金の卵発掘プロジェクト2020グランプリ受賞
経済界が主催するベンチャービジネスコンテスト「金の卵発掘プロジェクト2020」でグランプリを受賞した小池祥悟氏。食品業界出身者ならではの知見を生かした斬新なサービス「シェアシマ」で、世界的な課題になっている食品ロスの削減に挑む。(取材、文=吉田浩、Photo=幸田森)
小池祥悟・ICS-net代表取締役CEOプロフィール
食品ロスを背景に誕生した「シェアシマ」
世界的に関心が高まる食品ロスの問題
国連によるSDGs(持続可能な開発目標)の目標12に定められた「つくる責任 つかう責任」。ここでは、2030年までに小売り・消費レベルで一人当たりの食糧廃棄量を半減させるとともに、生産・サプライチェーンにおける食品ロスを減少させることが掲げられている。無駄に捨てられる食糧をいかに削減するかは、世界的に関心が高まっているテーマだ。
目標達成に向け、個人の取り組みはもちろん重要だ。日々の買い物や外食に出かけた際に「無駄な食品は買わない」「食べ物は残さない」など意識している人は多いことだろう。また、余分な食材を極力仕入れないよう努力をしている小売店や外食のオーナーも少なくない。小売・消費レベルにおける食糧廃棄の削減は、一人ひとりの行動変革で改善される余地がまだまだある。
一方、生産や卸の工程で発生する食品ロスは、一般消費者にはなかなか認識しづらく、個々の努力では解決が難しい。農林水産省の統計によれば、日本全国で1年間に発生する食品ロスは612万トン(2017年時点)。その22%に当たる137万トンが、食品製造と卸の段階で発生しているという。
製造工程の食品ロス削減を目指す「シェアシマ」
そんな製造工程における食品ロスの問題解決に貢献する可能性を秘めているのが、食品原材料の売り手と買い手をマッチングするウェブサービス「シェアシマ」だ。2019年10月に本格的なスタートを切って以来少しずつ知名度を高め、21年1月時点で食品メーカーを中心に680社が会員登録。食品業界の仕組みを変え得るサービスとして、注目度が高まっている。
シェアシマを立ち上げたのは、ICS-net代表の小池祥悟氏。起業前は約20年間食品メーカーに勤務し、製造現場、営業、商品企画、開発とさまざまな業務を経験してきた。食品業界出身者ならではの知見を生かした、他には真似のできないサービスとなっている。
「行く当てがなくなって捨てるしかなかった食品が、他の会社では使えるというケースは多々あります。仕組みが上手く回れば、これまで廃棄していた食品原材料を有効活用できるようになるでしょう」
と、小池氏は語る。
シェアシマの特徴とサービス内容
担当者が直接会わずに競合同士の売買が成立
シェアシマへの会員登録は無料。売り手になりたい場合は年間9万円を支払えば10品まで登録可能で、それ以上出品する際は1品ごとに5千円が追加される。買い手とのマッチングが成立した場合は、販売価格の10%をシステム利用料として支払うことになる。
一方、買い手側は売りに出されている原材料を検索したり、欲しい原材料に関して掲示板にオーダーを書き込んで、そこで売り手とやり取りしたりできる。
出品している会社の情報は一部のみ閲覧可能で、基本的に売り手と買い手はお互いの会社名を知ることはないが、別途料金を支払えば相手側との直接取引も可能だ。現在、登録企業のほとんどが加工商品メーカーで、一般的によく知られる大手企業も何社か含まれているという。
マッチングの実績はまだ数社程度だ。しかし、既にシェアシマならではの取引事例も出ていると小池氏は語る。
「競合関係にあるメーカー同士で、普通なら絶対に取引しない会社間でのマッチングが成立したことがあります。通常なら廃棄処分となる原材料を、売り手メーカーが市場価格よりかなり安く出品したところ購入希望者が現れ、見積書、規格書、商品サンプルの提出などすべてをシェアシマの仕組みの中で行いました。最後までお互いの社名も担当者の顔も知らなかったと思います」
このように、通常では取引先候補にも挙がらないメーカー同士、あるいは地理的な条件や情報不足などが理由で、全く取引実績がなかった企業間での売買が成立するのがシェアシマの魅力だ。これまでは廃棄するしか選択肢がなかった食品の買い手をリアルタイムで探せることで、製造工程における食品ロスを減らすことが可能となる。
限定されてきた仕入れ先情報をオープンに
