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アリババに続いてTikTokでも! 中国ベンチャーのCEOが退任する理由

世界で10億人以上が利用する動画サービス「TikTok」。運営会社のバイトダンスは、誕生から10年未満にもかかわらず、株式評価額44兆円という世界最大のユニコーン。その創業者である張一鳴が、5月にCEO退任を発表した。一体何があったのか。文=シグマ・キャピタル チーフエコノミスト/田代秀敏(『経済界』2021年8月号より加筆・転載)

TikTok運営企業のCEOが地位に執着しない理由

 若いベンチャー創業者が最高経営責任者(CEO)退任を発表した。

 「TikTok」(抖音)を運営する中国企業バイトダンス(北京字節跳動科技)の創業者、張一鳴は5月20日、CEOを年末に退任すると、全従業員へメッセージで発表した。

 張一鳴は1983年生まれの今年38歳。2012年にバイトダンスを北京で創業。誰でも簡単に音楽付きの短い動画を作成しSNSでシェアできるソーシャル・アプリケーション「TikTok」が世界的に大ヒットし、瞬く間に世界最大級のユニコーン(創立10年以内で評価額10億ドル以上の未上場企業)に成長した。

 ユーザー数は中国で4億人、その他の世界で6億人とされ、米国でもユーザー数が1億人を超え、トランプ前大統領が安全保障を理由にして米国事業の売却を命令したほど巨大な成功を収めている。

 その結果、バイトダンスは飛躍的に成長し、1年前に6万人だった従業員数は10万人に増え、直近の評価額は4千億ドル(約44兆円)に達した。今年4月発表の『フォーブス』世界ビリオネアズ・ランキングで、張一鳴は資産額が356億ドル(約3・9兆円)で世界第39位。世界トップ40人の中で張一鳴は最も若く、唯一の30代である。

 これほど驚異的な成功を収めたベンチャー企業創業者が、若くしてCEOを自発的に退任するなど日本では考えられない。

 反中国的な姿勢が鮮明な産経新聞ですら「最近では習近平指導部が中国IT大手への締め付けを強めているが、張氏のCEO退任とこうした問題との関連は不明だ」と報じた通り、政治的圧力が主な原因とは考え難い。

 張一鳴と親戚であるとも同郷であるとも言われる魯煒は、国営通信社の新華社の副社長、北京市の副市長、バイトダンスなどのIT企業を監督管理する国家インターネット情報弁公室のトップである主任、そして、中国共産党のプロパガンダ機関である中央宣伝部の副部長などの重責を歴任する過程で、バイトダンスを陰で引き立ててきたとされる。

 しかし魯煒は、17年11月に党紀違反で摘発され、19年3月に収賄罪で禁固14年、罰金300万元(約5160万円)の刑を受け、現在服役中である。もし張一鳴が政治的に処分されたとすれば、CEO退任では済まなかったはずである。

 張一鳴に先立ち、時価総額が5956億ドル(約65兆円)で世界第10位のアリババ(阿里巴巴)の創業者である馬雲(ジャック・マー)は一昨年、55歳で会長を退任した。しかし、日本の一部で評されているように「民営企業からカリスマ創業者を追い出し、政府官僚が直接支配しようとしている」と考えるのは無理がある。ファーウェイ(華為)の任正非やシャオミ(小米)の雷軍など他の創業者達は健在だからだ。

 張一鳴の退任メッセージを手掛かりに、中国の創業者がCEOの地位に執着しない理由を探ってみよう。

中国のベンチャー共通の特徴とは

 張一鳴はCEO退任の目的を、「日常の管理業務を手放し、会社の創業者として、長期まで視野に入れた戦略、企業文化、社会的責任といった長期にわたる重要なことを取り上げてみること」だと述べている。

 経営戦略と並べて社会的貢献を揚げるのは、中国のベンチャー起業家に共通に見られる特徴である。

 欧米のグローバル企業の経営者が株主への利益還元に専心するのに対し、儒教の伝統から中国の企業家は自らの企業が社会に対して大きな責任を負うことを義務と感じ、その義務を果たすことはCEOに就いているより重要であると考える。

 実際、アリババ創業者の馬雲は、13年1月に従業員に向けて、「私は今年後半にCEOを退任する。自分の個人的な目標を拡張し、中国最大の難題である悲惨な環境の改善に取り組んでいく」と宣言している。

 張一鳴は続けて、「われわれは幸いなことに、時代が発展していくチャンスを掴んだ」と述べている。中国は日本の比でない激烈な競争社会であり、勝者は自分の成功が幸運の賜物だと認めている。

 地方都市の小さな町工場を30年で世界最大の家電メーカー・ハイアール(海爾)に発展させた張瑞敏は、「成功した企業などというものはない。ただ時代の潮流に乗った企業があるだけだ」という格言を残している。自分の会社が時代の潮流に乗り続けるためにCEOを他の適任者に譲る創業者は張一鳴だけではない。

 張一鳴がCEOを退任するのは今回が初めてではない。張一鳴は26歳であった09年に、大学時代の同級生、梁汝波と共にスマホ・アプリ開発会社を創業した。中古・賃貸マンションの物件を検索するスマホ・アプリ「九九房」が大ヒットし、中国全土300都市をカバーするまでに成長したが、11年末にCEOを辞め、翌年にバイトダンスを梁汝波と共に起業した。不動産検索アプリ業界が飽和する前に、新たな業界に参入したのである。

