の中で競い合うならば賃金を始め、労働条件を海外の有力企業のレベルに引き上げることが必要だ。

 今後、社内では従来の総合職(管理職、一般職)、高度な専門職、役員などの幹部、非正規社員のようなグループに明確にわけられる。賃金格差が広がり、し烈な競争がさらに激しくなる。初任給改革はそのような時代のシグナルと言える。