ウェブやアプリによるマッチングサービスはB to CあるいはC to C領域では当たり前になっていきているが、B to B領域では未開拓の分野が多い。サービスが普及しにくい主な理由は業界の慣習や構造的な問題に起因しており、食品業界もその例に当てはまる。
たとえば、加工食品メーカーが新商品を企画した場合、必要な原材料の仕入れ先を付き合いのある卸業者や商社に依頼し、売り手候補が見つかった後も見積書、規格書、商品サンプルのやり取りといった手順を、仲介者を通して一つひとつこなしていくことになる。ただ、こうしたやり方は時間がかかるうえ、仲介者の情報収集力に頼らざるを得ない。
「日本全国探せば、自分たちが必要な原料を使っているメーカーもありますが、食品メーカーはどうしても地元の卸業者や既存の取引先を使うことが多くなるため、その情報がなかなか入ってこないんです」
小池氏がシェアシマの構想を抱いたのは、サラリーマン時代に自身が商品企画を担当していた頃の経験からだった。
小池祥悟氏がシェアシマを開発した経緯
製造、営業、開発などさまざまな現場を経験
もともとサラリーマンをやるつもりはなかったという小池氏は、長野県出身ながら北海道の酪農学園大学に進学するという少し変わった道を選んだ。とはいえ特に将来に関して具体的なプランがあったわけではなく、卒業後は他の学生と同じく一般企業へ就職することになった。折しも就職氷河期の真っただ中、さまざまな分野の企業を受ける中で、唯一受かったのが食品メーカーのマルコメ㈱だ。
工場で製造や生産管理部門の業務に5年間従事した小池氏は、次に営業担当として大阪、東京に赴任。その後は故郷の長野県にある本社に戻って商品企画やマーケティング、開発、調達も手掛けるなど、社内のあらゆる分野を渡り歩いた。こうして約20年間におよぶ会社員時代に得た食品業界に関する広い知見が、シェアシマの開発に大いに役立つことになる。
特に、営業担当になってからは業界全体を幅広く見るようになったと小池氏は言う。外食産業の顧客を主に担当していた当時は、大手回転寿司チェーンやファミリーレストランで提供される味噌汁をマルコメに変更したり、大手総菜メーカーから大型受注を獲得したりと、かなり優秀な営業マンだったようだ。
商品開発と製造プロセスで大量の無駄が発生
営業やマーケティングの経験もさることながら、独立後の事業構想に最も影響を与えたのが、商品開発や調達の現場に入ってからの経験だ。たとえば賞味期限の設定の仕方や商品開発レシピなど、開発の裏側に入らなければ分からなかった知識を得ることができたと小池氏は語る。味噌の原材料となる大豆や米の仕入れ先が、ほとんど大手総合商社に限られていることもこの時に知ったという。
そうした中で、製造プロセスにおける食品廃棄の問題にもすぐに気付いた。2000年代以降は特に、雪印の集団食中毒事件をはじめ、JTの中国製冷凍餃子による食中毒事件、マルハニチロ子会社のアグリフーズで起きた冷凍食品への農薬混入事件など、大手加工食品メーカーで不祥事が頻発。世間の目が厳しくなる中、メーカー各社はどんどん神経質になっていった。大量生産される商品のたった1つのロットから異物が発見されただけで、残りの商品全てが廃棄されるといったことも珍しくなくなった。
「日本人は真面目なので、たとえばある商品に髪の毛が入っていたとしたら、確証はなくても怪しい原料はすべて使わなくなります。確かに消費者の安全や企業のブランド価値を守るためには仕方ないことなのでしょうが、果たして全てを捨てる必要があるのかという疑問は常に持っていました。単純にもったいない話ですし、消費者の理解の下でメーカーが廃棄する商品が消費者の手元に渡るのであれば、もっと良い社会になるのではないかと思ったんです」と、小池氏は語る。
商品が売れなくなったときにも大量の廃棄が発生する。即席カップみそ汁1つを作るのにも15社以上の原材料メーカーが参画しているため、仮に販売中止になれば各社が保有している材料はすべて捨てられてしまうこともある。また、各社は注文に備えて賞味期限ギリギリまで在庫を持つことになるため、注文がこなければ結局それらは廃棄されてしまう。買い手の計画変更などで、余剰在庫が発生することも日常茶飯事だ。
一方、新商品開発の現場でも無駄が発生する。
「今の時代は何がヒットするか分からないので、商品開発の現場では非常に多くの製品を作ります。早い商品サイクルの中で、いろいろと試作する中から売れるものを探すので、使われる原材料も大量になっています」
このように、とにかく無駄が発生しやすい仕組みで成り立っている現在の日本の食品業界を、シェアシマによって変えていきたいと小池氏は力を込める。
