経営者コミュニティ「経済界倶楽部」

グーグルも参戦? 日本のID経済圏は誰の手に

電子決済が広まるとともに、「経済圏」という言葉を見かけるようになった。楽天を筆頭に、携帯電話会社が中心となってそれぞれの経済圏を築き、IDに対してポイントや特典を付与することで消費者を囲おうとしている。だが、そこに巨大な黒船が迫りくる気配がある。世界最大の検索プラットフォームを擁するグーグルだ。文=ジャーナリスト・平土 令(『経済界』2021年10月号より加筆・転載)

グーグルが日本でID経済圏拡大の動き

 日本では楽天が先行し、携帯電話大手3社が追随してきた「経済圏」が、新たな拡大局面を迎えようとしている。今年7月、米グーグルが日本の送金アプリベンチャー「pring(プリン)」の買収を発表したことで、「グーグルが日本で『ID経済圏』を拡大させようとしているのでは」という見方が、業界関係者から出ているのだ。

 楽天の楽天経済圏、ペイペイとLINEによるソフトバンク経済圏、KDDIのau経済圏、NTTドコモのドコモ経済圏など、日本の各経済圏は、これを迎え撃つことができるのか。

ウェブ広告の手法が「クッキー」から「ID」へ

 グーグルが日本でID経済圏を築こうとしているとの見方が出る背景には、IDに紐づく各種サービスの利用履歴を宣伝や広告に活用せざるを得なくなってきているというウェブ広告業界の事情がある。個人情報保護の潮流を受けて、クッキーを基にした従来の広告は世界的に使いにくい状況になっている。

 そこで、広告で莫大な利益を稼いできたグーグルは、新たにIDを頼りにした広告にシフトする必要が出てきたため、ID経済圏を日本で本格展開するだろうと考えられている。

 この事業環境の変化はグーグルだけでなく、広告事業が収益の柱であるフェイスブックや、アップルなど米国の巨大IT各社に共通しており、グーグル以外も日本でID経済圏拡大を目指すことは大いに考えられる。特にiPhoneのシェアが依然として高いアップルは今後、決済サービスに送金機能を追加するなど、グーグルと同様の動きをする可能性は高い。

 「資金移動業者となるためにかかる時間を買ったのだろう」

 グーグルのpring買収の理由について、スマホ決済事業者の関係者はこう話す。送金アプリのpringは利用者は少ないが、資金移動業者として金融庁に登録している。そのため、グーグルの決済サービス「グーグルペイ」にはない送金サービスをグーグルペイに取り込むためにpringは最適だったというわけだ。

 グーグルが今後、ID経済圏を拡大させる上で最大の強みになるとみられるのが、日本でも若年層を中心に生活の一部になっているYouTubeだ。グーグル傘下のYouTubeの広告視聴履歴は特に若年層の購買志向のデータとして活用できるため、先述の関係者は「グーグルペイに送金やクーポン配信機能を追加した上で、若年層向けのマーケティングを強化するのではないか」と指摘する。

 ただ、グーグルペイには、日本で普及が進むQR決済機能がないという弱点もある。最後発として加盟店開拓を新たに進めるのは時間がかかりすぎるため、QR決済事業者の買収や連携で、送金と同様に時間を買うことを模索しているとみられる。

 しかし、現時点では日本勢の多くがID経済圏の構築でグーグルに先行している。また決して手をこまねいてはいない。特に日本勢の中でも幅広くサービスを展開してきた楽天は、脱クッキーの動きを好機と見てIDマーケティングを活発化させている。

 そして今後、経済圏構築に本格的に注力するとみられるのがドコモだ。ドコモは2代前の加藤薫社長時代に、同社の携帯電話契約者向けにネット通販などさまざまなサービスを提供して経済圏を広げようとした実績がある。

 ただ、その後の吉澤和弘社長時代に不採算のサービスを次々に終了したほか、携帯契約者向けから、携帯契約がなくてもドコモのdアカウントを取得した人なら誰にでも各サービスを提供する方向に舵を切るなど経済圏の構築では迷走してきた。さらに、d系のサービスでも好評なのはシェアサイクルやアニメストアなどかなり限定的である。

ID経済圏で迷走するドコモは「スーパーアプリ」で挽回か

 しかし、ドコモ関係者は「一周回ってID経済圏を強化するという話になっている。dアカウントを中心として各サービスを連携させて『スーパーアプリ』を作るという計画を立てている」と話す。スーパーアプリとは、東南アジアや中国で先行している決済やネット通販、タクシー配車などを含め、あらゆるサービスをまとめて利用できるようなアプリだ。

 ドコモは出遅れているスマホ決済「d払い」の利用可能店舗の開拓も進める方針を掲げている。ただ、d払いで決済する金を銀行口座から入金するための仮想口座「ドコモ口座」で不正利用が相次ぐなど、ドコモのサービスにはセキュリティの不安が拭えず、現時点ではスーパーアプリの実現はほど遠い。

 そのスーパーアプリに最も近いのはソフトバンク系のLINEとペイペイだろう。LINEにはメッセージ機能、ペイペイには国内最大級のQR決済という強みがあり、既に両アプリはアプリ内で送金機能やネット通販などサービスを徐々に拡大させる動きがある。ペイペイ関係者は、決済履歴の広告配信への活用は現時点では否定したが、ペイペイがスーパーアプリに近づくにつれて、利用履歴はより多様化し、広告配信に活用する上での重要度も上がる。

 広告配信への活用を視野に入れたID経済圏の競争の激化は、スマホ決済の大幅還元キャンペーンのような形で消費者にも恩恵をもたらし、経済圏は拡張するかもしれない。いつの間にサイトの閲覧履歴を収集されたのか分かりにくいクッキーに比べると、IDを軸とした利用履歴の収集のほうが分かりやすく、消費者の嫌悪感を招きにくい。しかし、クッキーが政治信条や宗教観、健康状態など機微に触れる個人情報を集めることができるほど広告配信に活用された結果、世界的に個人情報保護意識が高まったが、それと同様のことがIDでも起きる可能性はある。

 自らの個人情報を各経済圏に差し出していいと消費者に思わせるほどの魅力的なサービスを創造し、セキュリティ面でも安全性を確保できるか。今後の各社の取り組みに注目したい。