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堂島のコメ先物完全撤退が示した菅首相の影響力低下

菅義偉・内閣官房長官

堂島商品取引所が申請し、試験的に上場されていたコメ先物取引の本上場が不認可となり、国内唯一だったコメ先物市場は廃止となった。その背景には、JAグループの利権とそれに群がる自民党農水族の存在、さらには菅首相の力の陰りもあったようだ。文=ジャーナリスト/小田切 隆(『経済界』2021年11月号より加筆・転載)

「菅案件」と言われたコメ先物取引本上場が不認可に

 農林水産省が8月6日、大阪堂島商品取引所(大阪市)が申請した、試験的に上場されていたコメ先物取引の本上場への移行を「不認可」とした。これ受け、国内唯一のコメ先物市場は試験上場の期限である7日、廃止となった。直前までほぼ確実視されていた本上場が不認可となったのは、自民党の農水族やJA(農協)グループの猛反対があったからだ。

 堂島の事実上の筆頭株主であるSBIホールディングスの北尾吉孝社長は菅義偉首相に近く、本上場は〝菅案件〟との見方もあった。その本上場が認可されなかったことは、同じく〝菅案件〟の「カジノを含む統合型リゾート施設(IR)」からの横浜市撤退と並び、「菅首相の力の弱まりを示した」とみることもできる。

 「コメの先物取引が、この国の農業や農業者のためになるという思いでやってきた。今回の不認可という決定はとても残念だ」

 6日、堂島の中塚一宏社長は東京都内で開いた記者会見で、こう悔しさをにじませた。その上で、試験上場の延長を求めず、コメ先物取引から完全に撤退するとの考えを示した。

菅義偉・内閣官房長官
菅義偉首相

民主党政権下で始まったコメ先物の試験上場

 中塚氏は元衆議院議員で、民主党政権下の2012年には金融担当相を務め、SBIグループ企業の役員も務めてきた人物だ。今年4月、会員組織から株式会社に移行した堂島の初代社長に就任し、コメ先物取引の本上場実現へ意欲を示していた。

 大阪・堂島は江戸時代、諸藩が徴収した年貢米が売買された米市場「堂島米会所」があった場所だ。ここでは、コメの代表的な取引銘柄を帳面上で売買する先物取引も行われていた。組織的な先物取引所が整備されたのは、世界で初めてとされている。

 明治時代になっても取引所は続いたが、戦時中、食糧不足が起きて政府がコメ市場を直接コントロールするようになり、取引所は1939年に廃止。72年後の2011年、民主党政権下で再び、試験的にコメ先物の取引がスタートし、2年が期限の試験上場を繰り返すようになった。

 11年は、コメ価格を公正に形成するため設けられていた「全国米穀取引・価格形成センター」が、不祥事もあって解散した年にあたる。代わりに客観的な価格の指標を作ろうと、民主党政権が先物取引の復活を認めたという経緯がある。

不認可の背景にあったJAと農水族議員の反対

 今回、堂島が本上場の申請に踏み切ったのは、今年7月16日だ。先物取引を試験的に始めた当初は取引高が低迷していたが、最近は過去最高を記録するなど活況で、本上場のタイミングが到来したと判断した。

 しかし、農水省は本上場を認めなかった。「生産業者、流通業者といった取引参加者が増えていない」ことが理由だ。確かに、取引参加者数は175で、近年、ほぼ横ばいとなっている。また、農水省が生産者などを対象に行ったアンケートで、今後も利用する意向が少なかったことも理由に挙げた。また、取引の9割が「新潟コシ」という特定の商品に偏り、コメ全体の価格とは評価できないとも指摘した。

 この農水省の決定には、堂島側から怒りと戸惑いの声が上がった。7月の申請に向け農水省と協力して書類を作成したが、農水省からは本上場に問題点があるとの指摘はとくになかったからだ。堂島側は「認可」されると考えていただけに、農水省の急な〝心変わり〟は青天のへきれきだった。

 〝心変わり〟の背景にあったのは、JAグループと自民党農水族による強い反対だ。表面的には先物価格が「現物価格の乱高下」などの悪影響を生むのではないかとの懸念を挙げるが、本音としては、JAの関与しないところでコメ価格が形成され、影響力がそがれることへの反発があるとみられる。そもそもJA側は、堂島側との本格的な話し合いを拒んでいたもようだ。

 また、農政に大きな影響力を持つ自民党農水族も、年内に衆院選を控えてJAの意向に忖度し、本上場への批判を強めた。

 結局、自民党農林部会は8月4日、コメ先物取引の本上場について、法律の要件に照らし厳正に判断することを求める申し入れ書をまとめ、農水省に手渡した。事実上、本上場を認めないよう迫った形で、農水省による「不認可」判断の最終的な後押しとなった。

国際金融都市構想でも期待されていたコメ先物

 自民党農水族の動きに対して激怒したのがSBIの北尾社長だ。

 「(コメ先物を)否定するやからは、無知蒙昧で、金融も経済も知らない」「一部族議員のお陰で、(本上場の認可に)9割賛成だったのに、急遽、反対に回った」。3日、大阪市内で報道陣にぶちまけた言葉は激越だった。