「食品原材料メーカー、卸業者、最終商品メーカーなどを含めると全国で約3万社にも及び、日本の就業人口の13%程度が何らかの形で食品関わっていることになります。これら食品に関わる人たちが現状を理解すれば、われわれのビジネスは前向きに進むと考えています」
「食べるものがなくなる」という危機感
小池氏がマルコメで商品開発を担当していたころ、シェアシマの構想を抱くきっかけとなった出来事がある。
2014年、同社ではグルテンフリーをコンセプトにした大豆の加工肉を開発することになったが、小麦粉を使わずに疑似肉を製造しているメーカーを探し出すのに1年もの期間がかかった。商社・WEBなどからの情報をもとに、苦労の末、大豆ミート一筋で何十年も事業を手掛ける地方の会社と出会えたものの、そこから最終商品ができるまでにさらにもう1年を費やしたという。こうした例は決して珍しい話ではなく、商品開発の効率の悪さを小池氏は実感することとなった。
「日本ではいずれ食べるものがなくなるのではないか」
突拍子もない話に聞こえるかもしれないが、そんな危機感を抱く経験も当時はあったという。
「2015年から16年くらいにかけて、原材料の仕入れによく海外に行っていたのですが、国によっては日本に売りたくないと言われたことがあったんです。理由は、日本の食品メーカーは大した量を買わないのに品質と価格の条件が厳しいから、日本に売るくらいなら中国やEUなどへ販売するとのことでした。日本の独特な商習慣や品質への意識の高さから、売りたくないという国や会社が出てきているのが現実です。だからこそ、限りある食品資源を有効に使う手段として、シェアシマが必ず必要になってくると思っています」
一般消費者にはほとんど知られていない日本の食品業界の問題点を、小池氏が身をもって知ったのがこの時期だ。
シェアシマ普及に向けた課題
保守的な業界風土をいかに打ち破るか
展示会などでシェアシマの仕組みを説明すると、食品業界の人々からは歓迎する声が多いという。しかし、前回述べた通り、売り手と買い手のマッチング実績はまだ数例に留まっている。画期的なシステムであるものの、しばらくメーカーは様子見の姿勢が続くと小池氏は感じている。
「良くも悪くも食品業界は保守的な傾向にあるので、シェアシマが浸透するにはあと2~3年はかかると見ています。買い手にしてみれば、使ったことのない原材料をシェアシマから調達することに対して不安が出るのも仕方ありません。売り手にしてみれば、通常のルートで流通させないものを他に販売することに対する抵抗感もあるでしょう。ですから、そこをわれわれが品質保証を行い、安心安全を証明するような仕組みも考えなくてはなりません」
最終的にはそれらの食材を集めて、別の製品に加工して販売することも考えているという小池氏。シェアシマの事業拡大は、その目標に向けた土台づくりでもある。
サイト運営を通じて見えてきた課題
これら、日本の食品業界が抱える課題を解決する手段として、シェアシマが画期的な仕組みであることは確かだ。一方、2019年秋のサービス開始以来、運営を通じていくつかの課題も見えてきた。
会員になると原材料の売り手と買い手、どちらにもなることができるが、今のところ900社程度の会員企業の約7割が買い手希望だ。新たな原材料が必要な商品開発などのニーズが非常に多くなっている一方で、前号で述べた通り、品質保証の観点やこれまでの業界の慣習から外れることを理由に、通常のルート以外で販売することに躊躇する売り手は依然として多い。
また、商品情報に関する詳細なやり取りが可能である一方、売り手と買い手が双方の会社名などを知らずにマッチングできるのがシェアシマの特徴だが、マッチング成立後にメーカー同士で直接取引を始めてしまったケースもこれまでにあったという。とはいえ、運営サイドが介入しすぎると気軽に出品、購入ができるというサイトの魅力がなくなってしまうため、取引の参加者全員にとって頃合いの良いルール作りを進めていく必要がある。
現在はアウトソーシングしている開発体制の強化も急務だ。
「たとえば食品メーカーの商品開発部門には入社数年程度の若手社員が配属されることが多く、売りに出されている原材料を見ても特徴がすぐに把握できないこともあります。そのため、どんな商品に使えば良いかすぐに理解して試せるように、商品を分かりやすくカテゴライズしていく必要があります。あとは登録品数の増加や、どんな商品がどれだけあるかを会員に通知する機能なども付けていきたいです。買い手企業から欲しい食材情報を入手して出品者に販売先を提案するといったフォローもやっていきたい。さらに、品質に関する安心感を担保するために、製造現場の様子をVR動画で流すとか、やりたいことがとにかくたくさんあるんです」