 張一鳴はメッセージで、「奥深い思考と大胆な想像力を持続させることは、実際に創新(イノベーション)の成果を得るための基礎だ」、「ただわずかな人だけが未来を洞察し、趨勢を創造していく」と述べている。CEO職に留まり続けることより「わずかな人」であり続けることの方が重要なのである。

 ちなみにイノベーションを中国では「創新」と訳す。中国の社会科学系の用語の大半は、「人民」、「共和国」、「共産党」、「政治」、「経済」、「金融」など日本人が朱子学の用語を組み合わせて作った訳語をそのまま用いているが、イノベーションは日本での訳語の「技術革新」を用いないで「創新」と訳している。

イノベーターに必要な6つのタイプ

 シュムペーター『経済発展の理論』(1912年)はイノベーションを、①新しい商品の創出、②新しい生産方法の開発、③新しい市場の開拓、④資源の新しい供給源の獲得、⑤新しい組織の考案の5つの要素から成ると定義した。日本では②に着目して「技術革新」と訳し、中国では①から⑤の全体を「新しいものを創る」と解して「創新」と訳している。

 イノベーションの担い手を理解するには、パレート『一般社会学概論』(1916年)が定義した次の(i)から(vi)の「人間の基本要素の6類型」が役に立つ。

 (i)新しい組み合わせを見つけ出そうとする意欲、(ii)個人よりも全体を優先させようとする性向、(iii)自分の感情を行動で外に向かって表現したがる傾向、(iv)社交性の傾向、(v)自分の身と財産とを保全しようとする傾向、(vi)セックスつまり種保存の欲望。

 基本要素(i)がイノベーションを成し遂げようとする本能ないし意欲であることは言うまでもない。パレートは、(i)も(ii)も豊富な人は全体のためのイノベーションを考える政治家や宗教家であり、(i)が豊富で(ii)が希薄でも(v)が豊富な人は企業家であり、(i)が希薄な人は日常業務(ルーティン)としての経済活動、政治活動、宗教活動を営むとした。

 しかし、中国のベンチャー起業家は(i)と(v)とが豊富なだけでなく儒教の伝統から(ii)も豊富である。彼らが崇拝するのは、創業した会社を一代で世界的な大企業に発展させた大経営者であり大富豪であるだけでなく、宗教家(僧侶)でもある稲盛和夫である。稲盛の著作の中国語訳を座右の書として携行するベンチャー起業家は珍しくない。

退任メッセージに込められたTikTok創業者の思い

 張一鳴は退任メッセージで、「自分よりももっと適した人が来て、日常管理を進め、会社の健全な発展を保証していってほしいと願っている。私は伝統的な意味での成熟した管理者ではない。社交も上手でないし、もっと言えば組織と市場原理を研究し、管理を減らしていく方が好きだ」と述べ、基本要素(iv)が希薄な自分はCEOに適していないと言っている。

 そして張一鳴は、「CEOの仕事から離れてみよう、知識に向き合い注意深く学習していけるようにしよう、新しい事物を系統立てて考え、研究していこう、自分でトライし体験してみよう。10年単位で見て、会社がより多くのことを創造できるように」と述べている。「新しい事物を系統立てて考え、研究」は基本要素(i)の発露に他ならない。

 一方で、張一鳴は基本要素(ii)を次の通り発露している。「会社は社会的責任と公益上、既に一定の展開を見せている。その中には、教育的な公益や、脳疾病、古書のデジタル化などの新たな項目も、引き続き行っているところだ。私個人としても、それら一部の中に入って行く。他にも多くのことを考えていて、もっと深く参画していきたい」。

 張一鳴は退任メッセージを、「CEOを降りた後、長期戦略に焦点を当て、企業文化、社会責任などの長期的なことの他に、外部の視点から容易に会社を観察できるようになるだろう」と締め括り、さらに高いところを目指してCEOを降りると宣言している。

地位は人をつくらずカリスマが権威をつくる

 中国のべンチャー起業家は、CEOを降りても、董事長(会長)を降りても、影響力を持ち続ける。例えば、人民解放軍をリストラされ42歳で、深?の片隅の集合住宅の一室で創業した零細企業ファーウェイを一代で世界最先端のハイテク巨大企業に発展させた任正非は、現在、CEOでも董事長(会長)でも法定代表人でもない。9人いる董事(平の役員)の1人である。しかし任正非はファーウェイに君臨し統治し続けている。

 日本では「地位が人をつくる」で、地位に就けば権威が与えられる。だから地位から降りると権威はたちまち失われる。しかし中国では地位に就いているかどうかと権威があるかどうかとは無関係であり、「地位は人をつくらない」。権威は超人的・英雄的・天才的素質つまりカリスマによって自ら獲得し維持しなければならない。

 中国のベンチャー起業家は、CEOを退任しても自分の企業を統治し、その社会的貢献を高めることで、自分の社会への影響力を高めようとする。成功すればカリスマは高まり、統治する力も高まっていく。(文中敬称略)