 堂島はコメ先物から完全に撤退することになった。最終的には、現在の主要な商品が決済の期限を迎える来年6月、コメ先物がなくなる。今後、堂島は貴金属先物やデリバティブ(金融派生商品)を扱う総合取引所を目指すとしている。

 だが、JAや農水族が主張する「コメ先物の上場がコメ価格の乱高下をもたらす」という見方は正しいのだろうか。「そもそも国内のコメ需要が減りつつある現状を考えれば、価格の乱高下などは起きようがない」という意見は根強い。

 むしろ上場をやめることで、コメの価格形成を透明化するチャンスを失ったという見方もできるだろう。現在のコメ価格は、JAグループが事実上、コントロールしている。11年の全国米穀取引・価格形成センターの解散後、生産者との相対取引を通じ、価格形成に強い影響力を及ぼしてきたからだ。

 一方、堂島のコメ先物取引をめぐる大きな論点は、価格形成以外にもある。大阪が目指す「国際金融都市」の構想がどうなるかだ。

 規制緩和などをテコに海外から金融機関や企業、人材を呼び込んで国際的な金融拠点を作り、それを核に都市の発展を目指すのが国際金融都市構想だ。大阪府・市が名乗りを挙げ、同じく名乗りを挙げる東京、福岡とはライバル関係にある。

 大阪府・市、つまり吉村洋文・大阪府知事と松井一郎・大阪市長が率いる大阪維新の会は、国際金融都市の拠点の一つとして堂島を考えていた。

 江戸時代に堂島の米会所で世界初の先物取引が行われていた事実は、世界に知られている。「先物取引発祥の地」である大阪で、江戸時代と同じコメの先物取引が行われれば、海外の金融機関や投資家から大きな注目を集め、大阪が国際金融都市として飛躍的に発展することが期待できる。

 吉村知事は「国に本上場をぜひやってもらいたい」と期待を表明。官民で作る「国際金融都市OSAKA推進委員会」は(タイミング悪くコメ先物上場廃止の直前となったが)7月中旬、先物取引などを核とした戦略素案を発表していた。

 堂島は今後、貴金属先物などを上場していく考えだ。しかしコメに代わる存在感を発揮できるのか見通せない。

関西経済界に強いSBI北尾アレルギー

 また、大阪の国際金融都市構想の仕掛け人はSBIの北尾社長だ。地元・関西経済界は北尾氏に対してアレルギーが強く、本音では、国際金融都市に乗り気でないという状況もある。

 ある関西の大手企業関係者は「かつて北尾氏と組んで、ある取り組みを進めたことがあるが、北尾氏が独断で事を進めるので、うちは手を引いた。信用できない」と打ち明ける。

 堂島のコメ先物上場が潰れて気勢がそがれたことに加え、北尾氏への反発が加わり、大阪の国際金融都市構想の先行きは決して平坦な道のりではない。

 「コメ先物上場は〝菅案件〟だったのではないか」という見方もある。

 菅首相と大阪維新の会の関係の深さは広く知られている。「菅氏は安倍晋三政権の官房長官に就任する前から松井氏と仲が良く、よく大阪へ出かけては、一緒に食事したりしていた」という証言もある。

 一方、菅首相はSBIの北尾社長とも近い。地方銀行の再編を進めるべきだという考えなどでも一致しており、昨年9月の首相就任直後には早速面会している。

 コメ先物の本上場は大阪維新の会と北尾氏という、菅氏に近い両者が後押ししてきた案件だけに、菅首相も推していたのではないか、というわけだ。

 菅首相は官房長官時代、JA全中(全国農業協同組合中央会)解体や、肥料の値下げを求めたJA全農(全国農業協同組合連合会)改革といった農業改革を陰で指揮した経緯もある。

 だが今回、菅首相は一連の農業改革のようなリーダーシップや強権をふるった形跡はない。かつてなら、自民党農水族の異論を抑え込み、菅氏主導で農水省にコメ先物取引の本上場を認可させた可能性がある。

 これに関しては、「首相は新型コロナウイルス感染拡大への対応に手一杯で、とうていエネルギーを振り向けることができなかったのではないか」との見方が上がる。とはいえ、結果的には〝菅案件〟が一敗地にまみれたことになる。

 同様に〝菅案件〟の敗北は、8月22日投開票の横浜市長選を受けた、同市のIR撤退でもいえる。

 IRは、インバウンド(訪日外国人客)増加を成長戦略の柱の一つと考える菅首相が推し進めてきた案件だ。しかもIR誘致を目指していた横浜市は菅氏の選挙区だ。

 しかし、当選した山中竹春・元横浜市立大教授はIR反対派だ。そして、菅首相が全面支援した小此木八郎・前国家公安委員長もIR反対派だった。

 IR反対派を支援せざるをえなかった本当の事情は定かではないが、結果的に横浜市のIR撤退を招いたことは、菅首相の力の陰りをうかがわせる。

 堂島のコメ先物取引上場や横浜IRをめぐる動向は、菅・自民党の先行きを暗示しているとの見方もできそうだ。