将来は、資材包材の売買を手掛けたり、余剰在庫の食材を加工して販売したり、食品メーカーにとって必要不可欠な仕組みとなるようなサイト運営の展望も描いているという小池氏。原材料をターゲットとしたサービスに留まらず、食品業界の仕組みを根本的に変えたいという思いが、原動力となっている。
シェアシマの今後の展望
地方自治体と協力して埋もれた企業に機会を
将来に向けた構想を実現するためには、まずは現在のサービスを盤石なものにしていかなくてはならない。そこで、会員登録者と出品数を増やすための施策の1つとしてスタートさせたのが、地方自治体との取り組みだ。
小池氏がサラリーマン時代に痛感したように、地方にはあまり存在が知られていない中小の食品メーカーが多数存在する。しかし、各社にそれぞれ年間9万円の登録料を支払ってシェアシマの会員になってもらうことは今のところ難しい。そこで、自治体が地元企業を集め、それらの代表として会員枠を購入するという試みが、福岡県嘉麻市で始まっている。
「地方自治体が協力してくれることで商品点数が1つや2つしかないメーカーでも全国に向けて発信できますし、地元企業の支援にもなります。メーカーの事業が拡大すれば新たな雇用も生まれるでしょう。そうした場をわれわれが設ける意義は大きいと考えています」
世界規模で問題となっている食品ロスの削減、食品業界における開発現場の働き方改革、中小食品メーカーの支援と地方創生――小池氏がシェアシマを通じて実現を目指す世界は、遥か彼方にある。
事業拡大とともに湧き上がる使命感
「最初はお金持ちになれたらいいかな、ぐらいの気持ちで独立しましたが、世の中を変えないと実現が難しいと感じることが増えてきたんです。金の卵発掘プロジェクトでグランプリをいただいたことで、その使命感が一層強くなった気がします」
マルコメを退職し、シェアシマを立ち上げた当時からの心境の変化について小池氏は語る。事業が拡大するにつれ、生半可な気持ちでは太刀打ちできないことが増えていった。同時に、本当にやりたいこと、やらなければいけないことを強く意識するようになった。
ここまで紹介してきたように、製造工程における食品ロスを減らし、食品原材料のサプライチェーン構造を大きく変えるポテンシャルを持つシェアシマは間違いなく画期的なサービスだ。グランプリ受賞後は、食品業界やメディアなどからもより注目されるようになった。
現在、会社の売上は食材の輸入販売、生産現場で使用する塗料や包材の開発、人材採用コンサルといった別事業がメインで、そこで得た収益をシェアシマの開発に回す体制を敷いている。しかし、商品開発から製造工程の問題まで解決するという世界観を現実のものにするためには、今のままでは資金も人材も足りない。
そこで、小池氏は事業計画を練り直し、ベンチャ―キャピタルからの出資を獲得するなど資金調達にも本腰を入れて乗り出した。売り上げ規模を現状の1億5千万円程度から、5年後には16億円程度に引き上げる想定で動いているという。
新型コロナウイルスの影響も、今のところプラスに作用している。展示会をはじめとする食品業界のイベントが相次いで延期、中止となる中、シェアシマへのアクセスと会員登録数が伸びている。これまで、展示会などで新商品の材料を探していた食品メーカーの開発担当者が、在宅ワークでインターネットを使う機会が増えたことが背景にある。オンラインセミナーによる啓もう活動も好調で、4月末時点で会員登録数は900社まで増加した。
世界で通用するサービスに成長する期待
金の卵発掘プロジェクト審査員長を務めた米倉誠一郎・法政大学大学院イノベーションマネジメント研究科教授氏は、シェアシマについてこう期待を述べる。
「世界で最も食材を輸入して廃棄していると言われている日本から、昨今のSDGs解決に向けたサービスが誕生する可能性があります」
グローバルな課題解決に貢献する日本発のサービスとして、将来は海外展開も視野に入れる。
「食品業界はニッチトップになれる世界ですが、ニッチゆえに、世界的に見ても類似サービスは聞いたことがありません。保守的で特殊な日本市場で成功したら、世界にも行けるのではないかと考えています」
事業家として膨らんでいく小池氏の夢。まずは足元を固めて、国内で唯一無二の存在として地位を確立できるか。そのチャレンジに向けて、ひたすら前進し続けている。